無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

この愛はメッセージ。

■ひふみよ  小沢健二 コンサートツアー 二零一零年五月六月
■2010/06/02@札幌市民ホール

 小沢健二が十数年ぶりにツアーを行う、しかもメンバーは当時とほぼ変わらず、曲も当時のヒット曲をやると言う。それだけで、2010年の日本音楽シーンにおける重大事件になるのは間違いがない。問題は、なぜ今なのかと言うことと、ほぼ音楽家としては引退状態にあり、文筆業や世界中を旅してのフィールドワークを行っていた彼の活動と90年代半ば当時の彼の音楽がどうリンクするのか、と言うことだ。それは繋がる、とツアーのオフィシャルサイトでのインタビュー(とはいえ独り語りのようなものだが)で小沢健二自身が語っていたので、万難を排して駆けつけた。ほぼ開場時間に会場に着いたのだけど、既にグッズを買い求める人で長蛇の列。「うさぎ!」全話を買いたかったのだけどこの時点で諦める。
 いよいよ開演。非常灯を含め、客席の電気が全て消える。ステージも真っ暗だ。ほぼ何も見えない状況ながら、やや目が慣れてきた中にメンバーがステージ上に現れてきたのが分かる。大歓声。小沢健二が登場した時にはひときわ大きな歓声が上がっていた。1曲目は「流れ星ビバップ」。照明がない中、それでも演奏が始まる。客席は最初から手拍子。中盤、一旦曲が終わったと思うと、ステージ中央の小沢健二のスタンドに明りが灯る。大歓声。と同時に、ややはにかんだ笑顔を見せるオザケン。若干額が大きくなった?感はあるが、その風貌は驚くほど昔のままだ。そして、朗読と言うかMCと言うか、彼の口から言葉が放たれる。この朗読パートは今回のツアーで非常に重要な意味を持っていたと思う。つまり「うさぎ!」などに関わる、現在の彼の活動とものの考え方に直結したストーリー(というか、コラム的な内容)であり、現在の彼の立脚点を否が上でも想像させるものだったからだ。しかしそれは思ったほど自己啓発的だったりいかがわしいものなどではなく、アメリカ的なグローバリズムに少しでも違和感のある者なら素直に受け入れられるレベルのものだったと思う。彼がときどき噛みながらも朗読という形を取ったのは、一字一句間違えずに自分の頭の中にある言葉を観客に伝えようとしたからなのではないかと思う。曲を演奏するのと同じレベルにある、ひとつのパフォーマンスの形だったのではないかと思う。この最初の朗読パートではニューヨークの大停電の話で、一晩中灯りがなくなった街の中で音楽がどれほど人々を勇気付けたのか、という内容だった。朗読が終わり、再び曲に戻る。ステージに照明が灯り、バンドが華やかに演奏しだす。曲が終わると割れんばかりの拍手と大歓声。小沢ははにかみながら話しだそうとするも、拍手が止まないのでなかなか話し出せない。「あの、始められないんですけど・・・(苦笑)」ようやく出た一言はシンプルに「お久しぶりです、小沢健二です」だった。見た目の印象はそれほど変わらないが、人間的には落ち着いた印象を受ける。
 続いては「僕らが旅に出る理由」。イントロから、大歓声である。再び朗読。朗読の間、バックではバンドの演奏があるのだけど、スカパラホーンズやコーラスの真城めぐみを中心に、妙な振り付けで踊っている。小沢も踊っていた。客席からはくすくすと笑いが起こるが、小沢は「踊ってもいいですよ」と一言。この朗読パートが説教くさくなりすぎず、胡散臭くもならなかったのはこうした親しみやすさがあるパフォーマンスのおかげもあったと思う。あんまりよく覚えていないのだけど、昔の人の数の数え方とその言葉が持つ音のイメージの結びつき、みたいな内容だったと思う。「天使たちのシーン」では、歌詞やメロディーラインをオリジナルとは一部変えていた。この曲に限ったことではなく、後述するが「ラブリー」でもそうだった。当時のバブリーな時期と今の彼とでは、やはり歌えるものと歌えないものがあるのだろう。しかし、この曲の持つ荘厳な雰囲気は損なわれてはいなかった。ステージ後ろのスクリーンに映し出される映像も地味ながらその印象を後押しする。続いては「いちごが染まる」という新曲。朴訥とした風景と心象が三拍子に乗せて歌われる。決してポップではないが、不思議な魅力のある曲。「ローラー・スケート・パーク」は間に「東京恋愛専科」を挟むメドレー形式。バンドの演奏は当然ながらこなれていて、ブランクを全く感じさせないほどの安定感。
 次の朗読、最後の方で彼はこんな一言を言った。「この街の大衆音楽の一つであることを誇りに思います。ありがとう。」ホントに、僕は泣きそうになってしまった。今の彼は、きらきらとしたスポットライトの中にいる当時の自分自身を否定しているのではないか、と僕は勝手に思っていたのだ。それこそ、かつてソロになった当時の彼がフリッパーズ・ギターを否定したように。しかし彼は今もポップミュージックの中に存在している自身を自覚している。確かにそうでなければこんな選曲で、こんなメンバーでのツアーなどやろうとは思わないだろう。それが何よりもうれしかった。そしてまさかの「カローラIIにのって」。中間部のコードがマイナーになるなど、アレンジは変わった部分もあるが、うれしいサプライズ。そしてここからが怒濤の展開。「痛快ウキウキ通り」から、打ち込みの四つ打ちビートが鮮烈なリアレンジ「天気読み」、「戦場のボーイズ・ライフ」に続き「強い気持ち・強い愛」である。まばゆい照明の中、珠玉のポップスたちが時を越えて高らかに鳴り響く。このあまりにも過剰な多幸感!このキラキラさを上手く表現する言葉を僕は知らない。とにかく、涙が出るほど幸せだった。現在のヒットチャートの上位にある曲の多くは、馴れ合いの中で「君はそのままでいいんだよ」的にゆるい自己肯定をするようなものがほとんどだが、小沢健二が90年代半ばにヒットさせた曲は時代そのものを肯定し、そこに生きる我々がひとつ上の精神レベルに引き上げられるような確信を持って鳴らされていた。この時代の曲たちが、今の時代にも有効なポップミュージックであることを強く感じたのだった。「今夜はブギー・バック」では、スチャダラパーのラップパートを全て観客に歌わせていた。そして僕も含めほとんどの人が一字一句間違えずに覚えているのだ。ステージと客席の一体感は、ここでひとつのピークを迎える。
 後半は音信不通後のアルバム『Eclectic』から「麝香」をほぼオリジナル通りのアレンジで演奏したり、中間部のキラキラ感に比べると落ち着いたムードで進行する。「シッカショ節」という新曲はまさしく民謡タッチの曲で、どこまで本気で作っているのかよく分からないような感じだった。しかし、演奏はかなり本気。ドアノックダンスも決まり、「ある光」を挟んでまた新曲の「時間軸を曲げて」という曲。3曲演奏された新曲の中では最もポップスという枠に近いものではあったが、やや暗めでジャズ的なコード進行とリズム処理が複雑な感情を呼び起こす。クライマックスは「ラブリー」。実はこの約1時間前に、歌詞が変わった部分のコーラス練習をやっていた。「それでLife is comin' back〜」が「ずっと感じたかった〜」になり、「Can't you see the way it's a〜」が「完璧な絵に似た〜」になっていた。やはり若気の至りと言うか、今の年齢と今の考え方では歌えない部分はあるのだろう。それは仕方ないし、そういうものだと思う。しかしわざわざ観客に歌わせる練習をするというのがミソだと思う。つまり、観客全員歌うのが分かっていて、ちゃんと間違えずに歌ってほしいと言う想いがあの練習パートだったわけで、それはつまり小沢健二がきちんと観客とコミュニケーションを求めていて、それを前提にこのライブは組み立てられていたと言うことなのだ。一見一方通行に見えるあの朗読も、彼の中ではそうではなかったのだと思う。だからこそこのライブは素晴らしいものだった。
 本編ラストは再び「流れ星ビバップ」を演奏し、最後はバンドメンバーが順番に退場。拍手は全く止むことなく、ほどなくアンコールへと突入する。「いちょう並木のセレナーデ」がスポットライトの中弾き語りで演奏される。1994年にタイムスリップしたかのような錯覚。そして、本当のラストはフルバンドでの「愛し愛されて生きるのさ」。最高である。間奏部分の真城めぐみのコーラスがちょっと歌詞が違っていたようだが、それ以外はほぼオリジナルアレンジのまま。小沢健二の「家族や友人達と並木道を歩くように〜」の語りもそのままである。会場のテンションも最高潮。黄色い歓声が演奏をかき消すように響き渡る。一体今は平成何年なんだ?語り部分からラストまでの流れを2度繰り返し、コンサートは終わった。
 前述の通り、僕にとっては小沢健二から「大衆音楽の一部であることを誇りに思う」という言葉が聞けただけで嬉しかったし、当時の彼の楽曲が今の時代にも有効なポップスであることが証明されたのが嬉しかった。懐メロを当時のファンが懐かしみ、年を取ったアーティストが痛々しくそれを演奏する、と言うものでは全くなく、自覚と確信に満ちた音が鳴らされていたのが嬉しかった。声が出ていないとか言うことは、ほとんど問題ではなかった。今後の彼の活動がどうなるのかは正直全く分からないが、彼は確かにこう言った。「また、来ます。」。今はこの言葉を信じたい。

■SET LIST
1.流れ星ビバップ(include 朗読1)
2.僕らが旅に出る理由
3.朗読2
4.天使たちのシーン
5.いちごが染まる(新曲)
6.ローラースケートパーク〜東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディーブロー
7.朗読3
8.カローラIIにのって
9.痛快ウキウキ通り
10.天気読み
11.戦場のボーイズ・ライフ
12.強い気持ち・強い愛
13.今夜はブギー・バック(nice vocal)
14.朗読4
15.夢が夢なら
16.麝香
17.朗読5
18.シッカショ節(新曲)
19.さよならなんて云えないよ
20.ドアをノックするのは誰
21.ある光
22.時間軸を曲げて(新曲)
23.ラブリー
24.流れ星ビバップ
<アンコール>
25.いちょう並木のセレナーデ
26.愛し愛されて生きるのさ