無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

はじまりは今。

STARTING OVER(初回盤)(DVD付)

STARTING OVER(初回盤)(DVD付)

 先行シングル「俺たちの明日」に代表されるように、ライヴで披露されてきた新曲群はどれもポジティブに前を向いて生きることをテーマにしたものであり、アルバムも当然そういうモードになるのだろうとは思っていた。「笑顔の未来へ」も、ポップなアレンジと伸びのあるメロディーで、「普通にすごくいい曲」として消費され得る抜けのいいシングルだった。しかし、こうしてアルバムを聞くと、そうした前向きなモードのみでアルバムが統一されているわけではないことに気付く。そんな単純なものではなく、もっと深く、重いものが裏側にごろっと転がっている。
 もう何度も何度も僕は書いているけれども、ここ数年における宮本の創作テーマである「生と死は等価である」ということ。ここから幾重にも音楽を積み上げていき、40過ぎた男の、人間の澄み切った境地を描いたのが前作『町を見下ろす丘』であったと思う。「俺たちの明日」も、その道程があって初めてそのポジティブさが、「さあ、がんばろうぜ」というフレーズが説得力を持ってくる。友人に対する「どうだい?」という問いかけは、同じ時間を生きてきたという前提をもって初めて深い感動を呼ぶ。現在のエレカシの前向きモードは「生きる」ということそのものから生まれてきているもので、その意味ではきちんと前作までの文脈に沿ったものだと思う。そして、生きることというのはまた難しいもので、躓くことやうまく行かないことばかりである。「リッスントゥザミュージック」にしろ、「まぬけなJohnny」にしろ、「starting over」にしろ、どこか寂しく、なかば諦めにも似た乾いたブルースが底辺に流れている。それを抱えた上で「今日を越え明日へ」と歌う「FLYER」がどれだけ輝かしいことか。
 もうひとつ、本作を語る上で重要なテーマは「死」である。「生きる=死へのカウントダウン」である以上、それは避けられない。「こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい」と荒井由美のカヴァー「翳り行く部屋」(名演だと思う)がそうだが、どちらも部屋の中でひとり死について考える曲である。「こうして〜」のまるで息の根が止まるかのようにブツッと切れるエンディングといい、死や狂気と隣り合わせのヘヴィーなロックが今もエレカシには存在しているのだと思わされる。
 詞や曲に関しては文句なく素晴らしいし、YANAGIMANや蔦谷好位置によるポップで広がりのあるアレンジもいい。が、それだけではなく、「まぬけな〜」のようにほぼ一発取りでレコーディングされたのではないかと思われるような、ざらついたバンドアンサンブルも聞けるのがうれしい。アルバムにある全ての要素が、年を経てこの境地に至ったという奥行きの深さを持っている。と同時に、目の前がスパッと広がったような風通しの良さもある。バンド結成20年でこの境地。前作までの哲学的なアプローチや文学的な歌詞などは見られないが、大元のテーマは同じである。より平易な言葉で、聞きやすいアレンジで届けることを念頭に作られている。傑作だと思う。アルバム後にリリースされた「桜の花、舞い上がる道を」も名曲。黒いバラとりはらい白い風が流れ込んでくるようだ。
桜の花、舞い上がる道を

桜の花、舞い上がる道を