無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ドライ&ヘヴィ。

HEART STATION

HEART STATION

 宇多田ヒカルはもう数年来、プログラミングからアレンジから基本的に自らの手で行っている。彼女のデビューと前後して雨後の筍のように出てきた女性R&Bシンガーたちの中にこういうやり方で生き残っている人はいない。宇多田ヒカルがポップアイコンとして別格の存在であることを抜きにしても、このことはもっと語られていいのではないかと思う。結果、彼女はもはやR&Bというスタイルですら括られることがなくなった。宇多田ヒカルというれっきとしたひとつのブランドになったわけである。プロに任せればもっとスタイリッシュになるだろうと思う場面もあるが、歪であろうと野暮ったかろうと彼女は自分ひとりの手で行っている。共同アレンジやストリングス等でゲストが入ることはあるが、彼女のレコーディングは基本的に孤独な作業なのだろう。
 そう、本作の底辺に流れるテーマはまさに「孤独」である。タイトル曲をはじめそれをラブソングの形にしたものも多いが、突き詰めて言えばそれは人間というものは本質的に孤独な生き物であり、人生というのは孤独なものなのだ、という全うにして厳しい認識である。「Fight The Blues」でも様々な困難に対してタフにならなければ、というメッセージを歌っているが、その裏には「人生ってそもそもそういうもんなんだから、いちいち凹んでたらキリがない」というきわめてドライな認識があると思う。だからやるしかないでしょ、とあっけらかんと歌うこの曲は、単に「がんばれ」というだけの無味乾燥な応援ソングなど足元にも及ばない強力さを有している。そんなドライさを最も端的に現した、個人的な本作のフェイバリットは「テイク5」。

今日の気分は最高です
絶望も希望もない
空のように透き通っていたい

 ここまでミもフタもない言い方で彼女自身の中に流れるへヴィな認識を表現したことはあまりないと思う。この曲の唐突な終わり(死をイメージさせる)のあとに「ぼくはくま」が続き、シングル曲が前半に固まって並ぶという乱暴な、それでいて全く正しい曲順も含め、いつになく素の宇多田ヒカルがごろっと無修正で横たわっているようなアルバムじゃないだろうか。そして「虹色バス」でアルバムが締めくくられるのが何よりもいい。すごく救われた感じがする。