無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

サカナは革命の海を泳ぐ。

kikUUiki(初回限定盤)

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 サカナクション入魂の、そして現時点での決定打となるであろう4thアルバム。汽水域(きすいいき)とは淡水と海水がまじりあった区域のことを言うらしい。アルバムタイトルはそれをもじったものだ。 サカナクションが提唱する「汽空域」とは何と何がまじりあったものなのだろうか。サカナクションの音楽には様々な相反する要素が混在している。それは山口一郎がことあるごとに語ってきたことでもある。例えばポップとアートであり、ロックとダンスミュージックであり、コミュニケーション願望と内省であったり、昼と夜であったり、札幌と東京であったりということだ。トランプの大富豪のように、そうした相反するものが反転してしまうような革命的な瞬間が時に音楽には訪れることがある。彼らはその相反するものの間を自らの居場所とし、そこを自由に泳ぎまわりつつ革命の瞬間を虎視眈々と狙っている。本作はそうした彼らの野望と決意がこれまで以上に明確に現れた作品であり、タイトル自体もサカナクションの音楽のテーマそのものを表す言葉となっていると言えるだろう。
 先行シングル「アルクアラウンド」もそうだったが、本作のテーマのひとつは「東京で音楽を作り続ける」という決意である。前作から彼らは本格的に東京へ進出したわけだが、前作では地元から離れた戸惑いと東京という街への畏怖など、様々な思いが交錯していた。しかしここでは断固たる決意の元にここが自分たちの拠点なんだ、という意思が込められている。それは地元を捨てるということではなく、後戻りできる場所を切って前だけを見て音楽を作るという決意である。本作の音楽的な飛躍の全ては、この決意から生まれたものであると僕は推測する。
 「アルク〜」を軸に、実に様々なアレンジや新たな曲調が生まれてきている。「潮」のゴスペルコーラスなどはその一例。エレクトロなサウンドテクスチャーは彼らの音楽の基本ではあるが、ライブにおける生のグルーヴ感が彼らの音源でここまで再現されたのは初めてのことだと思う。草刈姉さんのベースはもとより、ドラムとギターが非常にいい音で鳴っている。中盤、特にインストの「21.1」から「アンダー」、「シーラカンスと僕」のあたりはマニアックと言ってもいいくらい濃密なサウンドとアレンジでありながらポップさを失っていない。この中盤は聞き所のひとつだと思う。
 最もフォーク的な「壁」は山口の内省的・文学的な一面が本作中でも色濃く出た曲だが、それもやはり音楽に対する「覚悟」と「決意」を歌っている。この曲の後に本作のリード曲と言える大作「目が明く藍色」が来ることに意味がある。「ナイトフィッシングイズグッド」を思い出させるような組曲的な構成を持つ曲だ。個人的には歌詞の描き方が若干ナイーヴすぎる(青臭すぎる)気がしなくもないのだが、この曲は決してゴールに至ったのではなくあくまでもここからスタートするという意味の曲なので、これでいいのかなとも思う。アルバムのテーマをある意味凝縮した曲でもあるし、山口一郎という人の音楽史をここで一つ区切りにできるくらいの曲だと思う。バンドとして非常に重要な意味を持つアルバムであると同時に、2010年の日本のロックシーンにおいてもひとつのポイントとなるアルバムだと思う。地元民の贔屓目抜きでそう思う。