無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

相対性理論という事件。

ハイファイ新書

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 この相対性理論というバンドは名前こそ知っていたけども音を聞いたことはなかった。CSで流れていた「地獄先生」のPVを見てこれは、と引っかかったのだった。2006年9月結成、昨年5曲入りミニアルバム『シフォン主義』でデビュー。ライブ以外では一切その素性を明かさず、音楽メディアのインタビューや写真掲載も拒否している。ライブではやくしまるえつこ(ボーカル)が常に直立不動の姿勢で歌うのが特徴、らしい。つまり、ライヴを見ていない以上音源からでしか彼らの情報は得られないということだ。謎に包まれたバンドである。『シフォン主義』の頃から一部では熱狂的に盛り上がり、いろいろな深読みを各方面でなされているバンドみたいだが、とりあえず本作で初めて彼らの音を聞いた人間としての感想を書いてみたい。
 サウンドは軽やかなポップスでありながら、ジャズやフュージョンの要素も垣間見られる。隙間のある演奏は独特の浮遊感を持ち、そこにやくしまるのロリータ・ウィスパー・ボイスが乗っている。歌詞も独特の世界観と言語感覚を持ち、時にシュールであり時にエロティックでもある。一聴しただけで脳に刷り込まれるユニークな楽曲は不思議な魅力を放っていて、かなり中毒性の高いポップスになっている。まず耳を引くのはやはりやくしまるえつこのボーカルである。淡々と無機質に体温低そうなロリータボイスで歌うのだが、シュールな世界観もリアルな現実も際どい表現も全て同列に同じ温度で歌われる。そこにはボーカリストとしてのエゴや感情は見られない。
 では歌詞を書いているのは本人なのか、と思いきや、ほとんど全ての作詞作曲はベースの真部脩一によって手がけられている。「ねえ先生 年下じゃいけないの?」「シミュレーション心霊現象」「愛してルンルン 恋してルーレット」「ルネサンスでいちにの算数」「はちみつキッスはどんな味」こういう歌詞を全て真部が書いてやくしまるに歌わせているということだ。この声で、不思議ちゃんワールドや萌えエロな言葉を歌わせるというのは、バンドやってたら自然とこうなりましたでは絶対に有り得ない。計算である。強烈な毒とユーモアを持ちながら、ロックなどとは無縁の女子やアキバ系の男子にもアピールするキュートなポップス。個人的には、「エヴァンゲリオン」の第1話で綾波レイが全身包帯姿で登場した時と同じくらいのあざとさ(と、やられた感)を感じる。インタビューや写真拒否というイメージ戦略も含めて、かなりの確信的知能犯であると推測する。音楽を聞く快感とともに、ここまで知的好奇心をくすぐられたバンドは久しぶりだ。面白い。楽曲の方向性やユニットのあり方は全く違うけれども、完全に自分たちの世界観を構築して、イメージも含めてきちんと自己プロデュースするという意味ではかつてのピチカート・ファイヴに近いかもしれないとも感じた。サブカル方面からの注目度が高いという点でも似ているような気がする。
 何しろ本人たちの言葉が全くメディア上にないので、全てを音楽から想像するしかない。実際のバントの姿と聞いた人間の頭の中のイメージは決して交わることなく平行にその姿を保ったまま進んでいく。ああなるほど、「相対性理論」なのだ。そして今日も僕は何かにとり憑かれたようにこのアルバムを聞く。2009年最初の「事件」としてこのアルバムは無視できないと思う。