無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

考えるな。感じるんだ。

The Piano It's Me (初回限定盤)

The Piano It's Me (初回限定盤)

 SUEMITSU & THE SUEMITHの中心人物である末光篤は、某音楽大学でクラシックを学んだピアニストである。こういうバックグラウンドを持つ人がポップミュージックの世界で活動することは珍しくはないが、真に万人に愛されるポップスを創れるかとなると、なかなか難しいように思う。個人的な好みで言うと、クラシックを学んだアーティストが作った中で最も好きなアルバムはジョー・ジャクソンの『Night & Day』である。アカデミックで上品な洗練と、大衆的なメロディーと、アーティストのエゴが見事に結実した傑作であると思う。
 ポップ・ミュージックは、もちろん音楽である。であれば、その理論をきちんと学んだ人間のほうが音楽的に優れたものが作れるのではないか、という気はする。しかし、音楽として理に適っているかどうかということと、ポップスとして大衆に受け入れられるかということは別問題である。人間の嗜好感覚というのは千差万別、理論で説明できるものではないし、当然、すばらしいポップスを作る公式などというものも存在しない。このあたりが、前述の「なかなかに難しい」理由ではないかという気がする。SUEMITSUの場合はどうか。彼は、ファッション的にはクラシックというよりはヒップホップのような感じだし、音楽的にはピアノが前面には出ているが、結構打鍵の激しいロックンロール・ピアノである。ジェリー・リー・ルイス的というか。メロディーやコードの使い方に理論が先にたっているような感じ(何て言うのかな、音符をこねくりまわすというか。)を受けることもあるが、全体としては新世代のポップ・ピアノ・マンとして存在を十分にアピールするアルバムと思う。
 ただ、本作中で最も盛り上がる曲は何かというと、やはりアニメ「のだめカンタービレ」の主題歌である「Allegro Cantabile」なのである。誰が何と言おうと。この曲のポップスとしての完成度の高さは本作中でも群を抜いていると思う。アニメの主題歌というある種制約のある中でこうした曲が生まれるというのは、作品のコンセプトと彼自身のミュージシャンとしての出自がシンクロしているということもあるが、なかなか興味深いと思う。音楽である以上、音域・使用する楽器など、どこかで制約を受けるものであるし、その中で如何に自由に個性を抽出するかと言うことが重要なのじゃないかと思う。そういう意味では、実はクラシックも現代のポップスも変わりはない。クラシックはお堅くてポップスは自由で気楽だなんて思っている人は、実はその方が頭の固い考えに縛られているんじゃないだろうか。件の「Allegro〜」は、実にそういうところから自由で、クラシックを学んだ人間としてのSUEMITSUが本能的に書いた曲なのではないのかという気がするのだ。
 このアルバムでは、シングル曲は本編とは別枠として、ラストのアンコール的な位置にまとめて収録されている。こういう潔癖症的なところも、わかるんだけど、もっと素直になっていいのにと思う。その辺、感覚的に下世話になったとしても、彼の音楽性(と、声)なら下品になることはないだろう。ポップスとしては重要な要素だ。