無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

虚構とリアルの間に。

デトロイト・メタル・シティ
■監督:李闘士男 出演:松山ケンイチ加藤ローサ宮崎美子松雪泰子
 公開前に松山ケンイチ演じるクラウザーさんの写真を見ただけで本作の成功を確信した。ありえないでしょう、あのマンガから抜け出て来たっぷりは。松山ケンイチは「デスノート」のLに続き、すっかりマンガ実写版御用達俳優と化している。クラウザーさん時の姿は言うに及ばず、根岸時のくねくね歌う気持ち悪さもマンガそのままである。もはや演技力と言っていいのかわからなくなるほどここでの松山ケンイチはすごい仕事をしている。
 基本的には原作のテイストをそのまま実写に落とし込んでいるのだけど、この「そのまま」というのが結構曲者で、下手にやると学芸会的なイタいものになってしまう。それを本作が回避しているのは俳優陣の素晴らしい演技はもちろん、監督はじめ制作側が原作に対する愛を持っていることがあると思う。デトロイト・メタル・シティの世界を目の前に現出させることに喜びを見出していたのだと思う。なので、原作のバカバカしさはそのまま、この映画でもバカバカしさとなって現れている。それがいい。物語のクライマックスに向けてのストーリー、特に根岸母子の話や根岸の故郷に社長やメンバーからの荷物が届くところなどは素直に感動的にしてあるし、映画としての体裁を整えるために工夫した部分だろう。そのため、基本的には全体にわかりやすい青春映画としての面が強い。これはこれでまあアリだと思う。ただ、ヒロインの相川さんの心理描写がおざなりなため、ラストシーンに至る彼女の行動の動機がよくわからないのがひとつ欠点だと思った。端的に、見ていてもどういう女だかよくわからないのだ。根岸に好意を寄せているにしてもそれがなぜだかよくわからない。原作でもそんなにきちんと描かれている所ではない、映画にする場合はそれなりの肉付けが必要だと思う。それ以外はほぼ文句なし。物語の背景もそれなりに説明されているし、原作を知らない人でも置いてけぼりにならない作りになっているところも好感が持てる(実際、ウチの奥さんは原作未読だけど大爆笑だった)。
 個人的には松雪泰子演じるデス・レコード社長と、大倉孝二演じるDMC信者が素晴らしすぎて泣いた。彼らなくしてこの映画は成立しない、と言うくらいの名演、快(怪)演だと思う。ジャック・イル・ダーク役にKISSのシーン・シモンズが出てるというのもすごいことなはずなのだけど、周りの役者の素晴らしい演技の前では正直かすんでしまう。彼が出演するというのは話題作りの部分も大きかっただろうけど、ぶっちゃけシーン・シモンズが出ていなくてもこの映画の面白さには関係ないだろう。
 そしてこの映画の素晴らしい点の一つは劇中歌われる曲の数々を実際に作っているところ。作るのは当然としても、それがきちんとしたクオリティを保ち、「本当にDMCがいたらこんな曲かも」と思わせるのはえらい。曲は石田小吉氏をはじめ複数のミュージシャンが書いているのだけど、歌詞は全て原作者である若杉公徳氏本人によるものだ。原作では断片的にしかかかれていなかった歌詞が全編原作者の手によってこの世に新たな生を受けたのだ。これは原作ファンにとってはたまらない。発表されたアルバムはサントラとしてもDMCのデビューアルバムとしても申し分の無い内容だ。原作者自身が歌詞を書いているだけに作品世界との齟齬も無く、その意味でこれは『フットルース*1』のサントラに匹敵する名サントラ盤と言えるだろう。根岸の歌う「甘い恋人」をカジヒデキが書いてるというのもたまらないじゃないか。虚構とリアルの垣根が崩壊するような快感がこのDMC映画化の周囲には満ちている。

魔界遊戯~for the movie~(初回限定盤)(DVD付)

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*1:1984年アメリカ映画。80年代を代表するサウンドトラック・アルバムとしても有名。歌詞は全て映画脚本を書いたディーン・ピッチフォードが手がけている。