無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

本気の功夫。

 『少林サッカー』に続くチャウ・シンチー作品は彼が長年夢見てきた正統派のカンフー映画だった。正統派とはいえ、シンチー作品であるのでギャグシーンももちろん多くあるわけだが、『少林サッカー』に比べると非常に少ない。シンチー作品に欠かせない「ヒロインに対するあまりにもな扱い」もこの作品にはない。彼の本気っぷりがいろいろな角度から透けて見えて来るのだ。
 この映画では小さなどんでん返しというか、「この人が実はこんな達人だった!」というようなサプライズが繰り返し何度も出てくる。それが映画そのものを転がしていく原動力になっている。貧民街の家主も、その妻も、その前に出てくる麺打職人も仕立て屋も人足も最初に出てきたときはとてもカンフーの達人には見えない。最大の敵である伝説の殺し屋「火雲邪神」に至っては小汚いランニングシャツにトイレのサンダルである。そして彼らが繰り広げる壮絶なカンフーバトルは最高峰の技術を駆使した映像により映画のキャッチフレーズ通り「ありえねー」ものになっている。本作のアクション・コレオグラファーサモ・ハン・キンポーと『マトリックス』シリーズでもおなじみのユエン・ウーピンである。『マトリックス・レボリューション』のクライマックスシーンが「ドラゴンボール」だったとすれば、本作のアクションシーンは「北斗の拳」か「魁!男塾」かという感じだ。こういう映像を大真面目に作るスタッフの愛情に心からの拍手を送りたい。
 チャウ・シンチーが演じるのはマフィアの一員になることを夢見るしがないチンピラだが、実は彼が活躍するシーンはクライマックスまでほとんどない。出番そのものも少ないし、あったとしてもカッコ悪いみっともないシーンばかりだ。そんな彼が実は伝説の必殺技を…!という、例のサプライズが本作のクライマックスであるわけだ。結局一番おいしいところを持っていくのはチャウ・シンチーなのだけれど、全編通して彼はこの映画では基本的に一歩下がって、自分が子供のころから愛してきたカンフー映画の先達たちに敬意を表して真摯に取り組んでいる。それがこういう一級のエンターテインメントに仕上がっているところがまた彼の映画作家としての本質を表しているのではないかという気もする。