無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

宇多田ヒカルとの距離

Distance

Distance

 『First Love』の何が衝撃だったかって、15、16の女の子がここまで初恋、あるいは恋愛ってモノを対象化して表現できるってことを初めて知らしめてくれたことだ。男だったらせいぜい「やっぱり愛は勝つ」なんつう脳みそ足りないとしか言いようのない陳腐な物言いになる所を「嫌なことがあった日も/君に会うと全部フッ飛んじゃうよ」と、見事なまでにストレートに、ドラマチックに描き切ってしまう才能。これが衝撃でなくて何なのか、ということだ。で、続くシングル群ではこれまた恋愛に溺れ、そして破れ、また出会い、というフルコースを完璧に消化して見せたわけだ。何なんだ、この人は。
 恋愛に限らず、全ての人間関係はその相手との距離だ。彼女は、まだ20年に満たないその人生で既にその距離感を表現する術を身に付けてしまっている。「傷つけさせてよ/直してみせるよ」なんて言葉、どうして歌える?おれには、信じられない。
 恋愛が始まる前から、そして終わった後もその相手との距離は残る。絶対残る。そして恋してる時以外の時間の距離感を彼女ほど表現できるアーティストを、今まで僕は知らない。まさしく『Distance』である。このアルバムは。その中でこの2年間で恐らくは他の人の20年分くらいの人生を生きたであろう彼女の1人称の心情が覗ける「Parody」なんかが非常に興味深いところでもある。
 ただひとつだけ。彼女のヴォーカルは前作に比べて飛躍的に上手くなってて、セクシーなんだけども、彼女の曲の中には絶対的にセックスの匂いが希薄なんだな。仕方が無いのかもしれないけど。それが出てきてしまったら、本当にどうなってしまうのだろう、という気がする。まだ彼女の底が見えない。恐ろしい。