無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

天才は紫色。

プリンス論 (新潮新書)

プリンス論 (新潮新書)

 ノーナ・リーヴスのボーカリストであり、現在の音楽シーンの中でも随一の論客でもある西寺郷太氏が自身の音楽ルーツの重要なピースであるプリンスについて正面から論じた新書。同じく氏の音楽体験の原風景である1980年代を代表するプロジェクトであった「ウィー・アー・ザ・ワールド」について書いた「ウィー・アー・ザ・ワールドの呪い」に続く著書となる。
 黒人音楽だけでなくロック、ポップの歴史においても重要なレジェンドでありながら、現在でも第一線で創作活動を続ける天才であるプリンス。しかしプリンスの音楽的功績についてきちんと論じた本、特に日本人の著書は少ない。類稀なる多作家であるプリンスの音楽を一つ一つ取り上げるだけでも相当な量にならざるを得ない。本書は簡潔にプリンスの歴史を紐解き、彼の辿った人生、バックグラウンドからその時々の音楽シーンの趨勢まで、そして彼の音楽が与えた幅広い影響について多面的に検証している。著者独自の見解や推論も含まれるが、膨大な資料や見識家の意見に拠ったものなので説得力がある。これからプリンスの音楽に触れるビギナーにとっては格好のガイドとなるだろうし、同時にプリンスのファンにとっても、特に彼の活動が混迷し始めた90年代以降の動きを整理する意味で役に立つものになるはずだ。
 西寺氏(1973年生)と僕(1972年生)は同世代。多感な十代の時期にプリンスという天才の音楽に魅せられた点でも共通している。ビートルズに間に合わなかった世代にとってプリンスという天才がいかに大きな存在であるのか、本書からは見えてくると思う。

エクストリームな輝き。

ア・ヘッド・フル・オブ・ドリームズ

ア・ヘッド・フル・オブ・ドリームズ

 前作『Ghost Stories』わずか1年半というスパンでリリースされた新作。前作は非常にミニマルで陰鬱な印象のアルバムだった。ただ、音楽的には非常に緊張感と統一感のあるアルバムで、ある意味コンセプト・アルバムという趣のものだったと言えるかもしれない。その暗さはおそらくはクリス・マーティンのプライベートな事情によるところが大きかったと思うのだけど、そのアルバムの中でも唯一煌くようなアンセムとして鳴っていた「A Sky Full of Stars」が異質なまでに印象的だった。そして本作はその「A Sky~」から繋がるように、全編がアッパーで光り輝く陽性のアルバムとなっている。
 彼らは前作リリース後ツアーに出ることなく、すぐに本作のレコーディングに入ったらしい。陰と陽、2枚でひとつの作品であるかのように、前作と本作は対を成す構造になっている。前作の陰鬱さからサイケデリックとも言える極彩色の世界へという、極端から極端に触れ切ったサウンド。ここまでやらなければバランスが取れなかったのだろうか。逆説的に、前作の闇の深さが本作から見えてくる。彼らのキャリアの中でも最もアッパーなアルバムだとは思うけれど、この極端さには狂気に近いものすら感じる。それゆえにポップでありながら、非常に生々しいものになっていると思う。
 現時点でコールドプレイは世界で最も巨大なポップ・バンドのひとつであることは間違いない。それは、音楽性やわかりやすいメロディーによるものだけではない。個人の感情から発した音楽が世界中に広がり、万華鏡のように聞く者の心を彩るダイナミズムを持っているからだ。これこそがポップ・ミュージックの本質だと僕は思う。

Coldplay - Adventure Of A Lifetime (Official video)

アダルト・オリエンテッド・テクノ・ポップ。

META

META

 高橋幸宏LEO今井テイ・トウワ権藤知彦、まりん、小山田圭吾というメンバーで結成されたMETAFIVEのファーストアルバム。改めて見ると、すごいメンバーだと思う。レコーディングはデータのやり取りで行い、各自持ち寄った曲をそれぞれがアレンジしたり音を入れたりして進めていったらしい。各メンバーが最終的に2曲ずつ責任持って仕上げるという形で、全12曲が収録されている。
 テイ・トウワのソロアルバムに収録された「Radio」の別ヴァージョンや、小山田圭吾がサウンドトラックを手がけた「攻殻機動隊ARISE」で使用された「Split Spirit」(この時は高橋幸宏×METAFIVE名義)と既出の曲もあるが、その他の新曲と比較するとこのバンドがどう発展・進化して行ったのか透けて見えるようで興味深い。サウンドは非常にソリッドでエッジの効いたダンスミュージックがベース。シンセをフィーチャーしたポップな味付けやメロウなミドルテンポの曲もあるが、基本的には1曲目「Don't Move」に象徴されるように非常にアッパーでアクティブな音だと思う。「新人バンド」のデビュー作としてはこのくらい勢いがあった方がいい。「Luv U Tokio」ではYMOのサンプリングもあったりして、遊び心も忘れない。
 これだけのメンバーが揃っていながらこのアルバムには所謂スーバーバンドにありがちなエゴのぶつかりや縄張り争いが見えない。ボーカルはLEO今井高橋幸宏が曲によって分担している。小山田圭吾YMOでのライブのようにほぼギタリストに徹している。各々が自分の持ち場でやるべきことをやり、他のメンバーの持ち味を尊重して引くべき所は引いているという印象。作詞についてはLEO今井が中心になっているが、それも得意な人間に任せたと言う感じなのだろう。全員がミュージシャンとして独立した人たちなので、自分の好きにやりたいことは自分主体の場所でやればいいという思いがあるのだと思う。すごく大人なバンドだと思う。それなのにサウンドが非常にスリリングで刺激的なものになっている。ニューウェーブを通過したコンテンポラリーなテクノ・ダンス・ポップ。非常に都会的でカッコイイ。元々一夜限りのユニットと考えてスタートしたプロジェクトがこうしてアルバムリリースにまで至ったと言うことは、各メンバーがこのバンドで音楽を作る意義を認めているということだろう。断続的にでもいいので、継続してほしい。


METAFIVE - Don’t Move -Studio Live Version-


METAFIVE - Luv U Tokio -Video Edit-

青春の再定義。

幸福

幸福

 2004年の『Me-imi』以来11年半。ついに、岡村靖幸のオリジナルニューアルバムがリリースされた。2011年に活動を再開して以降毎年のようにツアーを行い、2013年の「ビバナミダ」から安定してシングルをリリースしてきてアルバムは時間の問題と思っていたけれど、こうして実際に手にしてみると感動もひとしおだ。
 『Me-imi』の感想とダブる部分もあるが、岡村靖幸の創作活動がなぜ90年以降滞ってきたのか、僕なりの考えを書いてみる。岡村靖幸の曲に登場する男子女子は、どんなにエッチなことを妄想していても、純粋に青春しているというイメージがある。セクシャルな歌詞は、それによって何かしらの性的衝動を開放するというものではなく、なぜその登場人物が欲望を満たそうとする行動に出るのか、ということを描き出すためのツールとして用いられているものだった。その根底には中年と不倫してたり、ブルセラで着を売る女子高生も、心の奥底はみんなピュアできれいな人間なんだ、というある種の幻想に支えられていた部分があると思う。ところが90年代に入って、ブルセラだ援交だ出会い系だと性犯罪対称の低年齢化とともに、性行為のモラルがブレイクダウンしていくと、彼のそのピュア幻想のようなものがガラガラと崩れてしまったのではないだろうか。彼の作品が世に出なくなってしまったのは、音楽的に煮詰まっているのではなく、その歌詞に投影すべき青春のイメージが見えなくなってしまったのではないか。というのが、僕の推測である。
 実際、復活後最初に発表された新曲「ビバナミダ」と「愛はおしゃれじゃない」では、作詞はそれぞれ西寺郷太、小出裕介との共作となっている。ファンを公言する二人との共作によって従来のイメージ通りの岡村ちゃんワールドを実現できたことが、いい助走になったのではないだろうか。以降のシングル、そして本作に収録された新曲は全て岡村靖幸のみの作詞クレジットとなっている。そのテーマは何だろうと言うと、実はやはりピュアな青春なのだと思う。しかしその一人称は若者ではなく、年を取り様々な経験を経てきた大人なのだ。
 アルバムは雨音のSEから始まる。決して派手ではない、R&Bテイストのゆったりしたリズムを持つ1曲目「できるだけ純粋でいたい」では、世界の不条理に負けそうな中で「君」を求める想いが歌われる。4曲目「揺れるお年頃」は惨めで凹んだ時でも気分次第でなんとかなる、と彼は言う。無根拠なポジティブさではなく、大人が悩める若者をやさしく諭すように描かれるのは今までの岡村ちゃんにはあまりなかった視点だと思う。2曲目「新時代思想」は昨年のツアーからライブで歌われている曲だが、絡まった心に勝つために必要なのは新時代思想だ、そしてそれは君次第だ、と歌われている。君というのは悩める若者であり、彼と同時代を過ごしてきたミドルエイジでもある。年をとろうが時代や社会に負けようが、汚れた人生を歩もうが、今この時を青春として輝かせるのは君次第なんだぜ、その思い自体はピュアでいられるんだぜ、と僕は岡村ちゃんに力強く肩を叩かれた気がするのだ。こうしたメッセージが強く響くのは、誰よりも岡村靖幸本人がその輝きを取り戻したからなのだと思う。言うなれば、青春の再定義。実際「ラブメッセージ」などは、80年代の曲以上にキラキラとしたラブソングになっているじゃないか。テーマが明確になった時の岡村靖幸の作詞家としての才能はやはりすごい。曲のタイトルもそうだし、どこを切り取っても太字にしたくなるようなキラーフレーズにあふれている。
 いくつかのクレジット以外、殆どの演奏を彼自身が行うマルチぶりは相変わらず。シングルの再収録が半数以上を占める中アルバムとしてトータルにまとまり聞きやすくなっているのはライヴでもバンマスを努めるエンジニアの白石元久氏の存在が大きいと思う。数多くのライブを経て白石氏との共同作業も熟成してきたのだろう。セルフカバーアルバム『エチケット』でリブートした岡村ちゃんサウンドは本作でひとつの集大成を見たと言っていいと思う。事ほど左様にサウンドは充実し、歌詞の面でも青春の輝きを取り戻し、それを老若男女問わずメッセージとして強く発信するに至った今の岡村靖幸。僕は昨年のツアーの感想で「岡村ちゃんは今が最高だ」と書いたが、それをアルバムとしても証明する傑作になっていると思う。しばらくの間は何度もリピートして聞くことになるだろう。それこそが何にも変えられない「幸福」なのだ。


「ラブメッセージ」PV

2015年・私的ベスト10~音楽編(2)~

■5位:Drones / Muse

Drones

Drones

 ドローンによって統制された人類が自我と自由を求めて戦うという物語を持った完全なコンセプト・アルバム。いかにもミューズらしい近未来のディストピアを描いたサイバーパンク的世界観。音楽的にはデフ・レパードなどで知られるジョン・マット・ラングをプロデューサーに迎え、ハードロック的アンサンブルを強調したへヴィーな音になっている。その反面、前作でフィーチャーしたクラシックへのアプローチもきちんと消化されている。最終曲ではパレストリーナのミサ曲(サンクトゥス、ベネディクトゥス)に乗せて「父母、兄妹、息子も娘も皆ドローンに殺された。アーメン」と歌われる。この、両極に振り切ったダイナミズムこそがミューズだと思う。やっぱり頭がおかしいとしか思えない。最高である。

Muse - Revolt [Official 360º Music Video]


■4位:BLOOD MOON / 佐野元春 & THE COYOTE BAND

 コヨーテ・バンドとのアルバムも『COYOTE』(2007)、『ZOOEY』(2013)に続き3作目となる。この10年活動を共にしてきたことでバンドとしての一体感は格段に増し、バンドアンサンブルとしてはひとつの完成を見たと言ってもいいと思う。オーソドックスなロックンロールも、ファンキーなジャムセッションっぽい曲も、自由自在にグルーヴを組み立てている。こういう音がほしくて元春は一回り下の世代とバンドを組んだのだな、と実感する。グレードを増したバンドの音と歩を合わせるように、彼の言葉もダイレクトな攻撃性を増している。「キャビアキャピタリズム」はその典型だろう。個人的には最も気に入っているナンバー。歌詞は、日本に限らず、今の不安定で危うい時代の中でどうバランスを取って生きていくべきか、どう希望を見つけていくのか、ということを問うものになっていると思う。それを彼なりの視点で、客観的に第三者の物語として描き出している。難しい時代の難しいテーマだからこそ、ストーリーテラーとしての彼の手腕が光る。メッセージ性の強い作品だと思うし、だからこそ、ヒプノシスの故ストーム・トーガソンの流れを汲むデザイン・チームにジャケットを依頼したのだろう。混迷する時代には、プログレッシブな音楽が求められるのだ。

「境界線」 - 佐野元春&ザ・コヨーテ・バンド(DaisyMusic Official)


■3位:RAINBOW / エレファントカシマシ

RAINBOW(初回限定盤)(DVD付)

RAINBOW(初回限定盤)(DVD付)

 『MASTERPIECE』から約3年半、これだけのブランクが空いたのは当然、宮本浩次の難聴によるライブ活動休止の影響も大きいだろう。復帰後にリリースされたシングルもそうだが、本作の歌詞には前に進む、今日を生きるなど、ポジティブな言葉が並ぶ。冒頭のインスト曲から連続するタイトル曲はとても50歳を目前にしたバンドとは思えない荒々しさと勢いに満ちている。それと同時に、「昨日よ」「なからん」と言った曲では美しかった過去、もう戻れない若さに対する悲しみや諦念が見て取れる。元々宮本浩次と言う人は自身の死生観、どう生きてどう死ぬのか、ということをソングライティングのテーマとしてきている。30代以降特にそれは明確になっていると思う。その彼が自身の病気を機に老いや死というものをより身近に感じたであろうことは想像に難くない。もはや戻らない若さの輝きを惜しみつつ、これからの自分はどう死と向き合い生きていくのか。病気を乗り越え、手にした前向きな言葉はこれまで以上の説得力をエレカシにもたらしたと思う。あと数年で50になる自分も、勇気をもらった。

エレファントカシマシ「RAINBOW」Music Video (Short Ver.)


■2位:Yellow Dancer / 星野源

 先行してリリースされた楽曲からも想像できたように、70年代のソウル・R&Bやディスコミュージックを意識して作られたサウンド。アルバム全編に流れるストリングスやホーンセクション、アナログシンセの生音が気持ちいい。曲のテンポも今時のロックバンドに比べればかなりゆったりだ。つまり、気持ちよく体を揺らせるダンスミュージックになっている。しかし、かの時代の欧米のディスコサウンドを模倣しているだけではない。この、踊るための音楽を星野源は今の日本に住む我々の日常と結びつけ、J-POPと地続きに鳴らそうとしている。そういう意味での「Yellow Dancer」なのではないかと思う。決して今のJ-POPの主流ではない音だと思うけど、明確な意図を持って堂々とど真ん中を歩いていく爽快感がある。1994年、あるアーティストは「書を捨てよ、恋をしよう!」と言うべきアルバムをやはり70年代のソウルミュージックをベースに作り上げた。本作はさしずめ、「書を捨てよ、踊ろう!」という感じだろうか。

星野 源 - SUN【MUSIC VIDEO & 特典DVD予告編】


■1位:Obscure Ride / cero

Obscure Ride 【初回限定盤】

Obscure Ride 【初回限定盤】

 ceroというバンド名はウィキペディアによれば”Contemporary Exotica Rock Orchestra”の略となっているが、本作の1曲目「C.E.R.O.」では“Contemporary Eclectic Replica Orchestra”と謳われている。今後こうなるのかはわからないが、今までのceroとは違うということをはっきり示している。ゆったりと心地良く流れるビートと、音数が少ない中絶妙にタメのあるグルーヴ。シングル「Yellow Magus」以降顕著になったブラックミュージック、ソウルやR&Bへのアプローチがアルバムとして結実している。しかし「Replica」と自分たちで言っているように、日本人である自分たちが日本で模索するソウルミュージックであることを自覚している。この辺は奇しくも、先に挙げた星野源が「Yellow Dancer」と題した感覚と近いかもしれない。高城晶平という人のメッセージ性を持ちながらも寓話的である詞の世界は聞くものを風景の一部に溶け込ませるような不思議な感覚を呼び起こす。そして聞き進むにつれて昼から夕方、夜から朝へと時間が移ろうような色彩を持っている。僕は東京に住んだことはないけれど、このアルバムを聴いていると東京の街が思い浮かぶ。今の日本を映し出すアーバン・ソウル、都市の聖歌だと思う。2015年間違いなく最もリピートして聞いたアルバムであるし、この年の夏の暑さとともに記憶されることになるアルバムだと思う。そして10年後には2010年代の日本のロック名盤のひとつに数えられていると思う。文句なく傑作でした。

cero / Summer Soul【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

cero / Orphans【OFFICIAL MUSIC VIDEO】