無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

息の仕方を知ってるなんて奇跡だぜ。

アイデン & ティティ [DVD]

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 みうらじゅんの同名漫画原作を親友である田口トモロヲが初監督作品として映画化。脚本は宮藤官九郎。音楽は白井良明。スポット出演でピエール瀧浅野忠信村上淳らが名を連ねている。
 みうら氏はその昔、同じくマンガ家の喜国雅彦氏らとともにアマチュアバンド「大島渚」を結成し、バンドブーム時一世を風靡した「イカす!バンド天国」に出場。見事完奏し、同番組のイベントなどにも多数出演、そしてインディーでのアルバム製作など、音楽活動の経験も有名だ。原作はそのバンドブームの終焉時に執筆されたもので、大島渚としてのセカンドアルバムも同じタイトルだった。彼は自身のバンド活動を通じ、周りのアマチュアバンドたちがどんどん業界に飲み込まれデビューし、そして落ちぶれていく様を目の当たりにしたのだろう。原作は、ロックとは何だ?自身の意志を貫くことはこの業界では可能なのか?売れれば勝ちか?でなければ負けか?ロックって何だ?という、永遠の命題を描いた青春ロックマンガの傑作である。
 主人公中島はバンド「SPEED WAY」のメンバー。バンドブームの中、デビュー曲がそこそこヒットしたものの生活が楽になったわけでもなく、貧乏生活の毎日。事務所の社長にはヒット曲をもっと書けと言われ、出たくもないテレビ番組に出、抱きたくもない女を抱く。中島は自分の理想とするロックと全く離れた場所にいる自分とのギャップに悩むのだった。創作活動に行き詰まった彼の前に、どこからどう見てもボブ・ディランの格好をした「ロックの神様」が現れた…。
 素晴らしいのは、主人公である中島を演じる元GOING STEADY、現銀杏BOYZ峯田和伸だ。映画はもちろん演技も初めての体験だったろうが、この撮影時まさに彼はGOING STEADYを活動休止した直後であり、ファンならご存知のとおりその休止の理由は彼らの純粋すぎるインディー思想が招いたものだっただけに、峯田自身と主人公の姿が重なることで異常なまでのハマリ方をしている。この映画が成功だとするなら、その要因は峯田を中島役にキャスティングした時点で決定していたと言える。
 SPEED WAYのメンバー役を選ぶ条件は、「吹き替えなしで楽器が演奏できること」だったらしい。映画の中の演奏シーンは実際に役者達が演奏しているし、そのために何度もスタジオで練習を重ねていたらしい。サウンドトラックにもその成果は収録されているし、練習している彼らは本当に結成したばかりのアマチュアバンドのように音を出す喜びと興奮を全身で感じていたのではないだろうか。劇中、バンドを巡るエピソードは恐らくは「イカ天」の時の実体験を元にしたものが多いと思われる。そういう意味では大槻ケンヂの小説『リンダリンダラバーソウル』にも通ずるものがある。前述の『リンダリンダラバーソウル』を読んだ時にも思ったのだけど、作品のテーマにもつながる青臭さ、純粋主義がやや鬱陶しく感じられる部分が無いわけでもない。しかしそれでもロックをやる(聞く)人間はどこかにそうした理想を持っていなければいけないわけで、その一つの試金石となる意味でみうらじゅんの原作は名作たりえているのだと思う。本作も原作のエッセンスは充分に表現していて、峯田の快演とオリジナル曲の素晴らしさから非常に説得力あるものになっている。映画の冒頭で当時イカ天に出ていたミュージシャン達のインタビューがあるのだけど、その顔ぶれと彼等の現在を見ると、懐かしさとともに言いようのない寂しさを感じる。その寂しさがこの映画の根底に流れる通奏低音なのだ。
 ちなみに、劇中で重要な位置を占めるディラン役を演じているのはエンケンである。ロックファンは見といて損はない映画と思います。