バガボンド
- 作者: 井上雄彦,吉川英治
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2000/07/21
- メディア: コミック
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さて、もともと絵は上手かった作家がその才を開花させた後にどういう作品に向かうのか。実際、それはかなりの期待を集めていた。「BUZZER BEATER」というリハビリ作品を間に挟み、井上雄彦がモチーフとして選んだのは「宮本武蔵」であった。正直、連載当初この作品に違和感を覚えた人間は少なくないはずだ。バスケの後に剣豪?歴史もの?何故?と。しかし読み始めるとその疑問は瞬く間に消える。面白い。ストーリーが、ではない。ない、ということはないが、それだけではない。さらに加速度を増した圧倒的な画力。吉川英治による「宮本武蔵」という原作が、ともすればこの漫画のためにあるのかと思わせるほどの説得力が、この絵にはある。しかしはっきり言って、なんでも良かったんだろうと思う。自分の絵を試せれば、自分の作画の限界に挑めるものであれば、宮本武蔵でなくても良かったのだろうと思う。ただ、作品に対しては自分の画力にのみ注力したい、ということからすれば原作ものにした理由は良くわかる。そこまでして作者はこの作品で自分の絵の限界、マンガの表現力の限界に挑戦したかったのだろう。単行本7巻、宝蔵院胤舜との2度目の対戦に挑む直前、冬の森の中で佇む武蔵。見開き2ページのこの絵からは作者の気迫そのものがびっしびしと伝わってくる。これが書きたかったんだろうなあ、きっと。台詞は少ないが、その絵を隅々まで眺めるだけであっという間に時間が経ってしまう。なんというか、武蔵とともに作者も修行しているような、求道的な匂いをこの画面からは感じることもできる。ある意味では読者という存在を無視した作品でありながら、「スラムダンク」にも匹敵する読者を獲得した作品。これもまた、幸福な作品なのだと思う。
とはいえ、主人公・武蔵のキャラクター付けや、ふっと息抜きの笑いを差し挟むあたり、作者の現場感覚はそれほど鈍っているわけでもない、と思う。ストーリー進行の遅さは多少気になるが。