無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

生きることは死ぬことと見つけたり。

扉

 1曲目の「歴史」からして異常に素晴らしい。文豪・森鴎外の生涯という、およそロックの歌詞とは思えぬ書き出しから始まり、男の生き様、死に様とは何か、という哲学的な内容に広がっていく。ドラマチックな曲展開とも相俟ってアルバムの冒頭からテンションがいきなり高まっていく。この曲にしても他の曲にしても、このアルバムには「死」という表現が頻出している。宮本浩次はここ数年(つまり彼が三十路を超えたあたりから)人生があとどれだけ残っているのかということを意識して曲を書いてきた。つまりそれは死を意識するということだ。死からは決して逃れられない。今の自分が人生全体の半分か、どの位置にいるのかわからないが、この先やらなければならないことは何か。考えなければならないことは何か。こういったことが彼の曲の出発点になっていたと思う。「日本人としての自分」を強く意識した曲もあるが、基本的にはテーマはつながっている。自分はどこから来て、どこに行くのかということだ。アイデンティティを探る旅。その過程で永井荷風森鴎外も読むってことだ。かつて宮本は浮世絵など江戸文化に傾倒した時期があるが、それが明治大正に移行したような感じなのだろう。
 そして本作で彼は力強いひとつの結論に達している。「死ぬことは生きることだ」と。「歴史」はそのテーマ曲として重厚に鳴らされている。死を認識してこそ生は強く輝く。その結論は終曲「パワー・イン・ザ・ワールド」に結実する。前々作『DEAD OR ALIVE』からのロックンロール回帰モードとシンクロし、このアルバムのエレカシは歌詞、演奏、歌唱、全てにおいて彼らにとって21世紀最高のものを作り出したといえるだろう。『俺の道』はプロローグに過ぎなかった。
 人間誰しも多かれ少なかれそうではあるが、宮本浩次は非常に考え、悩む人間だ。歌詞も音楽も、エレカシの辿ってきた道程は決して一本道ではない。それはファンならよく知っていることだろう。しかし、バンド編成でのロックンロールを選択してからの宮本には迷いがさほど見えない。「どうやって鳴らすか」に対して腹括った以上、「何を鳴らすか」に全力を使っているからだと思う(バンドの演奏に満足していないことは変わらないんだろうけれども)。『扉』というタイトルも前向きだ。宮本の鋭い眼光は開け放ったその扉の向こうをしっかりと見据えているのだろう。ライブが非常に楽しみだ。
蛇足になるが、もしシロップ16gが好きで、エレカシはあんまり…という方(その逆も)がいたら本作を聞いてみればいい。生と死の描き方やそこに見出す意義は基本的に同じ方向だと思う。