無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

ロックの伝道師。

No Line on the Horizon (Jewl)

No Line on the Horizon (Jewl)

 U2約4年ぶりの新作。前作『How To Dismantle An Atomic Bomb』や前々作『All That You Can't Leave Behind』に見られたバンド原点回帰モードのサウンド作りから一転、大胆な意欲作となった。モロッコレコーディングによるトライバルビートの導入など、サウンド面ではブライアン・イーノ、ダニエル・ラノアのプロデューサーコンビが大きく寄与しているのは間違いない。特にダニエル・ラノアはメンバーとともに作曲にもクレジットされるなど、その影響はかなり大きかったようだ。
 昨年のオバマ大統領就任以降、アメリカのミュージシャンは多かれ少なかれその話題を口にし、またその影響が感じられる作品を作ってきてもいる。U2オバマ大統領就任祝賀コンサートにも出演するなど、いちいち政治的な活動が語られるバンドではあるが、本作においてはオバマ云々の話はあまり関係ないものになっていると思う。そもそもU2はアメリカのバンドではないし、そのキャリアを通してみてもアメリカとは一定の距離感を保っている気がする。かつて『焔』『ヨシュア・トゥリー』、『魂の叫び』といったアルバムではアメリカ文化への大きな傾倒が見られたが、それはアメリカという国そのものに対するものではなく、アメリカという国が生んだロックンロールという文化に対する巡教の旅のようなものであったと思う。
 U2はデビュー以来、何度となくその音楽性を変化させてきた。それは政治性というよりも彼らが発するメッセージの変化によるものだったと思う。今作の変化も、またそういうものではないかと思う。一国のトップが替わったことでは無く、このアルバムはもっと大きな、世界を俯瞰したときに見えてくるものに対して述べている。タイトルにある「Line」というのも、そういうことだろう。世界に境界は無い、ということ。かつて彼らが「名前の無い通り」と呼んだ約束の地。それが今目の前にある、などとは誰も思っていない(むしろ逆)だろうが、前作でボノが描いたそこに至るために人間が手に入れるべき許しの境地。それをもっと大きなスケールで描いている、のではないかと思う。そのためにもこれまで以上に大きな懐を持つロックのグルーヴが必要だったのだろう。
 「ロックでメッセージを伝えるのはダサいなんて言ってるやつは、ロックをわかってないと思う」と、かつて故・忌野清志郎氏は言った。その意味において、U2とは最もロックに殉じているロックバンドである。その信頼は揺らぐことはない。