無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

混迷こそ我が墓碑銘。

10,000 Days

10,000 Days

 2001年に発表された前作『ラタララス』のもたらした衝撃は今なお強烈に心の中に焼きついている。狂気と紙一重の獰猛な知性と、超絶なテクニックに裏付けられたヘヴィ・プログレに身じろぎできないほど圧倒された。そこにあったのはあまりにも純粋なる怒りであった。弱者を食い物にして私腹を肥やす者たちへの。そうした社会構造を産み出す歪んだ資本主義への。それを見て見ぬフリをする平凡な一般市民への。自分たちを気狂いと蔑む者たちへの。純粋なる憤怒であった。
 前作が発表された後、予言されたかのように「9.11」が起こった。パール・ジャムの新作の感想(id:magro:20060912#p2)にも書いたが、あれから5年が経とうとも何ひとつ終わってはいない。本作も、それを象徴するように、前作以上に静かな怒りと絶望を感じさせる。スリーブ内に歌詞は書かれていないが、オフィシャルサイトや数々のファンサイトから容易に入手することができる。しかしやはり難解で哲学的な言葉が並ぶので日本人である僕にはその真意は到底わからない。(試しにウェブの翻訳機能を使ってみたが、"Holy Fucking Shit!"が「神聖なファックは糞をしました!」と訳されるくらい役に立たなかった。)が、怒りが通奏低音としてあるとは言え、単純に世界を2分して「敵」を糾弾するような単純な構造ではないことは想像できる。もっと複雑なのである。彼らが向ける怒りは、合わせ鏡のように回りまわって自分自身にも降りかかってくる。人間とは、世界とはそんなに簡単なものではないのだ。DNAの螺旋構造のようにフレーズを繰り返し重ねて行きながら、生物のように刻々とその姿を変えていく曲構造は、まさにその複雑な世界そのものを体現しているとは言えまいか。サウンドとしては民族色を強めたリズム処理が印象的で、緩急のダイナミズムはさらにその幅を広げている。メンバーの卓越した演奏能力に支えられたバンドアンサンブルに身を任せるだけでもそれなりのカタルシスは得られるだろう。
 全編通して、陰鬱で重苦しい空気が支配する。決して聞き心地の良いアルバムではない。が、このアルバムは2006年の世界そのものを写した鏡のようなものであると思うし、こういう作品は絶対に(少なくとも自分にとっては)必要なものだ。圧倒的な力に流されてしまう前に意識を覚醒し、バランスをとって踏みとどまるための力点となるような音楽。これもまた、僕にとっては「ロック」という言葉の一つの定義である。