無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

Feel so empty

Curtain Call: The Hits

Curtain Call: The Hits

 エミネムがこの6年間、4作のオリジナルアルバムと映画『8マイル』のサウンドトラックで成し遂げてきたものは、単にセールスやコンサートの規模という数字の問題だけではない。エミネムが辿ってきた道程は別人格であるスリム・シェイディも、本名としての彼個人マーシャル・マザーズも、ミュージックビジネスのスター・エミネムもまとめて一緒くたにし、プライベートまでを切り売りし、自分自身も回りの人間も傷つけながら全てをエンターテインメントとして世界中にぶちまけるというとんでもないものだった。少なくともこの数年間において彼ほどロック的な手法で自分自身を音楽に投影したミュージシャンはいない。しかし、そんなノーガードの戦いが長続きするわけもないし、そして守るべきものを持った父親としての、人間としての自覚がそうした無謀な戦いから彼を引き離そうとするのもまた自明であったと思う。
 『ザ・エミネム・ショウ』でスターとしてのエミネムを最大限にカリカチュアし、見事に笑い飛ばして見せた彼は、『アンコール』というアルバムを誰に向けたものか分からない銃声とともに幕を閉じた。あまりにもわかりやすいが、これ以上ないくらいよく出来たストーリーでもある。彼がツアー中に睡眠薬過多で倒れ、リハビリ入院したと聞き、これは本物だと思った。今までのままのエミネムではこれ以上戦い続けることはできないのだと。
 このベスト盤に収められた新曲の中で彼はこう歌っている。「オレが逝ってしまっても、悲しまないでくれ。」しかし、その後で娘のセリフとしてこんなライムが出てくるのだ。「眠れないのね。また睡眠薬を飲めばいいじゃない。どうせそうするでしょうけど。そしてそれをまたラップにするのよね。」ここまで言ってしまうのか、と驚いた。(もちろんこれが最後だと決まっているわけではないが)最後まで自分自身を切り売りし、真摯なまでにドラマの主人公としての仕事を全うし、エンターテイナーとしての高いレベルもクリアしているのだ。心から天晴れと言いたいが、これほど聞くのが辛いエミネムの曲は他にはない。このベスト盤は一人の孤独なラッパーの戦いの歴史であり、21世紀最初の10年を代表する「ロックスター」の物語でもある。
 安らかに、眠れ。