無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ハイファイ・ローファイ。

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 ベックの新作はナイジェル・ゴドリッチによるプロデュース。元々、『シー・チェンジ』の前後から取り組み始めたプロジェクトだったそうで、お互いのスケジュールの都合もあり、完成が遅れていたものらしい。個人的な印象として、ナイジェル・ゴドリッチは、絹のような、音と音の隙間が狭い、緻密な音を作る人というイメージがある。『シー・チェンジ』のようなクリアでベックにしてはゴージャスなサウンドは、ゴドリッチらしいものだと思っていた。本作も、感触としてローファイではあるが、音の選び方はかなりシビアだし、基本的にはゴドリッチらしい、隙のない音作りが支配していると思う。しかし一方で、本作ではおもちゃ箱をひっくり返したような、遊び心も散見される。ベックらしい、ブレイクビーツとアコースティックの融合。一聴するとダウナーで、内省的な印象なんだけど、何度も聞いていくうちに不思議な高揚感が甦ってくる。
 前作『グエロ』は、原点回帰というよりは『オディレイ』以降のベックの集大成のようなアルバムだと思ったのだけれども、今作はいわば、『シー・チェンジ』と『グエロ』を結ぶミッシング・リンクのようなアルバムなのかもしれない。順番的には、このアルバムを作る過程で、『グエロ』に至る音楽的アイディアとアクティビティをベックが獲得した、という方が合点がいくし、実際、製作時期や過程から見てもそうだったんじゃないかと勝手に思っている。その辺、ベックというのは彼自身のその時の興味や精神状態が割と素直にアルバムに反映されるアーティストだと僕は思うので。
 歌詞はかなりひねくれた表現が多いけれども、彼自身の内面や心象風景が比ゆ的に表現されたものが多いような気がする。それをことさらに強調するわけでも、何か特別なメッセージ性を持たせるわけでもなく、淡々と散文的に言葉を紡いでいるという感じがする。英語が分かれば、詩人としてのベックってのは結構興味深そうな気がする。