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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

吉井和哉の血。

The Apples (初回限定盤)(DVD付)

The Apples (初回限定盤)(DVD付)

 前作『VOLT』から約2年ぶりの新作。これまでのソロ作は全てアメリカレコーディングで、現地のミュージシャンとともに行ったものだった。今回は日本で、事務所兼スタジオのようなプライベートな空間でレコーディングされ、しかも全ての楽器を吉井和哉本人が演奏するという完全なソロレコーディングで制作されたそうだ。ファースト・ソロ・アルバムの『at the BLACK HOLE』も同じようにほぼ吉井自身の演奏で作られていたが、約10年のソロ活動の中で変わったのは『at the〜』が完全に自己の中に閉じていたのに対し、今作は真逆に外に向かって解放されていることだろう。
 イエモン以来封じ手としてきた歌謡ロック的なテイストを感じさせる「ACIDWOMAN」から始まり、アメリカでのロック巡礼の旅を経てのブルースやカントリーなどを吉井和哉流に消化した楽曲あり、ストレートなロックンロールありと、バラエティに富んだ曲がそろっている。そして本作のモードを最も顕著に表しているのが先行シングルの「LOVE & PEACE」だろう。自分自身の中のロックンロールの炎がまだ燻っていることを認識した上で、絶望的な世界の中で一筋の幸せを見つめるような、ポジティブで開かれた曲だ。「悲しい思い出の夢で目を覚ました/それはとても怖いことだけど/日曜日の朝が来て歯を磨いたら/ここはまだ平和な場所だ」これほど平易な言葉で世界を祝福する吉井和哉は初めてではないだろうか。彼がここに至った理由は多々あるだろうが、一人のミュージシャンとして、あるいは一人の人間として、自分自身の人生を肯定できたことが大きいのではないだろうか。終曲「FLOWER」では「自分の血を愛せないと/人は愛せないとわかった」とまで歌っている。かつては若くして死んだ父親の影を追うような曲も書いていたが、自分自身の人生を、血を認めることができたゆえの本作なのではないかという気がする。
 本編は「LOVE & PEACE」で終わり、その後はアンコールというような、一本のライヴのような構成も非常にいい。リラックスしつつも、今の自分自身を一滴残らず搾り出したというくらいの密度の高さ。このズレのなさは自分自身が全ての演奏をしたということも要因だろう。決してテクニックではないスペシャルな何か、でこのアルバムは満ちている。とある雑誌のインタビューで吉井が語っていたのだが、吉井が自分で録音したデモを聞いた山下達郎が「これこのまま出せばいいのに」と言ったそうだ。ようやくその意味がわかったと言うことなのだろう。素晴らしい。