無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

貴方と私の物語。

大人(アダルト) (初回限定盤)(DVD付)

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 ギターとキーボードの脱退→新メンバー加入という、いちバンドとして見た際にはかなりの大事件を経てのセカンドアルバム。安定したリズム隊を中心に、さらにサウンドをスタイリスティックに研ぎ澄ませ、タイトル通り大人の余裕を感じさせるような落ち着いたポップ・ロックになっている。もちろん、このメンバーの変更はサウンドやバンド内力学の変化を生み出してはいるのだけど、前作からドラスティックに変わったというよりは、確実に進歩しているバンドの姿を感じさせる。しかし、これだけ曲者揃いのメンバーの中で、メインソングライター&ヴォーカリストとして看板を張るのはそれはそれでかなりのストレスだと思うのだが、椎名林檎は現在の音楽活動として東京事変というバンドの形態を選択している。それは、言葉は悪いが一種の隠れ蓑として、バンドの存在が今の彼女には必要だからではないだろうか。
 前作の1曲目、「りんごのうた」で、彼女はソロ時代の椎名林檎とのひとつの区切りをつけたと思う。シーンの中であっという間に受け入れられ、消費され、必死に抗っていたあの時代の苦い記憶は、ソロとしての第3作『加爾基 精液 栗ノ花 (CCCD)』の圧倒的な内省をもってしても拭い去れなかったひとつのトラウマなのではないだろうか。が、それでも彼女はいつかはソロとしての作品をまた作るとも思う。そうでなければ彼女自身の音楽創作がいつかは行き詰ることを一番良く知っているのは彼女自身だろうから。このアルバム中で何度も出てくる「あなた=貴方」という言葉は、僕にはソロアーティスト・椎名林檎に向けて東京事変のヴォーカリスト椎名林檎が呼びかけているように思える。「化粧直し」も「スーパースター」も、「黄昏泣き」も、「透明人間」から「手紙」に至るまで。(ブックレットの中で鏡に向かった椎名林檎の姿を見てドキッとしてしまったのだけど、穿ち過ぎだろうか)二人の椎名林檎の間で複雑に揺れ動く愛憎が、絶妙に男女の恋愛譚として描かれているように思えるのだ。
 椎名林檎の音楽表現として見ても非常に興味深いし、ひとつのバンドの作品としてみても前作からの進歩を感じさせる。もはや職人の域に達した曲名シンメトリーや、香水をあしらったジャケットのギミックも、ひとつの「商品」として申し分ない。しかし、本作中に垣間見えるかつての自分自身に対する彼女の切ない想いに、胸が引き裂かれそうになる。かつて安西先生三井寿に言ったように、僕は椎名林檎にこの言葉を捧げたい。 「今の君はもう十分あのころを越えているよ」 と。