無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

甘く切なき、最後のシロップ。

syrup16g "LIVE FOREVER" the last waltz of syrup16g
■2008/03/01@日本武道館
 12:30新千歳空港発の便に乗り、羽田へ。モノレールからJR、地下鉄を乗り継ぎおよそ15:00に九段下駅へ。九段下の駅を降りて坂道を人の流れ追い越して行けば、大きな玉ねぎが見える前に長蛇の列。グッズを買い求める人の列らしい。とりあえず最後尾に並ぶが、係員は無慈悲にも「今から並んでも買えない可能性があります」などと言う。開場まで時間はあるのでとりあえず並ぶ。開場時間をやや過ぎた頃、「本日発売のグッズ全ての在庫が無くなりました」とのこと。最後だし、一人でバカスカ買って行った人も多いだろうし、仕方がないのか。
 久々の武道館。中に入り、席を探す。僕の席は、南東スタンド2階S列。決して近い席ではないが、ステージは斜めから全体が良く見える。ステージは後方にも客が入り(当日券用に開放した席と思われる)、舞台そのものは高校の学祭のようなシンプル極まりないものだった。通常の武道館公演よりも限界まで席数増やして対応したであろうこの日、それが埋まってしまったのだから恐れ入る。開演前のSEはシロップの曲が流れていた。『COPY』全曲そのまま通し。そして『Coup d’Etat』に。定刻を10分ほど過ぎたあたり、「神のカルマ」の途中で客電が落ちた。大歓声に迎えられ、3人がステージに現れる。特に何かを話すわけでもなく、ゆっくりと位置につき、おもむろに演奏が始まる。
 1曲目は「きこえるかい」。意外な曲でライヴはスタートした。「いつのまにか ここはどこだ」という詞に、最後の日(バンドには不似合いと思っていた)この武道館で演奏するということがリンクして、なんとなく不思議な感じがする。序盤、曲間ではステージに対して誰も声を発さなかった。普通ならメンバーの名前なり何なり叫んだりするものだろうけど、シーンとした空間の中曲が進んで行った。五十嵐も緊張の色が見えたように思う。「生活」のギターソロなどはいつにもましてメタメタだったし、バンド全体のアンサンブルもいまいちしっくりこない。その上にこの、一言も出ない曲間の緊張感。観客も、どうしていいのかわからなかったのではないだろうか。盛り上がるべきなのか、じっくり聞くべきなのか。バンドの解散ライヴを体験したことも何度かあるけれども、この日の序盤の雰囲気は異様としか言いようがないものだった。徐々に観客の声援も飛ぶようにはなったが、それでも重苦しい空気は拭えない。曲の良さに全てを救われているような、言ってしまえばそういうライヴだった。序盤は。
 その空気が一気に変わったのが「負け犬」。この曲の冒頭で五十嵐はギターのコードを弾き間違えてやり直した。笑い声とともに大きな拍手。「負け犬だけに!・・・」これがこの日、五十嵐が歌声以外で発した最初の言葉である。本当に間違えたのか、わざとやったのか、それはわからないが、この瞬間を機にライヴの空気は一変した。バンドの演奏も、まとまりがないのはそのままだが、乱暴というか、開き直りなのか、いい意味でも悪い意味でもパワーのある異常なテンションになっていった。決して上手い演奏ではなかったけど、最後の最後ですごいことになっているな、という気がしてきた。「センチメンタル」と「明日を落としても」は五十嵐のアコースティック弾き語りでの演奏。特に後者は非常によかった。ようやく、落ち着いて見れるようになってきた。バンドで再開し、「もったいない」から「生きたいよ」に。改めて考えてみても、アンコールや終盤以外はどういう基準で選曲し、曲順を決めたのか良くわからなかった。ただ、どの曲にも少なからず思い入れがあるので、どういうセットになっても納得するし、また、はじかれた曲に対しては何でアレをやらないんだということになるし、聞いている方も僕のように複雑な気持ちだったのではないかと思う。「ex.人間」などで五十嵐と中畑のハモリが聞こえてくると、ちょっと切なくなったりした。
 なんとなく、このまま淡々と最後を迎えていくのかな、と思ったら、また一気に空気が変わった。「正常」。曲のラストに向けて異常なまでに熱量が上がって行き、特にキタダ氏のベースは暴力的なまでに激しく弾きまくっていた。上手いとかいい演奏とかそういう物差しをぶち壊す、圧倒的なテンション。この日のベストだったと言ってもいいと思う。曲が終わった時の拍手と歓声はただ事ではなかった。すごかった。そして、次の曲との間、ギターを取り替える五十嵐は吐き出すように言った。「あー、終わっちゃうな!・・・クッソ!」そのまま「パープルムカデ」へ。そのつぶやきから五十嵐の想いが伝わって来るようで、ちょっとウルッと来てしまった。「天才」「ソドシラソ」「Sonic Discorder」と続き、ちょっとアレンジされた「Coup d’Etat」から「空をなくす」へ。このあたりが実質本編のクライマックス。本編ラストの「リアル」は演奏のドシャメシャさ加減が曲名そのままヒリヒリするほどにリアルすぎた。ラストの五十嵐の「妄想リアル!」の叫びが耳に残る。
 アンコール。ラストアルバムから「さくら」。アルバムの感想でも書いたけど、歌詞の中にバンドの終わりを示唆する言葉が多いので聞いていてどんどんセンチな気分になってくる。どんな気持ちで五十嵐は歌っていたんだろう。観客の曲間での歓声は最初メンバーの名前が多かったのだけど、気がつくとほとんどが「ありがとう」になっていた。「ニセモノ」の後に「アンタは本物だ!」って叫んでた人がいた。続いて、聞いた記憶のないメロディーと歌詞が出てくる。

変わらないもの ひとつもないよ 変わっていくよ 仕方がないよ
どこに行っても 逃げられないよ どこに行っても 君は君だよ

 新曲・・・か?バンド最後の日に新曲やるか!とツッコんだ人も多いと思う。アコースティックの弾き語りでも成立しそうなシンプルなメロディーを持つゆったりとした曲だったのだけど、「消えてしまうよ」というサビのリフレインがあまりにも痛い。続く「イマジネーション」で、いよいよその終わりという実感がリアルなものになってくる。想い出なんて言葉ではとても言い表すことのできない、万感の想いが去来してくる。「scene through」で再度ステージを去る3人。しかし、拍手は当然全くやまない。2度目のアンコール。静かに、「She was beautiful」のイントロが流れる。僕が初めて聞いたシロップの曲。その静謐を破るように「落堕」「真空」と、文字通り叩きつけるような演奏。空中分解するんじゃないかというくらいにメーター振り切れた演奏だった。見ていて泣きそうだった。手を合わせてステージを去る五十嵐。しかし、まだ、終わらない。終わらせたくない。
 3度目のアンコール。五十嵐は、中畑におんぶされて笑顔でステージに現れた。この光景だけで、なんだかわからないけど救われた気がした。MCで言葉に詰まりながら、五十嵐は噛みしめるように話していた。一部良く聞き取れなかったけど、こんなことを言っていた。「明日は来ないね・・・終わってしまうね。ってさっき思ったんですけど・・・・・いつも次の日が見える歌をいっぱい書いたので、ぜひ、また、気が向いたら聴いてやってください。これも、明日を書いた曲です。」そして、「翌日」へ。最後のMC。「長い間がんばって見てくれてありがとう。ってか、来てくれて本当にありがとう。すごい不安だったんですけど。(会場見渡して)こんな・・・これは・・・すごいね。」そしていきなり「メンバー紹介しようかな(笑)」中畑大樹、「スーパーベーシスト」キタダマキ、「そして、今日も今日とてダメだったオレを五十嵐隆と申します・・・あんまりヤなこと言わないでね」「素晴らしい夜でした。どうもありがとう。」この辺、なんかすごく、いい雰囲気だった。何がと言うわけじゃないんだけど、とにかく良かったなと思った。終わってしまうのは哀しいんだけど、でもこれで良かったんだなと思った。ラストは「reborn」。個人的には意外だったのだけど、人気のある曲だし、こういう日のこういう雰囲気の最後を飾るだけの器がある曲は、やっぱりこれしかないんだろうとも思う。もう、すでに正直泣いてたんだけど、途中で武道館の照明が全部ついて会場が真っ白になり、客席もステージも全部丸見えになった。この瞬間、どうしても抑えきれなくなった。ちょっとヤバかった。手のひらで顔おさえて泣いている人もたくさんいた。演奏が終わり、この日一番の大きな拍手と歓声。鳴り止まない。3人で手をつないで客席に礼。キタダ氏が五十嵐に真ん中に来るように促したり、後ろにも礼するように言ったり、率先してやっていたのが印象的。彼もシロップの一員なのだ。やっぱり、いろんな想いがあるんだろうと思った。
 五十嵐にとっては、自分の青春そのものと言っていいバンドが無くなってしまうことに対して、大きな絶望を感じたことだろうと思うが、それでもこの日これだけ多くの観衆が集まってきて、温かい言葉と拍手を与え続けたことは絶対にポジティブな思いを彼に喚起させたと思う。全33曲(Coup d’Etat〜空をなくすを1曲として)、3時間強。持ち歌全曲聴いてもたぶん足りないし、最後にやれることはやりつくしてのセットだったと思う。さんざん書いたように、演奏としては決して最高のものではなかったけれども、この日のライヴはそういうことが問題なのではなかった。いいライヴだった。僕は正直日常生活でシロップファンだという知り合いにほとんど出合った事がなかったのだけど、この日会場に集まった人たちを見ていて、本当に愛されていたバンドだったんだなと思った。五十嵐もそれに少しでも救われていてくれたら、と思う。五十嵐隆という人には、どんな形であれ、この先も音楽を作り続けて欲しいと思う。きっと作ると思う。最後の笑顔見てたら、そうであってほしいと思う。
 心と頭に突き刺さる、胸をかき回す、鋭くて残酷でただただ美しい曲をたくさん聞かせてくれてありがとう。これからも聞き続けます。お疲れ様でした。

■SET LIST
1.きこえるかい
2.無効の日
3.生活
4.神のカルマ
5.I.N.M
6.Anything for today
7.イエロウ
8.月になって
9.負け犬
10.希望
11.センチメンタル
12.明日を落としても
13.もったいない
14.生きたいよ
15.途中の行方
16.ex.人間
17.正常
18.パープルムカデ
19.天才
20.ソドシラソ
21.Sonic Disorder
22.Coup d’Etat〜空をなくす
23.リアル
<アンコール1>
24.さくら
25.ニセモノ
26.新曲
27.イマジネーション
28.scene through
<アンコール2>
29.She was beautiful
30.落堕
31.真空
<アンコール3>
32.翌日
33.Reborn