無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

U2は愛と寛容を歌う。

How to Dismantle an Atomic Bomb

How to Dismantle an Atomic Bomb

 U2、4年ぶりの新作は現在の世界をビビッドに映し出したものであると同時に、彼らの25年の歩みを凝縮したものになった。タイトルにある「原子爆弾」というのは癌で亡くなったボノの父親のことだと言われる。その父親との関係を歌ったという「サムタイムス・ユー・キャント・メイク・イット・オン・ユア・オウン」と「ワン・ステップ・クローサー」、そしてボノの母親のことを歌ったという「オール・ビコーズ・オブ・ユー」など、ボノのパーソナルなテーマを扱った曲が目立つが、アルバム全体を通した印象は広く世界にアピールするべき内容を孕んだものになっている。つまりは「愛」ということである。
 U2は常に自分自身と世界との両方に向き合って音楽を作り続けてきた。政治的なテーマというのはその中でどうしても避けられないものであったし、それと同時に自らの音楽的なルーツを辿る旅も行ってきた。90年代になり混沌とした世界に向けて彼らが取ったスタンスはそのカオスをそのまま表現するというものであり、自らがひとつのメディアとなって世界に生のメッセージをダイレクトに伝えていくという拡大戦略をとったりもした。それは全ていかにしてこの世界を表現するかという命題に対しての模索であった。シンプルに4人で音を鳴らすというバンドの原点に戻った前作を発表した後、9.11テロが起こった。それを予期していたかのように、前作に収録された「ウォーク・オン」は、あの忌まわしき事件から新たに秩序を取り戻そうとする世界に対する力強いメッセージとして鳴り響いた。当時のライブ映像(特にニューヨーク公演)は本当に素晴らしく、彼らが世界とコミットし続けているからこその奇跡がそこにあったと思う。
 本作は1曲目「ヴァーティゴ」から、前作を踏襲した4人によるバンドサウンドが非常に心地よい。シンプルなロックンロールもスローなナンバーも、自由自在である。ドライでありながら絶妙な湿度を保つエッヂのギターも相変わらず最高だ。そして何より曲がいい。何度聞いても飽きない。
もう一度書くが、このアルバムのテーマは「愛」である。もっと言うと「愛と寛容」である。家族の愛、男と女の愛、人間の愛、このアルバムには様々な愛の形が様々な切り口で語られている。9.11以降の、この殺伐とした世界に対し、U2は「汝の隣人を愛せよ」と歌う。非常に象徴的だし、個人的には目から鱗が落ちて視界が良好になるような感覚があった。「愛せよ」とは言ってもそんなに簡単なことではない。彼らもそれは重々承知しているだろう。「ヤハウェ」のコーラスにはこんな歌詞がある。「子供が生まれる前には常に痛みがある」。希望という光を灯すために僕たちはその痛みを受け入れなければならない。U2はそう歌う。聞くほどに感動的なアルバムだと思う。