無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

宇宙の西部劇

スペースカウボーイ 特別版 [DVD]

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 この映画はSF映画ではない。これは西部劇だと思う。じゃあ、西部劇がどういうものかといわれると返答できないのだけど、西部劇だと思う。西部劇に出てくるカウボーイというのは本当の意味でのヒーローにはなり得ず、孤独で、もっといえば決して報われることがない存在だと思う。自分の求めるものが決して手に入らないことを悟っている、というか。その中で自分の気のおもむくままに生き、死んでいく彼らの姿は限りなくロマンチックで、心を打たれるのだ。
 クリント・イーストウッド演じる主人公は40年前に打ち砕かれた「宇宙へ行く」という夢を実現させる為に昔の仲間を集め、権力を脅す。的確なユーモアをはさみながら物語は進行し、彼らはとうとう夢を実現する。ここまでなら中年(老年か)のおとぎ話で終わってしまうところだが、彼らが40年間忘れることなく夢見つづけてきた宇宙には汚れた現実が横たわっていた。ネタバレになるので詳しくは書かないけど、結局彼らの夢はその宇宙自身によって再び粉々に打ち砕かれるのだ。なんという皮肉。宇宙に出てから先、主人公たちの周りには常に死の影が見える。だから彼らの姿は地球上にいる時より生を強く感じさせる。40年間を埋めようとする彼らの精一杯の抵抗が、僕の涙腺を緩ませる。失われた時間は戻らない。しかし、彼らは自分の信ずるままに自分のやるべきことをやる。そこにこそ最大級のロマンを感じる。ラストシーン、涙なしで見れるだろうか。重要なモチーフとして流れる「FLY ME TO THE MOON」はイーストウッドではなく、トミー・リー・ジョーンズのものだった。泣かせる、名演だ。
 果たして宇宙というのは本当に新世紀に残された最後のフロンティアなのだろうか?クリント・イーストウッドがこの映画にスペース・『カウボーイ』と名づけたのはそんな意味もあるのではないだろうか。最後のカウボーイが作った今世紀最後の西部劇。寂しい映画だけれども、帰り道は充足した気分で夜空を見上げることが出きると思う。そう、彼のいる、月を見上げたイーストウッドのように。