無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

岩田鉄五郎204勝404敗8S

 この豊福きこうという著者は数年前『水原勇気0勝3敗11セーブ』という本を書いた人。水島新司氏の『野球狂の詩』に登場する女性プロ野球選手、水原勇気の生涯成績を作品から読み取って分析した本だ。そして本著はその『野球狂の詩』の舞台となる架空のプロ野球チーム「東京メッツ」と、その看板選手であり、監督である「岩田鉄五郎」を中心に、各選手に対して同様のデータ分析を行ったものである。当時僕は『水原勇気0勝3敗11セーブ』の着想とその内容に非常に興味を覚えたものだが、それ以降、同様のものが出るにつれ少し違和感を感じるようになってきた。それはなぜか。
 『ドカベン』の山田太郎の打率は本当に7割なのかとか、それを実際にマンガから算出しようという熱意はまことに天晴れだと思うのだが、問題なのは「果たして水島新司という人はそこまで考えて書いているのか」ということだ。そして僕自身は、それは「否」と思っているのである。水島新司という人はご存知の通り野球というスポーツに並々ならぬ愛情を注いでいる漫画家であり、特にプロ野球というものに対して自身の「夢」と「ロマン」を作品を通じて投影するタイプの作家である。彼の作品に登場する個性的な選手たちは「こんな選手がいたら面白いだろうな」「こんなプレイが見られたら楽しいだろうな」というある意味子供のような、無邪気な願望を形にしたものであると思う。
 やはり松坂と松井の対決は見てみたいし、野茂の次に佐々木が投げてイチローがウィニングボールをキャッチ、なんていう夢のチームが見てみたいとも思うのだ。それはマンガでならいくらでも可能になる。そういう夢を形にする作家なのだと思う。水島新司という人は。現在連載中の『ドカベンプロ野球編』にしても、単純にあの高校球児たちがプロになったら面白いだろうなという興味だけが発端だったという気がしてならない。そしてそういった無邪気な願望は作品の整合性というものを軽く凌駕してしまうのである。『大甲子園』ではスタンドで東京メッツ岩田鉄五郎が山田の打席を観戦しているが、『ドカベンプロ野球編』はメッツに関しては全くの無視。あくまで現実のプロ野球の中での話になっている。水島新司の作品でこういったところをいちいち突っ込んでいったらキリがないのである。試合の実況の中でアナウンサーが「山田太郎、脅威の打率7割」と言うのは要するにすごい打者なんだということを読者に伝えたいがためであり実際に作品の中で7割打ってるかという問題ではないのである。
 本著のような分析本を書くにあたっての著者の愛情や熱意は確かに認めるが、そうした分析は時に作品の中で描かれる夢やロマンをスポイルする方向に行く可能性があると思う。それは非常に興ざめである。単純に、登場人物の素晴らしいプレイ、現実ではありえないようなトリッキーなプレイを楽しめばいいし、岩田鉄五郎のように200勝へのあと1勝のために還暦を過ぎてもマウンドに上がりつづける男のロマンに涙すればいいのだと思う。
 水島新司という人は、永遠の野球少年なのだ。その無邪気な夢とロマンの前に数字は無力である。