無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

純粋ヤクザ、チャゼル監督の業。~『ラ・ラ・ランド』感想

gaga.ne.jp

La La Land (Original Motion Picture Soundtrack)

La La Land (Original Motion Picture Soundtrack)

  • Various Artists
  • サウンドトラック
  • ¥1600

 第89回アカデミー賞において史上最多タイのノミネートと、表彰式での前代未聞の顛末もあり間違いなく最も注目され話題を集めた作品である『ラ・ラ・ランド』。ようやく見てきました。多分もう一回見に行くと思います。すでに様々なところで語られ尽くされていると思うし、今更感しかないと思いますが初見で感じたことをまとめて書いておこうと思います。

 結論から言えば、僕は楽しめました。面白かったです。ただ、事前にいろいろ情報が入ってきてハードルが上がってしまっていたのと、意外と賛否両論であるということで、ちょっとフラットな感想にならなかったかもしれません。映画の冒頭、ロサンゼルスの高速道路をジャックして撮影された「Another Day of Sun」で一気に引き込まれました。これは本当に素晴らしいと思います。僕は事前にサウンドトラックを買って聞きまくっていたので(そのせいでハードルが上がったというのもあるが)音楽のクオリティが高いのはわかってました。ミュージカルシーンは総じて楽しい。出演者たちの歌やダンスもいい。特にエマ・ストーンは主演女優賞納得の素晴らしさだったと思います。頑張ったんだろうなあ。過去の名作ミュージカルからの引用やオマージュについては識者の方々の論を見るのがいいと思いますが、それらを知らなくても楽しむのに支障はありません。僕はジャズのうるさ方(笑)ではないので、菊池成孔氏の酷評においても物語部分では一理あると思いつつジャズの扱いについては特に違和感を感じませんでした。これは『セッション』における菊池氏の論評でも同様でした。たぶん、それほどジャズに造詣の深くない一般観衆の大多数も似たようなものだと思います。
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 脚本の雑さについては、そもそもミュージカル映画においてどこまでシリアスな脚本を求めるのか問題というか。男女が恋に落ちました→はいハッピーな曲で歌って踊って、的なので十分だと僕は思うんですね。一片の隙もない脚本と演技でもって主人公たちに感情移入するよりは全体的な物語(あらすじ)や画面や音楽に没入できれば正直問題ないと思うのです。そういう意味で、僕にとって『ラ・ラ・ランド』は文句ないミュージカル映画だったと思います。僕がこの映画を見て違和感を感じ、すっきりしなかった点は他にあります。夢を追う主人公たちがその結果どうなったかとその過程の描き方です。これは物語のテーマに大きく関係する点です。ここがどうにも気になりました。『ラ・ラ・ランド』は映画女優を夢見るがオーディションに落ちまくっているミア(エマ・ストーン)と自分の店を持つのが夢のうだつの上がらないジャズ・ピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)のラブストーリーです。お互い不遇な状況で夢を語り合い、恋に落ちるという王道のロマンス。物語はセブの知り合いであるキース(ジョン・レジェンド)が自身のバンドにセブを誘う所から大きく動きます。セブは伝統的なジャズをやりたいのに対し、キースのバンドはコンテンポラリーなポップ・ファンクのような音楽です。バンドの演奏シーンではステージ上のセブも客席のミアも、大盛り上がりの他の観客を尻目に居心地の悪い表情なのです。そのバンドが大人気になり、全国をツアーで飛び回る生活になったセブはミアとの時間も取れなくなり二人にすれ違いが生じます。ケンカの中でミアはセブにこんなセリフを言います。「あんなやりたくもない音楽をやって、店を持つって夢はどうなったの?」と。この辺で僕はオイオイちょっと待てよと思いました。最終的にセブが自分の店を持つのが夢だとして、夢を語るだけでは飯は食えません。店の資金を稼ぐためにも仕事はしなくてはいけない。そんな状況の中稼げるバンドへ誘ってくれたキースはセブにとってはむしろ恩人であると思うのです。が、この映画ではキースは悪役とは言わないまでも、純粋にジャズをやりたいセブの対極にある存在として描かれます。キースがセブに「お前の言いたいことはわかるよ。でもジャズでは売れないんだ」的なことを言うシーンもあります。セブと一緒にジャズを学んだキースもどこか後ろめたさを抱えつつバンドをやっていることを匂わせるのです。何だそれ。純粋なジャズが偉くて、ポップファンクは邪道ですか?監督はマルーン5に恨みでもあるのでしょうか。百歩譲ってそれはいいとして(個人的には良くないんですが)、最終的な夢への過程でやりたくない仕事をすることはいけないことなのでしょうか。僕はそう思いません。セブの選択は別に間違っていないと思うし、それをミアにきちんと説明すればいいのです。ミアとセブの言い争いの中でも「大人になれ」という言葉が出てきましたが、全くその通り。大人として、夢と現実の綱引きの中でやるべきことをやっていくしかないのです。どうも、この映画には「夢を追う人間は回り道や寄り道をせず、まっすぐに夢に向かって進むべきだ」というピュア幻想が見え隠れするのです。それはもしかしたらジャズドラマーになる夢をあきらめたデイミアン・チャゼル監督の過去からくるものなのかもしれません。しかしそれは僕には間違った純粋主義であるように映りました。「子供のままで夢を見る」ことが正しいことなのだと言ってるようにも思えます。「夢を追う人は純粋でなくてはならない。邪道で夢をかなえても虚しいだけですよ。」というのが本作のテーマだとするならば、チャゼル監督はなんという純粋ヤクザでしょうか。

 ミアが最後に受けたオーディションの後、お互いの夢と愛情を確認した二人。そのまま関係を続けるとも別れるともはっきりしないまま物語は5年後に飛びます。ミアは女優として成功し、結婚し子供にも恵まれ幸せな生活を送っています。しかしその相手はセブではありません。旦那さんと食事に出た際にふと立ち寄ったジャズ・クラブ。そこには、かつてセブと語り合った時にミア自身が考えた店の名前とロゴがありました。セブはジャズ・クラブのオーナーとして、またピアニストとして夢をかなえていたのです。ステージと客席で目を合わせた二人。セブが弾き始めたのは二人が出会うきっかけとなった曲。そして劇中では「あのまま、二人が別れずにいたらどうなっていたか」という架空の将来が走馬灯のように描かれるのです。このシーンで涙腺決壊した方も多いことでしょう。僕もこのシーンはいいと思いましたが、やはり違和感を感じました。ラストをどう思うかは人それぞれでしょうが、僕にはセブとミアが悲劇の主人公に見えました。その「こうなっていたかもしれない未来」のシーンが美しく華やかであればあるほど、現在の二人には「こんなはずではなかった」感が漂ってくるのです。しかしミアもセブも、自分たちの夢をかなえているのです。何の不満があるのでしょう。「夢はかなったけど、隣にいるのが彼(彼女)じゃない」ことに虚しさを感じているのでしょうか。しかしセブはともかくミアがそれを言ってはいけないでしょう。旦那さんや子供に失礼極まりないですよ。これが二人にとっては夢をかなえるためにはそうするしかなかったと、どうにもならない力や状況で引き裂かれてしまったということならまだわかります。が、前述のように別れたかどうかは劇中でははっきりと描かれていません。「5年後」のシーンのインパクトを強くするための演出的な都合かもしれませんが、普通に見ただけではセブもミアも自分たちの意思で関係を解消しただけに見えます。本来ならばセブもミアも夢を実現してハッピーエンドで終わって全然いい話だと思います。チャゼル監督は「夢と現実の差」について描きたかったということを言ってますが、ロサンゼルスでもどこでもたくさんいるだろう、セブやミアのように夢を追っている人々(そして実際夢をかなえられる人間はほんの一握りでしょう)から怒られるんじゃないでしょうか。勝手に別れて勝手に未練がましくしてんじゃねえよ、夢かなえておきながら贅沢言ってんじゃねえよ!と。ミアとセブにとって「夢と現実の差」は一緒になれなかったこと、ということなんでしょうか。だとしたら二人が出会う前から持っていた「夢」は結局その程度のものでしかなかったということで、どちらにしろ共感できない話です。「夢をかなえるためには何かを諦めなければならない」ということが言いたかったのかもしれません。しかし僕にはあの「こうなっていたかもしれない未来」は彼らの意思や力でいくらでも「実現できていたはずの未来」に見えました。それを手放したのは彼らの勝手です。にもかかわらず夢を手にした現実に不満げな彼らには違和感しか残りません。

そんなことを思いました。再度見て、感想が変わったら書き直します。
あと、僕は国内盤買っちゃったんですけどサウンドトラックのジャケットは海外盤の方が圧倒的に素敵だと思います。

Ost: La La Land

Ost: La La Land

2016年・私的ベスト10~音楽編~

■番外:LAY YOUR HANDS ON ME/BOOM BOOM SATELLITES

 今回、ベスト10からは外れますがこの作品にだけは。というかこのバンドについては触れさせてもらいます。ブンブンサテライツ、最後の音源となるこのミニアルバム。中野雅之が語っているように、ミニアルバムとは言えアルバムと同等の密度と思いを込めて作られた作品です。そして、川島道行にとって最後の歌声がここに収められています。脳腫瘍の再発が公表されて以降、厳しいとは思いつつも中野氏のTwitterや公式サイトで伝えられる川島氏の病状はファンにとってやはり辛いものでした。そして、この作品が発表された約4か月後、川島氏はこの世を去りました。ブンブンサテライツは90年代から00年代にかけて、例えばプロディジーケミカル・ブラザーズのように、ダンスミュージックとロックを繋ぐユニットとして機能していました。しかし彼らのアプローチは音だけでなく歌詞やアティチュードで自らの哲学を表現するものでした。つまり元々彼らはダンスユニットではなくロックバンドだったわけです。『FULL OF ELEVATING PLEASURES』(2005)『ON』(2006)『EXPOSED』(2007)のポップ歌モノ3部作を経て『TO THE LOVELESS』(2010)以降、彼らの曲は激しさと温かさが同居する、人間味溢れるものになっていきます。それは川島が父親になったことと無関係ではなかったと思います。この、最後の音源における川島のボーカルを聞くと僕は今でも涙を禁じえません。怒りや苛立ちではなく、人間の愛と寛容をそのまま表現したようなサウンドとボーカルは聞くものを温かな光で包み込むようです。2014年のライジングサンでライヴを見たのが最後でした。そのライヴも素晴らしく、見れて良かったと今でも思ってます。川島さん、ありがとう、そして、さようなら。お疲れ様でした。

BOOM BOOM SATELLITES 『LAY YOUR HANDS ON ME』Short Ver.


■10位:AWESOME CITY CLUB3/AWESOME CITY CLUB

Awesome City Tracks 3

Awesome City Tracks 3

Awesome City Tracks 3

Awesome City Tracks 3

  • Awesome City Club
  • ロック
  • ¥1600

 近年の日本のロックシーンはフェス仕様の四つ打ちロックが席巻するものでしたが、近年はそれに対抗するようにミドルテンポで横揺れのファンキーなグルーヴを主体とするものが増えてきた気がします。ロックというよりJ-POPも含んだ流れかもしれませんが、70年代のR&Bやディスコミュージック、AORや日本における80年代のシティポップを下敷きにしたポップミュージックです。昨年の星野源『Yellow Dancer』やcero『Obscure Ride』もその流れに沿うものだと思います。そして若手ではこのAWESOME CITY CLUB(ACC)やSuchmosがその筆頭になるのでしょう。Suchmosジャミロクワイや90年代アシッドポップの影響を感じさせるのに対し、ACCはもっとてらいなくポップの王道から逃げようとしません。前述のような80年代シティポップ、歌謡曲の匂いさえします。PORINの女性ボーカルにある萌え要素も当然の武器として使う強かさがあります。今後、彼らのようなサウンドを標榜するバンドも増えてくると思うのですが、先行する彼らがここまでストレートなことをやってしまうと後に続くものは難しくなるかも、とすら思います。そういう意味では今後のシーンのキーになるバンドかもしれません。このアルバムも、どこからどう聴いても間違いないポップスが並んでいます。青春のコンプレックスが全くないサカナクションと言ってもいいかもしれませんね。

Awesome City Club – Don’t Think, Feel (Music Video)


■9位:BLACKBERRY JAM/NONA REEVES

BLACKBERRY JAM

BLACKBERRY JAM

 ロックシーンとは無関係の独自なポップスという意味ではこの20年間それを突き詰めてきたバンドがノーナ・リーヴスです。西寺郷太マイケル・ジャクソンの急逝以降、マイケル研究家、80年代洋楽研究家として文筆業やラジオなどで活躍の場が増えましたし、ノーナの音楽もそれに比して注目されるようになったとは思います。しかし、それでも彼らの持つ音楽性に対してまだ世間の評価は追いついていません。正直ミュージシャンズ・ミュージシャンの域を出ていないと思います。ファンとしてはそれをもどかしいと思いつつ、宝物のような彼らの音楽を愛でることに喜びを感じるのです。結成20年、彼らの音楽は洋楽をベースとしたJ-POP/ROCKのお手本として全くぶれない作品を積み重ねてきました。1曲目「HARMONY」の歌詞に彼らの本音とプライドが現れているような気がします。「ひと昔前まで俺たちは ミスター・マニアックと呼ばれたけど 今じゃそれぞれのスキルだけを武器にして平和な音楽を繋いでる」。彼らと同世代の自分にとってはノーナのような、80年代を下敷きにした音楽が広く認められて欲しいと切に願うし、今の若いバンドを見ているとそんな時代が近づいて来ているのかもしれないとワクワクする部分があるのです。

NONA REEVES / HARMONY


■8位:A MOON SHAPED POOL/RADIOHEAD

ア・ムーン・シェイプト・プール

ア・ムーン・シェイプト・プール

 レディオヘッドの新作となれば世界的な話題にならざるを得ないわけですが、『IN RAINBOWS』『KING OF LIMBS』と比べれば多少、まだわかりやすい作品かなという気がします。サウンドとしては70~80年代にかけてのブライアン・イーノのような、アンビエント・ミュージックの影響が強いと思います。歌詞はこのアルバムの制作中に23年間の結婚生活にピリオドを打ったトム・ヨークの個人的な想いが反映されたものと、現代社会に対するオピニオンが混じり合ったものになっていると思います。僕は10数年前、レディオヘッドプログレであるという話を書いたけど、基本的にその感想は変わっていません。ただ、レディオヘッドというバンドの立ち位置が変わったということだと思います。大文字の「ロック」という言葉を背負っていた2000年代前半と違い、今のレディオヘッドはもう少し身軽な立場で音楽を紡いでいるのだと思う。以前からライヴで演奏していた曲が散見されるこのアルバムは古参のファンとしては多少肩すかしを食らうものかもしれないけれど、バンドのスタンスとしてはいいものになっていることを示すものではあるのじゃないでしょうか。ラストの「True Love Waits」を聞いていてそう思う。人の気持ちは移り変わるもので、それは寂しいかもしれないが悲しいことではないのです。

Radiohead - Burn The Witch


■7位:METAL RESISTANCE/BABYMETAL

METAL RESISTANCE(通常盤)

METAL RESISTANCE(通常盤)

Metal Resistance

Metal Resistance

  • BABYMETAL
  • メタル
  • ¥2000

 今年のライジングサンで初めて彼女たちのステージを見まして。非常にに感服しました。無表情に歌うSU-METALの歌唱力は確かだし、ゴスロリっぽい衣装を着たかわいい女の子がゴリゴリのヘビメタをバックに踊るその姿は海外でウケるのも当然でしょう。音楽的なクオリティの高さと強固なコンセプトの確かさ、彼女らのパフォーマンス(というかSU-METALの歌唱力)が成功の肝なのでしょう。アイドルなのかメタルなのかとか、本物かまがい物なのかという議論は正直くだらないと思います。2作目のフルアルバムとなる本作は彼女らが世界を制覇した凱歌というべきアルバムであり、ここまでの彼女らの歩みを総括する頂点だと思います。「Road of Resistance」や「Tales of Distance」のような壮大な曲と「KARATE」「あわだまフィーバー」などのポップなメロディーの曲とのバランスもいいと思う。多分これからはマンネリとの戦いになっていくと思います。もしかしてメタル×アイドルという化学反応を無邪気に消費できる最後のポイントが今年、このアルバムになるかもしれません(個人的にはもちろん、そうならないことを願いますが)。13年前にt.A.T.u.にハマった時も思いましたが、こういうものは変に斜に構えて批評したりせずに真正面から楽しんで消費すればいいのだと思います。消費されることから逃げていないこのアルバムはカッコいいですよ。

BABYMETAL KARATE @ Genting Arena Birmingham


■6位:HARD WIRED ... TO SELF DISTRACT/METALLICA

ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト(デラックス)

ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト(デラックス)

 2008年の『Death Magnetic』以来となるオリジナルスタジオアルバム。全12曲で80分弱、CDでも2枚組としてリリースされるというボリュームになっている。すごいのはそのボリューム以上に非の打ち所のない横綱相撲のようなその中身。1曲目“Hardwired”から4曲目“Moth into Flame”までの流れは今年最もリピートしたと思います。アドレナリン噴出しまくり。それ以降はミドルテンポの重厚なナンバーが主体になりますが、退屈どころか渦巻くグルーヴにぐいぐいと引き込まれていく。どの曲もギターリフのアイディアと密度をとことん追求したような曲ばかりでベテランの安定感というよりはストイックさと瑞々しさが同居したようなアルバムになっている。未だにメタリカのファンの中には「速けりゃいい」的な価値観を持っている人が少なくない気がします。もちろんそこが初期のメタリカの傑作群の魅力であり、それにより彼らが特別なバンドになったことは確かですが、今の彼らの凄さや魅力はそれだけではないと思います。「今後もお前はメタリカを好きでい続けられるのか?」という問いをファンに突き付けるようなアルバムと言えるのかもしれません。僕は圧倒的に支持派です。
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■5位:THE LAST/スガシカオ

The Last

The Last

  • スガ シカオ
  • J-Pop
  • ¥2200

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 「いつもふるえていた アル中の父さんの手」という衝撃的なフレーズで始まる冒頭の「ふるえる手」は、最後に収められた「アストライド」と対を成す曲になっています。「何度だってやり直す」という決意と希望をスガシカオは再出発であり集大成とも言えるこのアルバムの最初と最後に配置しました。他に収められた曲も、生々しさと直接性を持つ、ザラザラしたものばかりです。サウンドも非常にエッジが効いたものになっていて、さわやかなBGMになるようなものではないでしょう。歌詞も音もどこかいびつで独自性の強いものだと思います。しかしスガシカオの声で歌われるとこれらの曲は不思議とポップな色合いを持つ。彼の声にはそういう力がある。スガシカオの曲はミもフタもない人間の本質や業のようなものを暴いてみせる。このアルバムにはそんなダイレクトな表現が詰まっています。僕はポップミュージックというものはポップであるからこそ毒を孕まなくてはいけないと思っています。メジャーから独立する際、スガシカオは「50歳までに集大成的なアルバムを作る」とコメントしました。まさに、これがそのアルバムなのです。生々しく、ダイレクトで、毒があり、いびつだけど、ポップ。僕にとってのスガシカオはそういうアーティストで、その本質が久々に真空パックされたようなアルバムになったと思います。

スガ シカオ - 「真夜中の虹」 MUSIC VIDEO


■4位:META/METAFIVE

META

META

META

META

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 高橋幸宏LEO今井テイ・トウワ権藤知彦、まりん、小山田圭吾というメンバーで結成されたMETAFIVEのファーストアルバム。改めて見ると、すごいメンバーだと思う。これだけのメンバーが揃っていながらこのアルバムには所謂スーバーバンドにありがちなエゴのぶつかりや縄張り争いが見えない。ボーカルはLEO今井高橋幸宏が曲によって分担している。小山田圭吾YMOでのライブのようにほぼギタリストに徹している。各々が自分の持ち場でやるべきことをやり、他のメンバーの持ち味を尊重して引くべき所は引いているという印象。作詞についてはLEO今井が中心になっているが、それも得意な人間に任せたと言う感じなのだろう。全員がミュージシャンとして独立した人たちなので、自分の好きにやりたいことは自分主体の場所でやればいいという思いがあるのだと思う。すごく大人なバンドだと思います。
 サウンドは基本的には80年代初期の高橋幸宏氏のアルバムのように、ニューウェーブ感を強く意識しながらも非常にソリッドでエッジの効いたポップス。1曲目「Don't Move」に象徴されるように非常にアッパーでアクティブな音だと思う。「Luv U Tokio」ではYMOのサンプリングもあったりして、遊び心も忘れない。11月にリリースされたミニアルバム『METAHALF』も名曲揃いで、必聴です。活動休止は残念ですがこのメンバーのスケジュールを合わせるのも大変だろうし、仕方がないのかなあ。

METAFIVE 「Musical Chairs」

METAHALF

METAHALF



■3位:BLACK STAR/DAVID BOWIE

Blackstar

Blackstar

 今年は本当に音楽界のビッグネームの訃報が多い一年でしたが、それは1月10日のデヴィッド・ボウイから始まりました。28枚目のスタジオアルバムにして、最後の作品。69歳の誕生日にリリースされ、その2日後に彼は帰らぬ人となりました。新世代のジャズ・ミュージシャンを多く起用し、ジャズの要素を大きく取り入れています。ボウイはこのアルバムが自身にとって最後の作品になることを知っていたはずで、その中で新たな試みを行ったりこれまでなじみの無い若いミュージシャンたちと仕事をするというのは普通ならあまり考えないことじゃないかと思う。しかしそこがボウイで、変わることを恐れず、常に新しいチャレンジをし続けるという彼の姿勢がこのラストアルバムでも貫かれていることに感動を禁じ得ないのです。なおかつそれがアートとしてもポップミュージックとしても高いレベルで成立しているという、最後の最後に奇跡のようなアルバムを置いていきました。初めて聞いたのがすでに亡くなってからなのでフラットに語ることはできませんが、歌詞は死を目の前にした男が人生を振り返り残された者たちに語りかけているように聞こえます。「これが私の送り続けたメッセージだ」「私は全てを与えることはできない」という終曲“I Can't Give Everything Away”。この曲の意味を、たぶん僕はこれから先もずっと考え続けていくんだろう、と思うのです。
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■2位:幸福/岡村靖幸

幸福

幸福

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このアルバムについてはリリース時に書いた感想に全てをぶつけているので特に付け加える必要はないです。活動再開以降の岡村ちゃんサウンドの集大成であり、青春を再定義した岡村ちゃんのキラキラした輝きがここに凝縮されていると思います。リアルタイムで追いかけ続けてきたファンも、新たに彼の音楽に魅了された若い世代にも「自分のための音楽」として届く説得力をようやく彼は手にできたのではないかと思うのです。それが「幸福」というアルバムタイトルに表わされています。何度でも言うけど、岡村ちゃんは今が最高です。まだ間に合うよ。

岡村靖幸 映像作品「幸福2016」予告編


■1位:Fantome/宇多田ヒカル

Fantôme

Fantôme

 2010年の「人間活動」による休止を経て、2008年『HEART STATION』以来8年ぶりとなるオリジナルフルアルバム。今年最も話題になった作品なのは間違いないでしょうし、内容もセールスもその期待を裏切らない、今年を代表するアルバムだと思います。活動休止中にリリースされた「桜流し」もそうですが、本作に流れる大きなテーマは母親・藤圭子の死と宇多田ヒカル自身が母親となったことです。「道」はストレートに母親の存在が自身に与えた影響を歌った曲ですが、こうしたことを明確に言葉にして出せるようになったのは自分自身も母親として同じことを子供に与えていくのだという自覚と事実に向き合ったからこそでしょう。それと呼応するように、サウンドの手触りはプログラミングを使っていてもどこかアコースティックでオーガニックな感触のものになっています。個人的にLGBTをテーマにした「ともだち」は本作でも白眉のナンバーと思いますが、こうした曲は休止前の彼女からはなかなか出てこないものだったと思います。「忘却」などもそうでしょう。どの曲も説得力と奥深さがやはりこれまでの曲と違うと思うし、また、同時に「ああ、宇多田ヒカルって確かにしばらくシーンに居なかったんだよなあ」と思わせるのです。本作にも参加している彼女の盟友・椎名林檎もそうでしたが、圧倒的な才能を感じさせるのは同じでも、女性アーティストが母親になる前と後でその作品の説得力や深度が全く違うものになることがあるのです。色々と屁理屈をこねることはできますが、単純に「やっぱ宇多田ヒカルすげえわ」という他にない傑作だと思います。

宇多田ヒカル「二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」(Short Version)


今年10枚選ぶのは結構難しかったです。単純に聞いた回数ならアヴァランチーズ『ワイルドフラワー』やレッチリ『ザ・ゲッタウェイ』もあるし、スピッツ『醒めない』は最後まで入れるかどうか悩みました。ただ、洋楽邦楽分けるほどでもないし…という中でこの1週間くらいはこんな感じ、で選んだものです。来年もいい音楽にたくさん出会えますよう。最後に、今年最も聞いた楽曲を。皆さん良いお年を。

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2016年・私的ベスト10~映画編~

今年も劇場で50本を目標にしましたが、届きませんでした。でも複数回見た映画を入れたら50回は映画館に行ったかな…。来年はがんばります。

■10位:FAKE

FAKE ディレクターズ・カット版 [DVD]

FAKE ディレクターズ・カット版 [DVD]

 作曲家・佐村河内守氏のゴーストライター騒動について、森達也監督が密着取材して撮影したドキュメンタリー映画。騒動後、姿を隠した佐村河内氏へのインタビューが約1年に渡って行われています。
内容については賛否両論あるし、新垣隆側からの反論もWEB上に既に公表されている。作中で語られることの真偽はもちろん重要ではある。しかし、この映画はそれを明らかにしようというものではありません。森監督の映画はどこに感情移入するかで見方が180度変わるのだけど、本作はフラットな視点で見ていても映画の中でどんどん何が真実かわからなくなって行きます。どちらに転んでも疑心暗鬼になりそうな中、衝撃のラスト15分がやってくる。これについてはネタバレになるので見てもらうしかないのですが、エンターテインメントとしてのカタルシスがとにかくハンパなかったです。
 改めていうと、この映画は真実を明らかにするものではありません。ただ、見た者が何を思うかを問いかけるものではあると思います。そして、この映画はドキュメンタリーという体であってもあくまで森達也という人の主観と編集が入った作りものであることを忘れてはいけません。「FAKE」というタイトルは佐村河内氏のことか、それともこの映画そのものか。それは見た者が判断することなのだと思います。


■9位:アイアムアヒーロー

 花沢健吾原作の人気漫画実写化。原作はまだ完結していないので、物語の序盤までの展開を一本の映画としてまとめています。結論から言うと、日本映画もここまでやれるじゃん!という会心の一撃。ゾンビもののジャンルムービーとしてもうまくできているし、さえない中年男の成長物語としても成功してる。映画としてまとめるために原作からの省略や改変もしてますが、きちんと成功してる。ゾンビのバリエーションも豊かで、特に走り高跳びゾンビがいい。淡々と同じ動作を繰り返す様はコミカルでもあるし、また恐怖でもあるという。後半はかなりグロい部分もあるが、それ系の描写が苦手じゃなければ見ておくべき一本。今年は邦画が面白く元気だった印象ですが、 個人的にはその象徴という感じの作品。
 改めて思ったのが大泉洋って役に恵まれてるなと。もちろん、いい役者だからこそいい映画や役が回ってくるんでしょうが。今回の英雄役も彼だからこそという部分が大きかったと思います。彼が「ヒーロー」になる直前、ロッカーの中で逡巡するシーンは白眉ですね。名演技でした。


■8位:ドント・ブリーズ
映画『ドント・ブリーズ』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ
 荒廃したデトロイトの街で泥棒をくりかえす3人の若者。その一人である少女ロッキーは養育放棄した両親のもとを離れ、妹とカリフォルニアで暮らすことを夢見るが資金がない。そんな中一人暮らしで盲目の老人宅に多額の現金があるという情報を得た彼らはこれが最後との思いで老人宅に侵入する。しかし―というストーリー。限られた空間の中で襲おう側と襲われる側が反転する様は非常に見事だし、「舐めてた相手が実は殺人マシーンでした映画」の新たな傑作と言っていいでしょう。予告編を見るとホラー映画のような作りにも見えますが、クライムスリラーという感じだと思います。ドキッとする演出はあるものの、超常現象的な怪奇が起こるわけではないので。
 役名の無い、「盲目の老人」役のスティーヴン・ラングの存在感が圧倒的です。後半、事態の真相が明るみになってからのサイコ展開もスピード感があって最高でした。主なキャストは4人だけだし、シチュエーションも限られた設定の話で非常に低予算であることは明白ですが、そんなこと関係ない面白さ。88分という上映時間も非常にタイトで無駄がありません。一部では話題になって気になっていたものの、上映規模も大きくないし、個人的には今年一番の拾い物映画でした。


■7位:マジカル・ガール

マジカル・ガール [Blu-ray]

マジカル・ガール [Blu-ray]

 余命いくばくもない娘のために父親がアニメのコスプレ衣装を買おうとするのを発端として、誰もが予想しない方向に話が進んでいく。分類すればノワールもの、犯罪映画ということになるのでしょうか。その巧妙さとスリリングさにどんどん引き込まれていく。本来接点のないはずの人物の物語が奇妙に重なり合っていく様は『パルプ・フィクション』のようであり、中盤は『アイズ・ワイド・シャット』的とも言える淫靡さと妖しさを持ち、終盤の展開は『タクシー・ドライバー』的でもある。細かい描写や台詞の端々に、後からコレか!と気づく仕掛けが配置されていて、脚本と演出の妙に唸らされるばかり。繰り返し見ることでその巧妙さはより深くなると思う。バルバラ役のバルバラ・レニーの美しさは惚れ惚れするばかりで、まさに魔女。彼女が男たちの運命を(結果的に)狂わせるファム・ファタールであることの説得力がありすぎる。
 ダミアン(この名前も…)をバルバラが「守護天使」と呼ぶ、その場所が「ガブリエル病院」、そしてダミアンが作っていたパズルの絵柄は…?その最後のピースは何処に?など、何度も見返したくなるほどよくできた映画。エンドクレジットに流れるのは美輪明宏「黒蜥蜴」のカバー。全てに意味があるのです。ああ、書いているうちにまた見たくなってきました。


■6位:スポットライト

スポットライト 世紀のスクープ[Blu-ray]

スポットライト 世紀のスクープ[Blu-ray]

 2002年、アメリカの新聞『ボストン・グローブ』の記者たちによって、カトリック教会の神父による子どもたちへの性的虐待とその事実を看過し続けたカトリック教会の共犯とも言える関係が明るみになった。その実話を元にした映画。『スポットライト』とは社会問題を深堀する同紙のコラム欄の名前。ボストンはカトリックが強い影響力を持つ土地で、「ボストン・グローブ」紙の定期購読者も半数以上がカトリック信者。その中でカトリック神父のスキャンダル、さらには教会全体の隠蔽体質を取材するのは困難を極める。地道に証言を集め、じわじわと真実に迫る記者たちの姿をこの映画は実直に映している。構図としては権力を持つ巨悪に対してジャーナリズムが戦いを挑むというもので、ドラマとしては非常に重厚に進む。悪く言えば地味。ただ、とにかく取材チームの役者陣、特にマーク・ラファロの演技は素晴らしい。各自が自分の個性を生かし活躍するチームものとして見ても非常に面白い。どちらかというと役者陣のアンサンブルがメインで主演という概念が薄い映画なので、役者個人ではなくアカデミー作品賞に選ばれたのは納得です。
 タフで骨太なドラマが事件の核心に向けてどんどんテンションを上げていき、見る者を飽きさせない。短い映画ではないが、全く時間が気にならなかった。ドラマとしてのクライマックスは最初の記事が紙面に出るところだが、事件はこれで終わったわけではない。その後に何が起こったのかはエピローグでも語られるのですが、パンフレットにある町山智浩氏の記事に詳細が書かれているのでぜひ読んでほしいです。何とも言えない、ドス黒く、生々しい気分になりました。社会派映画の傑作として長く語られる映画になると思います。


■5位:デッドプール

 マーベルコミック原作の映画化。シリーズとしては『X-MEN』系の流れになるが、X-MENアベンジャーズ系の作品に比べれば格段に少ない製作費で作られている(おそらく1/3程度)。しかし、これは面白い。今年のアメコミものではダントツだと思います。全編しゃべり倒すライアン・レイノルズは原作のテイストをそのままにキャラ化しているし、所謂「第四の壁」を破って観客に語りかける手法も実に巧妙。役ではなく現実のライアン・レイノルズの自虐ネタもあり、第四の壁だけでなく虚構と現実の間も自由に行き来するメタ的なやり方をとっている。以前、DCコミックス原作の『グリーン・ランタン』に主演して大コケしたことを受けて、ミュータント化する前の「頼む!緑の衣装だけはやめてくれ!」の台詞には大爆笑でした。台詞や脚本にはライアン・レイノルズ自身のアイディアやアドリブも多く含まれているそうで、彼自身もこの作品に賭ける思いが強かったのだと思います。
 基本的には望まずに特殊能力を植え付けられた男の復讐劇なのだが、その根幹には実にピュアなラブストーリーが流れている。くだらないお喋りが進んでいるように見えて、細かい部分が実は伏線になっているなど、脚本も上手い。個人的にはクライマックスで流れるワム!「ケアレス・ウィスパー」に感涙。今後X-MENシリーズに合流するのか、単体での続編があるのかはわからないけれど、これで終わりにはならないと思います。これまで作品に恵まれなかったライアン・レイノルズにとってもようやく手にした当たり役。その点でも現実と虚構が入れ混じるのです。負け犬のワンスアゲイン映画としても快作だと思います。


■4位:手紙は憶えている
映画『手紙は憶えている』公式サイト
 妻を亡くした90歳のゼブ・グッドマンは、友人からの手紙を元に、70年前にアウシュビッツで家族を殺したナチス将校に復讐するための旅に出る。しかし、彼は認知症を発症しており、ひとたび眠ると妻が死んだことすらも忘れてしまう。その度に手紙を読んで記憶を取り戻さなければならない。はたして彼は目的を達することができるのか。
 記憶がリセットされてしまう主人公の映画と言えばクリストファー・ノーラン監督の出世作メメント』を思い出します。あの主人公は10分しか記憶が保てない障害の中、、妻を殺した犯人に復讐するために手に入れた手がかりや情報を忘れないように体中に刺青していました。本作でも、ゼブが「手紙を読む」と手にメモするシーンがあります。よぼよぼの老人が人を殺すための旅をするというだけでもスリリングだし、なおかつボケ始めているということでプラスのサスペンスが生まれるのです。それがコメディーにならずに物語の重厚さを失わないのは主演のクリストファー・プラマーの存在感が大きいと思います。
 彼に復讐を託す友人・ザッカーはゼブが認知症であることを知っているのでいちいち連絡を取る。執拗に状況を確認する。それがだんだんある種の違和感になっていくのですが、物語は大きなどんでん返しの結末へと向かっていくことになります。若干、中盤でネタが分かりかける部分もあるのですが、それを置いてもよく出来た映画だと思います。アウシュビッツの当事者が高齢になり、存命な者も少なくなってきている中、こうした作品がリアリティを持って作られるのも今の時代が最後かもしれません。そういう意味でも今年リアルタイムで見ることができて良かった映画です。


■3位:オデッセイ

 火星に一人取り残された宇宙飛行士。食糧も物資も足りない中、助けが来るのは数か月後。絶望的な状況を頭脳とスキルで乗り越え、地球への生還を目指すサバイバルものだけど、悲壮感が全くない。常にユーモアを忘れず、パニックにもならず、淡々と目の前の状況に対して対策を考え実行する主人公の姿に引き込まれます。主人公も、地球で対策を考えるNASAの面々も、皆やるべきことをきちんと考え、それぞれの立場で最善を尽くす。主人公が窮地に陥る原因が災害とかどうしようもないことであって、「誰かバカな奴の手前勝手な行動」じゃないのですよ。だから見ていてとても気持ちがいい。いろんな人がすでに指摘してるけど、『オデッセイ』で中国が出てくるのはハリウッドの中国進出のマーケティングではなくて中国のロケット技術が高いからなんですよね。70年代のディスコミュージックが全編を彩る映画ですが、本作のラストでオージェイズの「ラブトレイン」が流れたところでは思わず涙が出てきました。「ラブトレイン」の歌詞はこんな感じ。「世界中の皆、手に手を取ってラブトレインを走らせよう」「次の停車駅はもうすぐさ ロシアや中国の人にも伝えよう」「この列車に乗る時が来たんだ。この列車をずっと走らせ続けよう」。アメリカと中国が協力し、一人の宇宙飛行士を救出するのを世界中が注目する。そんな映画のラストに流れるのがこの曲ですよ。感動するしかないでしょう!
 「人間なめんな」って思うし、元気をもらえる映画でした。『ゼロ・グラビティ』『インターステラー』そしてこの『オデッセイ』と、宇宙のロマンと人間の素晴らしさを描く傑作が最近毎年のように作られてるのはいいことだと思います。


■2位:シン・ゴジラ

 基本的には1954年の第1作『ゴジラ』のオマージュでありつつ、現代版にリアレンジしたという感じでしょうか。あまりネタバレするのも何なのではっきりとは書かないようにしますが、ゴジラが自然災害などのように避けようのない災厄として描かれているのですね。破壊される街の描写やその後の瓦礫の山は当然、東日本大震災を経た上でのものだし、放射能や被ばくの扱いも震災後の日本を象徴するものです。あと「大震災級の災害が首都圏で起こったらどうなるのか」というシミュレーション、思考実験としても興味深いと思います。官邸や内閣、各省庁がどういう指揮系統で対応するのか、自衛隊はどうするのか、等のうねりがマシンガン級に早く情報量の多い台詞の嵐でどんどん物語を推進していきます。自衛隊兵器の扱いも非常にリアルで、この辺は庵野秀明総監督のオタク趣味が全開になっているところでしょう。劇場版『パトレイバー2』に通じる部分もあると思いました。BGMはまんまエヴァ伊福部昭が手がけた旧ゴジラシリーズと怪獣映画の音楽のミックス。そしてクライマックスの作戦の展開はほぼヤシマ作戦!ということでやっぱこれはエヴァです、ほぼ。こんなものを作っていたらそりゃあ、エヴァ新作は遅れるわけだと思うほかありません。後半のクライマックスで東京の街が文字通り蹂躙されるシーンでは「もうやめてくれ!これ以上やられたら日本が終わってしまう!」と本気で思いました。その後の長谷川博己の「日本はまだ立ち直れる」という台詞には庵野監督のロマンというか希望が現れていると思いますね。
 去年『進撃の巨人』を見た時に思った、「樋口真嗣は特撮監督に徹して、きちんと映画を見れる人に監督させればいいのに」ということを実践した映画とも言えるかもしれません。見ようかどうしようか迷っている人はぜひ見ましょう。ゴジラシリーズを見たことがなくても問題ありません。『パシフィック・リム』を見た時に日本人がやるべきことをハリウッドにやられてしまった、という思いがありました。逆に『シン・ゴジラ』は日本人がハリウッドからゴジラを取り戻した映画と言ってもいいでしょう。ゴジラというのは単なる破壊神、怪獣という枠を超えて、その時々の社会を映すメタファーとしての役割を担っているということです。少なくとも1954年ゴジラはそうだったのですよね。


■1位:この世界の片隅に

全国拡大上映中! 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト
 こうの史代による漫画原作を片渕須直監督がアニメ映画化。間違いなく、日本アニメ映画史上、いや、邦画史上に残る大傑作だと思います。舞台は戦争中の広島県。19歳の浦野すずは広島から呉に住む北條周作のもとに嫁ぐことになる。慣れない生活に戸惑う中、次第に彼女らの生活にも戦争の影が忍び寄ってくる。原作のトーンを失わない絵柄とテンポで、淡々と戦中の呉の生活が描かれていきます。そのタッチは非常に軽やかで、想像以上にユーモラス。すずのおっとりした性格もあって舞台が戦中であることを忘れそうになるし、物がない時代であっても人々の生活には笑いもあったことが確かに描かれる。しかし後半に進むに従い、すずの生活からは彼女の大事にしていたものがどんどん奪われていく。晴美も、絵も、絵を描くための腕も、奪われていく。そして物語は終戦に近づいていくのです。映画を見ている我々は昭和20年8月に広島に何が起こるかを知っています。映画の時間がそこに向けてカウントダウンしていくに従い、見ている側の鼓動は早くなっていく。NHKテレビ小説「あまちゃん」でも同じような感覚を覚えました。あのドラマは東日本大震災に向けて物語が進む中、やはりどこかコミカルに進む物語や登場人物たちが辿る運命に胸騒ぎを覚えました。そのドラマに主演していた能年玲奈(のん)が本作ですずの声をあてているのは決して偶然ではないと思います。
 原作ではコマの枠外に注釈として書かれていた当時の状況や風俗などの付属情報が映画の中では殆ど説明されません。なので、見ていて今の時代の常識から考えると違和感を覚えたり理解できない場面がしばしばあります。そこに関しては原作や公式ガイドブックで補填しながら、何度も繰り返し見るべき作品だと思います。ひとつ言うと、物語の大きなテーマとしては当時の女性が嫁に入るということはどういうことか、ということだと思います。すずも、周作の母親が病に倒れたために家事の労働力として必要とされていました。当然、家の跡継ぎを産むことも期待されるでしょう。しかし劇中ではすずには子供はできず、右腕を失ったことで労働力としても使えなくなってしまう。立場としては何のために嫁に来たのかわからない、針のむしろだったでしょう。そういった状況が実は細かい台詞の端々や絵で描かれていることが、後から気づくのです。水原が北條家を訪れたことの意味や遊女・りんとの関係など、考えて語りたくなる要素が他にもたくさんあります。そしてラストに訪れるほのかな希望。エンドロールの間、僕は嗚咽に近い涙を流していました。ブルーレイが出れば今後も何度も見る作品になると思います。今年はこの映画に出会えて本当によかったです。文句なし、最も素晴らしかった作品です。
この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック

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お粗末様でした。来年もいい映画にたくさん出会えますよう。

守備の達人・金子誠打撃コーチが語る「攻撃の意図」。

 11月23日に北海道日本ハムファイターズのファンフェスティバルが行われました。僕自身も札幌ドームで楽しませてもらったのですが、今回のファンフェスはCSのGAORAで生中継されてました。その中で、選手やコーチにいろいろと話を聞くコーナーがあったのですが、金子誠一軍打撃コーチが実況席に来て話していた内容が非常に面白かったので書き起こしてみます。金子コーチの他、GAORAでファイターズ戦の実況を行っている近藤祐司さん、ガンちゃんこと解説の岩本勉氏です。

近藤「改めまして金子コーチ、お疲れ様でした。」
金子「お疲れ様でした。ありがとうございます。」
近藤「11月のこの時期というのは、準備の方も始まってはいるんですけども、気持ち的には選手たちも日本一の喜びを味わってもいい時期なんですか?」
金子「シリーズ終わって、すぐに秋季練習入るんですよね。で、あとは侍JAPANに行った選手もいますので、まあひとつそこで区切りはついているのかなと。翌年に向けてのいろんな取り組みはスタートしてる段階なので。この時期ですね、このファンフェスティバル、それから皆契約っていうのを終えてシーズンオフに入っていくような感じです。」
岩本「来季の準備で言ったところでね、今CM中に金子コーチはこのバブルサッカー、これ新しいトレーニングになるんじゃないかと思わずつぶやいたという。」
近藤「選手たちも汗だくになってましたよね。」
金子「中田翔があれだけ汗かくって、シーズン中もなかなかないですから(笑)。シーズンオフは何かいいトレーニング方法ないかなって模索するんですよみんな。北海道に移転してきた当初は雪かきですか、雪おろし。あれトレーニングにいい作業だなって思ったこともあります。なかなかトライする機会無かったですけど。」
(中略)
岩本「金子コーチ、今日新加入の選手で太田泰示選手の挨拶がありましたけど、来年期待寄せる部分も大きいんじゃないですか?」
金子「秋季練習から鎌ヶ谷でい一緒にいろんな話を聞きながらやったんですけども、ポテンシャルものすごい高いんで。なんとか札幌ドームでね、この広い外野を縦横無尽に走る能力がありますので。楽しみというか、活かしてあげたいですね。」
岩本「長打力もありますもんね。」
金子「ホントに飛距離は、このチームでも上から数えた方が(早い)。飛ばす方ですよ。」
岩本「状況によって、彼の調子によっては、パリーグはDH制がありますから。複数の打席を任せることも増えてくるかもしれませんね。」
金子「そうですね。もちろん、守備力もそうですけど身体能力もそう。あとはジャイアンツで10年弱やってきていろいろ取り組んできたことがあると思うんです。それも自信を持ってファイターズでも活かしてくれればいいかなと思いますね。」
岩本「本人も新しい自分を表現したいというようなコメントも残してますしね。楽しみですよね。」
近藤「往々にして金子さん、選手って環境が変わったり、はたまた指揮官が変わったり、打撃コーチが変わったりで一気に何か違う側面が見えてきたりしますよね。」
金子「そうですね。置かれてる環境、僕はファイターズ一筋でしたけど―ひとつ北海道移転っていうのが僕にとっては大きな転機にもなってますし、監督も6人変わってるんですね、コーチもそれとともに変わってますけども。もちろんあるのは自分のポテンシャル、自分の野球スタイルっていうのをまず大事にしてほしいなっていうのもあるんですけども、そのチャンスがあったり、チャンスを生かす場っていうのがいかにあるか、そこをどうやって生かせるかっていうのはあとは本人なので。僕らはその手助けをしていきたいですね。」
岩本「本人という意味ではそれぞれの選手が出場意欲とか、いろんな欲を持ってトライしてほしいですよね。」
近藤「今シーズンは金子コーチを見ていると特にファイターズ全体で言いますと、攻撃で言えば集中打があって、一気に集中力を発揮してビッグイニングを作って逆転したという試合があったんですが。その中で金子コーチがバッターにこう寄って行って一言声をかけて打席に送り出すケースが多かったんですけども、こういったケースはどういうアドバイスになってくるんですか?」
金子「まあ、一番多いのはピッチャー交代のタイミングの時かな。そういう、話す時間があるのは。僕、現役の時はネクストバッターで集中してる時にあまり話しかけられるのは好んでなかったので。そう見えるなって選手にはあまり近づくこともなかったですし。あとは場面ですよね。打席に入る上でこういうのあるのかなああいうのもあるのかなって迷いながらだとやっぱ選択肢が狭まってしまいますから。なるべくシンプルに打席に入れるような声掛けですか。求めてなければ全然スルーしてますけど。あそこにいるとね、ネクストバッターだと一球一球状況変わってきますから。ちらっと目が合ったりすることあるんですよ。そういう時は監督に確認しながら、僕なりの言葉で伝えてきたケースは何回かあります。」
岩本「バッターと目が合うということはバッターも何かちょっとワンポイント欲しいなと思ってる時かもしれませんしね。」
金子「そうですね。特にね、うちバントが多かったじゃないですか。バント多かったのは(声を)かけられた選手なんですよ。その選手に対しては迷いなくバントっていうものがあったんですけども。時々その、バントもあるのかなっていう場面の選手いますよね。で、そういう時にノーアウト一塁、ボールツーになりましたとか、相手の流れでノーアウト一二塁になったらどうするんだろうってバッターが感じる時もあるんですよ。で、そういう時にノーアウト一塁で打つケースもありましたし、送ったこともある。送った成功失敗っていうのはまた別にして、そこでトライすることの意味がたくさんあるんですけど。そこですね、バッターに対して声をかけたのは。ノーアウト一塁はもう思い切って打ってほしいと。で、試合後になんであそこで打たせたかっていうのは後で解説することで次に回ってきたときにまた楽な気持ちで、プレッシャーかかる場面ですから。バントって成功率が大事ですけど、ノーアウト一塁での成功率って半分くらいしかないから、12球団でも。で、そういうのがみんな腹ではわかってるんで。プレッシャーかかるじゃないですか。それを少しでも取り除くきっかけになればいいなと思ってやってたんですけれども。」
岩本「なるほどね。まあ、いろんなケースが予想される中で頭でっかちにならないよう迷いをちょっと無くしてあげるようなアドバイスだったんですね。や、でも僕印象的だったのは味方がカーンと同点タイムリー、逆転タイムリーとか打って。ベンチがワッと盛り上がるじゃないですか。その時に金子コーチはワッと盛り上がってる横で一人険しい顔で相手ベンチを見たりとか、相手チームを見たりとか。状況を確認してる姿がすごく印象に残ってるんですよ。」
近藤「金子さんは去年、パドレスに行かれてる1年間は合間にGAORAでも解説していただきましたけど、本当に細かいところまで野球を見てらっしゃって。どうですか?それがコーチとしてしっかりと生きた1年だったと思うんですが。」
金子「いやいや(笑)。もちろん、去年1年間させていただいたことは自分の中で引き出しにはなっているんですけど。これ、いろんな先輩方からも言われたんですけど、こう上から、解説席から見るのと現場では全然違うぞと言われてきたんです。全然違いますねやっぱり。実際同点タイムリー逆転タイムリーって出ても、喜び…喜んでるんですよ?もちろん。もちろん喜んでるし興奮してもいるんです。だからついつい次にとるべき行動を忘れてしまうことも多々ありました。」
近藤「まあしかし今季はホークスも大敵であったという中で、ホークスもしっかり打ちましたし、そういった意味ではしっかりと結果を残せた1年ということになりましたね。」
岩本「一番の刺客であったホークスに対し打ち勝ちもしましたし、守り勝ちもしました。バッティングコーチされてましたけど、まあそこは守備の達人金子コーチ。ディフェンス面で選手からのアドバイスを求められることはありましたか?」
金子「いやいや。そこは僕は言っては…」
近藤「打撃コーチは打撃のことをというわけなんですね。」
金子「やっぱり毎日試合は続くわけで、今年は監督が本当にホークスとの試合に対してものすごくエネルギーを注ぐ部分がチームとしてもあったので。何とかしなきゃいけないじゃないですか。まあ一番はバッテリーが立ち上がりを大事にしてくれましたよね。逆転が多いっていうんだけど、5点6点を逆転した試合なんてほとんどないんですよ。2点3点なんですよね。それで凌いで行ってくれることで、要はバッティングコーチだったらこの先発をどうにかしてして打たなきゃいけないとチームとして思ってしまうんですけど。その試合に勝つにはどうしたらいいかって考えた時に何も先発に対して躍起になって打ち崩すのではなく、その日のホークスに勝つにはどういう風に攻撃していったらいいか、守りも含めて。コーチ陣もそうですけど、選手もそういう視点に立てたのはCSや日本シリーズにつながったのかなと思います。」
岩本「なるほど。例えば相手チームの先発ピッチャーがすごく調子よかったら、継投に移った時に「さあ何か変わるぞ」っていうような掛け声もあったわけですよね。」
金子「そうですね。あまり例を出したくはないですけど、なかなかどの球団も打ってない先発投手がいるじゃないですか。ホークスにも何人も。で、継投に入ったらチャンスは出てくると思うんですけども、継投の後ろの方はノーチャンスですよね、やっぱり。」
岩本「強いのがいますからね。」
金子「だから先発に7回まで投げられてしまうと厳しいんですよ。打ててはいないけれども、先発を5回で降ろす、相手ベンチが球数とかで、どうしようかな6回まで行かせようかな、5回までで止めようかな、と思うような攻撃がたとえ0点でもできたら、6回7回ってチャンスが生まれるんですよ。それが日本シリーズで表わされてると思うんです。」
岩本「そういう展開が多かったですね。」
金子「そういう野球は、交流戦15連勝しましたよね。その中盤くらいから「ああ、先発いいピッチャーだな。じゃあ今日は粘って行こう。」みたいな、自然な流れができてきましたよね。」
岩本「なるほど。もうお手上げ、じゃなくて粘って頑張っていれば何かが起きると。」
金子「はい。」
岩本「でも僕らね、中継していて、スコアつけてて今言われてることがその通り目の前で描かれてましたからね。」
金子「だからそれを一発で仕留められるバッターが初めからそれをやってしまったらいけないんですよね。でもそれができるバッターがファイターズは半分くらいいるんですよ。その選手たちが、犠牲になるんじゃないけれど、まあもちろんベストはランナーがいれば返す。ランナーがいなければメイクチャンスっていうのがベストなんだけど。ランナーがいる時、例えば一死二塁。もちろん返してほしいですよ?でも相手がちょっと上手だな、今調子いいなっていう時に、言い方としてはベターなアウトもある。」
岩本「アウトひとつの取られ方にもいろいろ種類があると。」
金子「そのベターなアウトっていうのはじゃあ何かって言ったら、もちろん粘った末に最後いい所投げられちゃったっていうのもまだベターだと思う。で、追い込まれたけれどもなんとかセカンドゴロで二死三塁にした。で、次が足のある左打者だったら内野安打で一点っていうケースもありますよね。もちろんランナー二塁のままだったら外野手前に出てきちゃうから。それを考えた時に、セカンドゴロでも拍手して迎えてやる。それがベンチ全体で出来るようになってくると、これ、僕が相手チームとして守ってても例えばさっき言った一死二塁で、相手バッターが苦しんで苦しんでセカンドゴロで二死三塁になった。次のバッターが足のある左打者だったら、僕がショートなら嫌です、やっぱり。
岩本「なるほどねー。それは守備の達人として、それを全て把握できてるから攻撃に活かそうと、どんどん戦力に変えていってくれたんでしょうね。目の前で起きてたことの根拠をこうやって喋っていただけるとありがたいですね。」
近藤「1年の経験を積んで、来季はさらにまた金子コーチの視野も広がってることが期待できそうですね。」
金子「やっぱり今年は、どちらかというと何をやってきたかなっていう反省も生まれないような感じなんですよね。もうちょっとこういう風にできたんじゃないかなって思う事もたくさんあるんだけど、何にもしてないのにこうやって選手たちが伸びていくってなったら、何もしない方がいいんじゃないかって思ったり(笑)。」
近藤「それは究極の指導ですよね。」
金子「まあ城石コーチとね、いろいろ話しながら。また城石コーチが選手ともたくさんコミュニケーション取ってますし。あとはまあ、勝ってるからかもしれないけど、全体的に雰囲気はいいですよね。」
近藤「確かに城石コーチと金子コーチ、どちらも打撃コーチですけれどバランスが絶妙ですよね。マスコミ対応の城石コーチ、金子さんはしっかりこう(内部を)。」
金子「(笑)マスコミ対応って、誰にも話を聞かれないから僕は(笑)。」
近藤「金子コーチはオレに話しかけるなオーラがフィールド上ではすごいんですよ(笑)」
金子「引退した時に角を取りますって言ったけど、角張りましたね、余計に(笑)」
近藤「解説者の時の、いろいろと説明してくださる金子さんが、コーチになられた瞬間勝負師になられますんでね。」
金子「でもどっちかって言ったら僕も城石コーチも守備的視野の部分が多いんですよね。」
岩本「そこが今僕聞いてて感心したところですよ。守っててこうだったらイヤだな、それを攻撃に生かすアドバイスに落とせるというところが逆転の視野ですよね。」
金子「城石コーチはヤクルト時代守備コーチでしたよね。昨年はファイターズのファームで打撃コーチをやってるんで、打撃コーチとしての視野も持ってるんですよ。僕はどっちかと言ったらまだ守備的人間だったので、そのままコーチになっちゃったから。打撃コーチなのにグラブしか持ってないし(笑)。」

 現役時代は堅守でチームを支えた守備的な選手だった金子誠が打撃コーチになったことを「?」と思った人は多かったでしょう。しかし、この話を聞くと守備的な観点が見事に攻撃に生かされていることがわかります。それこそがチームが金子氏に期待したことだったのでしょうし、また彼の野球観をさらに広げる経験になっているはずだと思います。それはつまり、来るべき監督就任に向けて広く野球を捉えることを期待されているのだと思います。現役時代から一貫した野球観と独自の理論を持っていた人なので、近い将来必ずその日はやってくると思います。

「サイレントマジョリティー」をめぐるアイドルたちの現在地についての一考察

 今年聞いたアイドルソングの中で最も衝撃的だったものの一つは間違いなく欅坂46のデビュー曲「サイレントマジョリティー」だ。大人たちに振り回され、群れて笑顔を振りまくことに対する疑問と葛藤を歌ったこの曲は、それこそAKBに代表されるアイドルグループに対する強烈なアンチテーゼだった。いずれにせよ秋元康によるマッチポンプと言ってしまえばそれまでだが、楽曲のクオリティーとともに、新たなアイドルのデビューとしては有り余るインパクトがあったと思う。


欅坂46 サイレントマジョリティ

 7月18日に放送された「FNSうたの夏まつり」の中で、AKBグループの各チームの中からエース級のメンバーを選抜して作られたスーパーユニットのパフォーマンスという企画があった。彼女たちが歌う曲はデータ通信を利用し、視聴者の投票で決められるというものだった。AKBの「恋するフォーチュンクッキー」「365日の紙飛行機」、乃木坂の「君の名は希望」を抑えて僅差で1位になったのは「サイレントマジョリティー」だった。各グループのファン以外も多数投票したであろう中でこの結果となったのは正直驚きであると同時に、「サイレントマジョリティー」という楽曲の力が一般に浸透していることの証左であるとも思った。「サイレントマジョリティー」を歌うと決まった時の彼女らは、笑顔の裏で様々な思いを抱いていたのではないかと思う。特に、乃木坂46のメンバーには忸怩たる思いがあったのではないかと予想する。

 前述した通り、「サイレントマジョリティー」はアイドルという虚構の世界で大人の言うなりに演じることの不毛さや疑問をテーマにしている。つまり、AKB48に象徴されるアイドルグループそのものに揺さぶりをかける曲である。それはアイドルの恋愛禁止に一石を投じた乃木坂46の「制服のマネキン」に通じる部分があるものとも言える。欅坂46のセカンドシングル「世界には愛しかない」も「サイレントマジョリティー」と同様のテーマを持つ曲だった。そして、楽曲としてもポエトリーリーディングをフィーチャーした非常に「攻めた」曲だったと思う。対して乃木坂の新曲「裸足でSummer」は駄作とは言わないものの定番の夏ソング。齋藤飛鳥の新センター抜擢というトピックはあっても、あくまでファン向けの話題でしかない。悔しかっただろう。乃木坂にしてみれば「サイレントマジョリティー」にしろ「世界には愛しかない」にしろ「私たちが歌うべき曲なのに!」という思いがあったかもしれない。


世界には愛しかない - Keyakizaka46.


裸足でSummer.

 「FNSうたの夏まつり」でのドリームチームのパフォーマンスに話を戻そう。このスーパーユニットのセンターに選ばれたのは乃木坂46生駒里奈だった。これがどういう経緯で決まったのは知らないが、指原莉乃山本彩松井珠理奈にしてみれば「なぜ自分じゃないんだ」と思ってもおかしくないだろう。かくしてこのスーパーユニットのパフォーマンスは華やかなエース級メンバーの共演というアベンジャーズ的なお祭りから一気に「シビル・ウォー」へと様相を変える。この中では正直、自分たちの持ち歌でありながら欅坂メンバーの存在感は薄かった。先輩たちへの遠慮もあったのかもしれないが、それ以上に「同じ曲演ったら負けやしない」という、48グループと乃木坂の欅坂に対するプライドがハッキリと現れて、各グループ同士バチバチのやり合いが凄まじかった。センターの生駒はクールな無表情で「制服のマネキン」時を彷彿とさせる圧巻のパフォーマンス。これで溜飲を下げたと言っていいのかはわからないが、意地を見せたのは間違いない。「サイレントマジョリティー」という圧倒的に優れた楽曲を中心として、48グループの現在地が垣間見える貴重なパフォーマンスとして僕の目には映った。これから彼女らにどのような曲が与えられるのか。笑顔の裏にあるドラマからも目が離せない。


Silent Majority - 46 and 48 the Dream Team