無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

モラトリアムの終わり。

ソラニン メモリアル・エディション 初回限定生産2枚組 [DVD]

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ソラニン
■監督:三木孝浩 出演:宮崎あおい高良健吾、桐谷健太、近藤洋一
 浅野いにお原作の漫画「ソラニン」の映画化。作中で歌詞のみ記されていた曲「ソラニン」にアジカン後藤正文が曲をつけ、本作の主題歌となっている。主演は宮崎あおい高良健吾、バンドのベーシスト・加藤役でサンボマスター近藤洋一が映画初出演している。監督の三木孝浩はミュージックビデオ出身の映像作家で、本作が長編映画初監督作となる。
 原作は単行本2巻だけなので、原作のエピソードは映画中でほぼ網羅されている。切り捨てられた部分や余計に付け加えられた部分も殆どなく、若干の設定変更以外は原作に非常に忠実に作られた映画と言える。監督・キャストはもちろん、主題歌を作ったアジカンにせよ、原作に対するシンパシーと愛情が強く感じられる。自分なりに作り変えるよりは、原作を再現することが本作については最良の表現だと考えたのかもしれない。作品の中でキーになるのは「ソラニン」という楽曲であり、その演奏シーンである。アジカンによる曲は本作に説得力を持たせるに十分な曲になっていると思う。
 本作は20代前半の若者による青春映画ということになる。中高生ではないので、もっと現実的なテーマを描いている。大学から社会に出ようとする者、あるいは社会に出たばかりの者の話である。就職したはいいが自分の人生はこれでいいのか、このままでいいのか、自分は本当は何がしたいのか。モラトリアムの終わりが現実に目の前に来たときに起こる葛藤と悩み、そのときにどういう決断をし、どう自分を納得させるのか。大学というぬるま湯(自分の経験も踏まえてあえて断言させていただく)から社会に出て行く不安、戸惑い、そしてそのために何かを失い、諦めなければいけない現実。 そんな現代的な若者の風景を本作は実に鮮やかに映し出していると思う。
 本作では、そうした悩みに対して主人公たちがひとつの答えに達するための装置として、バンドとロックが用いられている。それはあまりにも正しい。なぜなら、ロックという音楽は乱暴に言えば、社会に出て行けない若者がギターに乗せて青臭い心情吐露をするための音楽だからだ。 「ソラニン」の歌詞は非常に青臭い。本来なら今のアジカンが歌うのには不似合いと言える。しかし、後藤正文は恐らくは主人公・種田にかつての自分を重ね合わせて原作を読み、そして曲を書いたに違いないのだ。本作が感動的なのは、作り手がそれぞれ「かつて自分もこうだった」という思いを映画に落とし込んでいるからではないのか。そしてそれは見る側にも同じである。今まさに社会に出ていかんとする大学生や、かつてモラトリアムの中にあった社会人は本作を見て様々な思いをめぐらせることだろう。種田や芽衣子のようにギターを弾いて歌わなくとも、自分に置き換えてしまうことだろう。少なくとも、僕はそうせずにはいられなかった。ただ、そうでない人が見れば単にウジウジした若者の話と片付けられてしまうかもしれない。ただ、それでもこの「ソラニン」というストーリーではきちんとひとつの答えが用意されている。それで全てが解決するわけではないが、今この時をやり過ごすための結論が。若いときは「それでいい」と言っているのだ。年を取ったら後からそれがどういうことだったか分かるのだ。だから僕は本作においては、こういう描き方でいいと思う。ストレイテナーホリエアツシのソロプロジェクト"ent"による音楽も非常に良かった。センチメンタルすぎるきらいもあるけど、それもやっぱりホリエ自身の本作に対する感傷が滲み出たのかもしれない、と邪推したくなる。
 主演キャストはみんな良かった。種田役の高良健吾も原作のイメージに近いし、何よりも宮崎あおいは可愛すぎる。バンド演奏シーンは吹き替え無しでキャスト自身が演奏しているそうだが、アマチュアバンドという設定からすれば十分だと思う。その中でがっちりと音楽を支えていたサンボマスター・近藤はさすがプロの貫禄。苦言を呈するなら、ちょこちょこ原作にないギャグシーンを入れたりするのが余計だった(特に種田の父と芽衣子のシーン)のと、ARATA 演じるレコード会社のプロデューサー・冴木の立ち位置が若干違っていたことか。種田と冴木のやり取りが原作よりも削られたため、冴木がロッチの演奏に興味を持つという伏線が薄れてしまっている。しかし、そういうアラ探しはともかく、ロックが好きな人間なら観ておくべき青春映画だと思うし、そうでない人でも感じるところは多々ある映画だと思う。個人的には邦画では『アイデン&ティティ』に匹敵する青春音楽映画と言っていい。
ソラニン 1 (ヤングサンデーコミックス)

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ソラニン 2 (ヤングサンデーコミックス)

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ソラニン

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