無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

至福の時。

山下達郎  Performance 2008-2009
■2009/04/24@北海道厚生年金会館
 実に6年ぶりの山下達郎のツアー。6年前のツアーはRCA/AIRレーベル時代のアルバムがリマスター再発されることによるもので、その時代の曲のみでセットを構成するという若干イレギュラーな内容だった。なので、きちんと彼のオールキャリアからの選曲で構成されるツアーは『COZY』発表時のPerformance 98-99」以来10年ぶりということになる。現時点での彼の最新アルバムは2005年発表の『SONORITE』であるが、その時にはツアーは行われていなかった。ファンの誰もが待ち望んだツアーだったのである。
 山下達郎のバックを務めるバンドメンバーはここ20年ほど、ほとんど変わらない顔ぶれだった。中でも青山純(Dr)、伊藤広規(Bs)による鉄壁のリズム隊は不変だったわけだが、今回のツアーでは青山に替わり小笠原拓海という若いドラマーが参加している。若干24歳(達郎氏の子供と同じ年だそうだ)だが、山下洋輔氏などと活動してきた実力者らしい。達郎氏も、「今までで一番好きなリズム隊かもしれない」とまで発言していた。その他、セカンドキーボードが重実徹から柴田俊文に変更になっていた。メンバー全員がいろいろな所で活動するセッションミュージシャンなので、スケジュールを押さえるのがとにかく大変なのだそうだ。それもあって、『SONORITE』発表時にはツアーがやりたくてもできなかったのだと言う。
 加えて、今回のツアーの大きなモチベーションとなったのはホールの問題があるらしい。達郎氏のツアーは2,000〜3,000人収容のホールを中心にして回る。武道館以上のいわゆるアリーナクラスの会場では絶対にライブをやらないことを公言している。音質やパフォーマンスなど、彼なりの様々なこだわりの理由があってのことなのだが、彼が好んで使用していた大阪フェスティバルホールという会場が2008年末で老朽化による建替えのため休館してしまう(しまった)という。反対署名なども行ったそうだがいかんともしがたく、何とか休館前にここでコンサートをやりたい、とバンドを編成し、ついでだからツアーしてしまえ、ということになったらしい。実際、休館前の12月は大阪フェスティバルホールで4回の公演がブッキングされた。わかりやすすぎるこだわりようである。実はこの日の会場である北海道厚生年金会館も同様の理由で建て替えや取り壊しの話が現れては消えている。これは全国的な現象で、老朽化という致し方ない側面もあるにせよ、そこを主戦場としている達郎氏にとっては仕事場を奪われるに等しい痛手なのだろう。
 さて。肝心の内容については、素晴らしいの一言である。摩天楼を見上げるダウンタウン、ビルの屋上をイメージして作られたステージセットも雰囲気たっぷりだが、バンドが配置につき、「SPARKLE」のあのイントロが聞こえてきた瞬間から、一気に目の前が万華鏡のように色を変える。2000年代から古くは1970年代の曲まで、30年以上のキャリアに渡る楽曲がひと並べに演奏され、まったく古さや懐メロっぽさが無いことは感嘆に値する。「ジャングル・スウィング」や「DONUT SONG」では新リズム隊の魅力がよく出ていたし、「ついておいで」や「PAPER DOLL」のような古い曲でもバンドとしてのまとまりが感じられた。そして御年56歳となる達郎氏の声がまったくブランクを感じさせないことも驚きであると同時に嬉しい。達郎氏の代名詞でもあるひとりアカペラは自分の声のカラオケに合わせて歌うことになるわけで、カラオケを録音したときの自分よりも歌が衰えては基本的に成り立たないのである。しかし、20年以上前に録音した「On The Street Corner」の曲がいまだに新鮮に聞こえるのは、本当に素晴らしい。
 アカペラを挟んで「クリスマス・イヴ」から始まった後半は圧巻だった。選曲はもちろん、歌と演奏が段違いにすごい。特に「蒼氓」。MOON移籍後の達郎氏は自分で詩を書くことが増え、彼の人生観や哲学を反映した曲も多くなった。言ってしまえばシンガーソングライター的な側面が強くなっていった。そのひとつの究極が『僕の中の少年』というアルバムであり、この「蒼氓」という曲である。彼自身の思い入れも強く、ベストアルバム『TREASURES』にも唯一シングル曲以外から収録されている。ささやかな人生を力強く生きる市井の人々の願いを切々と歌うこの曲は、ミュージシャンという看板を剥ぎ取った人間・山下達郎のテーマ曲でもあると言えよう。感動だった。「BOMBER」のディスコ・サウンドは時代を超えてファンキーさを増し、「Let's Dance Baby」では恒例のクラッカーが鳴り響く。「RIDE ON TIME」ではこれまた恒例のマイクなしパフォーマンス。これをやるためにも大きな会場は絶対不可なのだ。
 アンコールは最新シングル「ずっと一緒さ」から、「アトムの子」へ。今のこの暗い時代に対する希望を歌っているような気がした。「DOWN TOWN」が聞けたのも嬉しかった。シュガーベイブの1976年荻窪ロフトでの解散ライヴ、後にFMで放送された音源を何回聞いたことだろう。ソロデビューアルバムのタイトル曲から、ラストは「YOUR EYES」。実に全24曲、3時間に及ぶライヴ。これをツアーで全国回っているのだからすごい。そして、この日のパフォーマンスがダントツに良いというわけでもなく、平均的にこの水準の演奏をしているということなんだと思う。こんなアーティスト、他にいない。ということで、4月25日の日記に至るのです。前述のように、30年以上にわたるキャリアの楽曲が満遍なく演奏され、全く古さを感じさせない。この現在進行形の山下達郎の音楽を体験していない人は大きな損をしていると思う。
 ツアーをやるために20年以上固定していたメンバーを替えたくらいだ。達郎氏本人もこれからは6年とか間をおかずにまたツアーをやりたいと言っていた。新作も出したいし、『On The Strret Corner4』も出したいと言う。その意欲は衰えていない。しかし、6年前のツアーのときも同じようなことを言っていたので、僕はあまり信用していない(笑)。それでも、彼が音楽を作り続け、演奏し続ける限りは僕も聞き続ける。それは未来永劫変わらないのだ。

■SET LIST
1.SPARKLE
2.ジャングル・スウィング
3.BLOW
4.DONUT SONG
5.夏への扉
6.ついておいで
7.PAPER DOLL
8.さよなら夏の日
9.FOREVER MINE
10.LA VIE EN ROSE〜バラ色の人生
11.CHAPEL OF DREAMS
12.Have Yourself A Merry Little Christmas
13.クリスマス・イヴ
14.蒼氓
15.ゲット・バック・イン・ラブ
16.BOMBER
17.Let's Dance Baby
18.高気圧ガール
19.RIDE ON TIME
<アンコール>
20.ずっと一緒さ
21.アトムの子
22.DOWN TOWN
23.CIRCUS TOWN
24.YOUR EYES