大いなるドキュメンタリー。
- アーティスト: 奥田民生
- 出版社/メーカー: KRE
- 発売日: 2010/08/04
- メディア: CD
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そもそも、なぜ民生はこんな大変なツアーをやろうと思ったのだろうか。インタビューなどでは「レコーディングとツアーをいっぺんにできるし、アルバムもできちゃうので一石三鳥。これで今年はもう仕事しないで済む。」みたいなことを言って嘯いているが、誰がどう考えたって「ひとりカンタビレ」の方が、普通にアルバムレコーディングしてツアーするよりも面倒くさいし大変だろう。わざわざそんなことをする理由は何か。
それは、僕は危機感と使命感だと思う。宅録で作品を作るアーティストは今時何も珍しくないし、そこそこの機材があれば誰でもそれなりの音源は作れる時代になっている。下手なところをツギハギで直し、歌もピッチが悪いところを機械で修正するなど、パソコン上でいくらでも編集できる。しかし君、それはミュージシャンとしてどうかねと言うことだ。演奏家なら人様から金取れる演奏をして初めてそう名乗れるのではないか?それだけのスキルが自分にはあるのか?ロクに楽器も演奏できないミュージシャンが増えてくることに対しての、究極の反動みたいなものが、この「ひとりカンタビレ」だったのじゃないかという気がする。じゃあ、自分がちょっと試しにやってみっか、と人身御供になった、と言うのは穿ちすぎか。いずれにしても、こんなことは誰にでもできることではない。「やれるモンならやってみろ」という、民生の今まで培ってきたキャリアとスキルに対するプライドも、そこには見え隠れしていると思うのだ。
そしてもうひとつ重要なのは、録音した楽曲を公演の翌日にはネットで配信していたという事実。アーティストがダウンロード配信で楽曲を提供するということに対しての民生なりのアクティブな回答も、このツアーには含まれている。きちんと、やるべきことはやっているのだ。さすがすぎる。前述のドキュメント番組を見ると、ツアー後半は曲のストックがなくなり、公演先で歌詞を書いたり曲を完成させていたらしい。ツアー公演順に収録された本作は、まさに「ひとりカンタビレ」のドキュメントなわけだ。ツアー最終日に録音された「解体ショー」が、このツアーのテーマを真正面から歌っているのは、ちょっと感動的ですらある。45歳の民生が到達した、恐るべき匠の世界。