無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

胸が痛い。

ミリオンダラー・ベイビー [DVD]

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 ベテラントレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)は腕は一流だが、ボクサーをビッグマッチに挑戦させることをためらい、それが原因で才能あるボクサーが彼から離れていってしまうのだった。それは、かつて友人であるスクラップ(モーガン・フリーマン)の片目を失明させてしまったという負い目から来るものであった。そんな彼の前にチャンピオンを夢見る女性ボクサー、マギー(ヒラリー・スワンク)が現われる。彼女はどうしても彼にトレーナーを頼みたいと言い、押しかけで彼のジムに居座るのだが…。
 物語の基本となるのはフランキーとマギーの擬似親子の関係である。毎回返送されるとわかっている手紙を娘に送り続けるフランキーと、幼い頃に父親をなくしているマギー。ボクシングのトレーニングを通して彼らが心通じ合うようになるのは至極自然なことだった。ついに念願のタイトルマッチにたどり着くマギーだが、その後の展開はあまりにも過酷で、痛々しい。なぜ神は真摯に生きようとする人間にかくも厳しい仕打ちを与えるのか。理不尽な悲劇、という点では『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に匹敵するかもしれない。眩しいライトが当たり、観客の歓声とゴングの音が支配するボクシングの試合のシーンと、静寂が包む後半のシーンはあまりにも際立った対比を見せている。この映画はこのような対比が非常に巧みに用いられている。フランキーとマギーの関係と、マギーと彼女の家族との関係もそうだし、マギーが辿る運命とかつてフランキーがスクラップを失明させてしまったという事件もそうだ。光と影を絶妙に操った映像がそれに相俟って、過酷な運命に繰返し翻弄される弱き人間達の姿を浮き彫りにしていく。脚本もいいけれど、御年75にしてますます冴え渡るイーストウッドディレクションには心から敬服する。
 この映画はあまりにも悲しい。唯一の救いは、マギーが自分の人生を全く後悔していないということだ。スクラップも、自分の片目がなくなったことに対してフランキーに恨み言など絶対に発しない。それを受け入れるだけの過程がそこにはあったからだ。物語の語り部であるモーガン・フリーマンも、ヒラリー・スワンクもオスカー当然の名演。重い映画は嫌だ、という人もいるだろうけど、見ておいて損はない。