無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

愛をとりもどせ。

音楽の子供はみな歌う

音楽の子供はみな歌う

 サンボマスター、約2年ぶりの新作。これは、正直いい。サンボマスターの音楽性がフルに発揮されているという点では久しぶりの快作。「メロディーにもアレンジにもやや余裕が無く、しなやかさと艶っぽさに欠ける」と、僕は前作の感想で書いたのだけど、本作の曲にはどれもしなやかで艶っぽい、はっきりとしたメロディーが溢れている。直線的で攻撃的なギターは影を潜め、ソウルやR&Bを通過したサンボらしいロックンロールが鳴っている。
 曲の内容としては、むしろ前々作『サンボマスターは君に語りかける』の時に近い。基本的には「あなた」とのラブソング、愛と光しか歌っていないのである。これが全人類に向けての愛とか希望とかだと胡散臭くて聞いていられないのだけど、山口隆が書くのは君と僕の間の話だけである。彼の曲の中にある「僕等」にはそもそも聞き手は含まれていない。歌の主人公を自分と、自分のそばにいる大切な人と置き換えることで初めて「僕等」という言葉は聞き手にとっての一人称になりえる。それくらい、パーソナルな曲ばかりなのだ。そういう意味でも前々作に近い。
 突然時代の寵児的な位置に祭り上げられてしまった2、3年前の狂騒時には前作のようなある種イキきったアルバムを作るしかなかったのかもしれない。ぽっと出のファンを振り切る、というか、ああいうやり方でないとバンドの自我を維持できなかったのだろう(と、勝手に想像する)。アルバムとしては12曲目の大作「新しい朝」でひとつ完結しているのだけど、そのあとにアンコール的な位置づけで今作に至る流れのスタートとなったシングル「I Love You」が来る。これも、わかりやすい展開だと思う。聞いていて目から鱗が落ちるようなはっとする瞬間はあまりないのだけど、サンボマスターがやっとここに戻ってきたと思えるアルバム。