無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

神の声。人間の声。

Medulla

Medulla

 ビョークはデビューの時から様々な才能とパートナー関係を築き、彼女の声をデジタルなビートに乗せてきた。しかしその手触りはあくまでも体温を感じさせるもので、僕はビョークの音楽というのはまさに人間、というか生命そのものというイメージを持っていた。つまり、ビートというのは鼓動であり、肉体であり、メロディーはその肉体を流れる血液であり、彼女の声はその中にある魂であると。
 彼女は前作『ヴェスパタイン』で、自らの精神の淵へ奥深く潜るようなパーソナルな表現へ向かい、数々のコンピレーションやベスト盤によるリイシューで自らの活動に一つの区切りをつけた。それゆえ、新作は第2期ビョークの最初の1歩として重要な位置を占めるアルバムになると思っていた。その新作はいろんなところで話題になったように、一部の鍵盤などを除き全編ほとんどの音が人間の声のみで作られているという特殊なコンセプトを持っている。ビートはもちろんのこと、彼女のボーカルのバックにある全ての音が人間の声で作られている。手触りとしては非常にダイレクトで、時折顔をしかめたくなるような生々しさすら感じさせるアルバムである。
 人の声を使っているからダイレクトだというだけでなく、前作とはまた違う方法で彼女の心情が表現されているのも興味深い。特に「マウス・クレイドル」のように、ブッシュやオサマ(ビン−ラディン)という人名がまんま出てきているものもあり、これまでのように神話的、寓話的な表現を用いるのとは異なり、より直接的なやり方で現実の世界とコミットしていこうという姿勢が見える。音楽的に非常に特殊な手法(それこそ一発芸的なアイディア)で製作された実験的なアルバムであるので、今後のビョークの音楽をこの作品のみで予想することは難しいが、音楽的にも歌詞的にもよりダイレクトな方向を志向していると言えるのではないだろうか。
 個人的に僕は合唱を趣味としてやっている人間であるので、このように人の声が積み重なって音楽が形作られ、それにより特別な感情や情景が喚起される瞬間にかなり興奮を覚える。そういう意味でも興味深いアルバム。