無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

札幌の中心で愛を叫ぶ。

LIFE STORY

LIFE STORY

 『SELL OUR SOUL』から早5年ぶりとなるTHA BLUE HERBの新作。周りのヒップホップに対してのDISを書いたリリックもあるが、本作においてはそうした「自分たちが一番」というテーマはまったく重要なものではない。そんなことはいまさら声を大にして言わなくても自分たちも周りもわかっていることなので、どうでもいいのだ。このアルバムでBOSSが言わんとしているのはそんなことではない。
 地元である札幌の現状。ヒップホップの現状。日本の現状。世界の現状。若者の現状。同世代の現状。そこに対して真剣に向き合い、暗澹たる気持ちを抱えたとしても、それを受け止めて毎日をサヴァイヴしていこうとする意思を持つこと。そういう風に意識を変えていくこと。何とかしてそういうことを伝えたい。のじゃないだろうか。本作でのBOSSのリリックは、いつになく優しい。ぬるいのではなく、ただただ優しい。「TENDERLY」はそのクライマックスで、感動の嵐である。かつては敵として見做していた者たちに向かってBOSSは「君も もしそう思うなら 嬉しいね もちろんさ」と語りかける。叩きつけるのではない。何とかして、相手に自分の言葉を伝えたいと思っている。O・N・Oのトラックも、いつになくMCに寄り添った感がある。このアルバムの底辺に流れているのは怒りではなく、むしろ愛や慈しみといった感情である。
 BOSSという人は、自分のリリックに絶対の自信を持っているだろうが、その反面、言葉の持つ力の限界も感じているのではないかと思う。「SUCH A GOOD FEELING」にもそんなことを匂わせるラインがあるし、「I FOUND THAT I LOST」では「俺は言葉をなくす」とまで言っている。真実の前では言葉は無力だ。しかし、それでも、言葉を紡がなくてはいけない。言葉にならないその先をもがいてもがいて描かなくてはならない。意識のレベルが違う。TBHを聞くことは優れた映画を見たり小説を読むのに似た体験だ。自分の意識が覚醒し、世界観が広がるのを実感する。ヒップホップって言うのはみんなでシンガロングできるポップなメロディーがないとダメだと思っているような人は、こういう本物を聞いて一度ぶっ飛ばされるといいと思う。