無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

青春のリグレット。

8Mile [DVD]

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 この映画の主人公、ジミー・ラビットをエミネム本人と重ね合わせて見てしまうのは、いくらエミネム本人が違うといったところでいたしかたのないことだろう。しかし、これは彼の自伝映画としてよりも、1995年当時のデトロイトという町の風景、そして当時のヒップホップの世界のドキュメントとして優れた作品であると思う。そして何より、ヒップホップに限らず、自分の夢と現実の中でもがき苦しむ若者の姿を描いた青春ドラマとして優れた作品だと思う。ドラマとしての上手さはカーティス・ハンソン監督(『LAコンフィデンシャル』)の手腕によるものだろう。
 ジミー・ラビットはラッパーとしてのデビューを夢に見、週末のラップバトルに出場するが、白人であることからのブーイングなど、さまざまなプレッシャーからその実力を発揮できないでいる。恋人との別れ、出会い、自堕落な母親、甘い誘い、嘘。エミネムデトロイトの町で、同じような体験をしてきたことは有名だ。ジミーとともに行動する連中は、後のD12か。ジミーにとって、そしてエミネムにとってヒップホップはクソのような現実から抜け出すための唯一の希望であったのだ。ヒップホップをロックンロールでも、サッカーでもなんでもいい、置き換えてみれば同じような若者は世界中にいくらでもいるはずだ。だからこそこの映画は青春ドラマとして優れている。エミネムファンならずとも、ヒップホップに興味がなくても共感を得られる映画だと思う。
 どん底まで落ちたジミーがクライマックスのラップバトルで勝利を収めるカタルシスはたまらない。しかしそこで彼がラップするのは、いかに自分の状況がロクでもないものかというカミングアウトである。これ以上俺をバカにできるものならしてみろと言って相手にマイクを渡し、相手はジミーをディスする言葉を失ってしまう。驚異的なスキルもそうだが、冷徹なまでの自己認識とそれを恐れずに表現する開き直り。エミネムはそうやって世界を制覇したのだ。そう考えるとやはりこれはエミネムにしか作れなかった映画だろうと思う。