無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ベルセバと僕の10年。

Life Pursuit

Life Pursuit

前作『Dear Catastrophe Waitress』は、トレヴァー・ホーンをプロデューサーに迎え、ポップな魅力が前面に出たカラフルなアルバムだった。その「変化」に戸惑い、否定的だったファンも少なくなかったと思うが、ベルセバというバンドは頑固ではあるが、伝統職人のようにひとつの方法論を頑なに守り通すバンドではないと思う。自分達のやりたいことを、やるべきことをやりたいようにやるということに対しては頑なだが、自身の音楽を高めることについては積極的にいろいろな方法を模索する柔軟性を持つバンドだと思う。今作はサウンド的には前作よりもかなり落ち着いた雰囲気になり、初期の彼らに近いムードがある。が、アンサンブルの自由さ、メロディーの新鮮さは一歩進んだ印象を受ける。端的に言って、技が増えた感じがする。どこか余裕を感じさせるくらいの、開放的とも言える雰囲気もある。もしかしたらそれは、ほとんど曇天だというグラスゴーではなくLAでレコーディングされたからなのかもしれない。
 彼らの曲には、特別な人間や、世界に対しての大仰なメッセージなどは存在しない。普通に生き、悩み、迷う市井の人々の姿を描いたものがほとんどだ。特に、学校に通うBoys&Girlsの他愛も無い人生への不安や恋愛の悩みなどをテーマにすることも多い。本作も、そうした様々な人々の人生が描かれたベルセバらしい優れた短編集である。相変わらず美しいジャケットにも彼らの美意識が貫かれている。
 僕がベルセバと出合ったのは社会人になったばかりの1997年、セカンドアルバム『If You're Feeling Sinister』が出た頃だった。生まれて初めて地元を離れ、会社勤めと遠距離恋愛に疲れかけた時にそれを慰めてくれる音楽だった。しかしそれは安易な励ましや自虐の果ての同朋意識とは無縁の、「それがどうした。そのままでいいんだ」という力強い肯定だった。悩んでも、苦しんでも、結局自分は自分でしかない。そして人生は続く。本作のタイトルは直訳すれば「人生の追求」。これ見よがしに声をかけたり肩を叩いたりするのではなく、夜中に1人ヘッドフォンを通して能動的に明日への勇気を奮い立たせてくれる音楽。僕にとってこの10年間、ベルセバとはそういう音楽だった。祝結成10周年。こういうバンドと人生の歩みを共にできるのは、音楽リスナーとしてはこの上ない幸せであると思う。