無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

時代に向き合うロック。

COYOTE(初回限定盤)(DVD付)

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 なんという瑞々しいアルバムだろう。とても、51歳のミュージシャンが創ったとは思えない。前作『THE SUN』は、佐野元春の新たな黄金時代を告げるかのような素晴らしいアルバムだったが、本作でそれは確信となったと言っていいだろう。今作は、THE HOBO KING BANDではなく、元プレイグスの深沼元昭、GREAT3の高桑圭、ノーナ・リーヴスの小松シゲルがメインバンドとして参加している。元春氏よりひとまわり若い若手、と言っても皆30代ではあるが、このアルバムに必要なサウンドは自分と阿吽の呼吸で鳴らせるHOBO KING BANDよりも、彼らのようなミュージシャンの方が合っていると読んだのだろう。結果、それは正解だったと思う。前作はどちらかと言えば、元春と同世代かやや下の世代に向けたアルバムという気がしたが、今作はもっと若い世代に聞いてもらうべき作品だと思う。息の合ったバンドと離れ、若手と組んだと言う意味では『Fruits』に近い感触もある。
 前作『THE SUN』は、9.11以降の世界に対する認識も交えつつ、現代の日本に生きる人間の生活を描き出した傑作だった。あのアルバムで描かれていたのは、様々な場面に翻弄される市井の人々の姿であり、各々がそれぞれの生きる意味を問いただすことそれ自体が希望であると言うアルバムだった。答えはなく、ただ、生きることで光を見つけようという、云わば「癒し」のアルバムであったと思う。しかし、このアルバムではさらにそこから深く切り込んで、明確にこの時代に対してのひとつの答えを提示するに至っている。簡単に言えば、攻撃的で、辛辣で、心をひきつけるロックンロールが犇いている。そのストーリーを描くためには普通に生きる人々が主人公では成り立たないので、元春は「コヨーテ」という一人のキャラクターを作り上げ、その主人公をもとにロードムービーともいえるストーリーをこのアルバムで紡いでいる。この荒地の中で、さまよえる魂は海へと向かうと言う、一つの結論を彼は提示している。非常にナイーヴな結論でもあると思うが、元春は今作でどんな形でも、前作では言い切れなかった答えを出すべきだと思ったに違いない。ポップミュージックが、ロックンロールが、現在を映す鏡であるとするならば、ミュージシャンとして自分はそれをやらなければならない。そう思ったに違いない。繰り返すが、51歳である。過去の栄光に寄り添って食いつないでも誰も責めはしないだろうに(それだけの実績が彼にはあるし)、しかし佐野元春という人はあくまでも現役であろうとし、そのために自分が作り上げたロックンロールの文体を解体し、もう一度作り上げるというとてつもないことまでやってのけるのだ。思えば25年間、僕はこの真摯さにこそ惹かれてきたのだと思う。本当にいいアルバムだと思う。
 「君が気高い孤独なら」このタイトルだけで、僕はもうヤラれてしまう。このサブタイトルに「Sweet Soul Blue Beat」とつけるセンス。ビート詩人としての佐野元春の能力が存分に発揮されていると言う意味でも非常に魅力的なアルバムだと思う。