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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

僕らはみんな生きている。

COSMONAUT

COSMONAUT

 『orbital period』から約3年ぶりの新作。前作と今作、というかその間にリリースされたシングルたちから、藤原基央の書く歌詞は大きく変わってきている。架空の登場人物を主人公とした寓話的なストーリーではなく、藤原自身が、あるいは聞き手が主人公となるような普遍的な物語が描かれるようになってきた。物語、というのも違うかもしれない。もっと散文的な、感情の揺らぎの言語化である。「R.I.P.」や「魔法の料理」といったシングル曲、その他例えば「ウェザーリポート」などもそうだが、過去の記憶がテーマになった曲が多い。それは藤原自身の実際の体験もあるだろうが、聞き手が自らの幼少時代に重ねて感じられるような作りになっている。藤原が描いているのは生から死までを俯瞰した時間の流れ、すなわち人生だ。
 自分が今生きているのは過去、そしてその中で触れ合ってきた人々がいたからであって、 そして自分もまた、誰かにとって過去触れ合ってきた、あるいは今触れ合っている存在であるはずだ。「人は一人では生きられない」という真理。人は生まれてから死ぬまでたくさんの人と出会い、触れ合う。その重なりで世界はできている。その連続で、歴史は作られていく。歴史の繋がりで、地球は動いている。そうした星の数々で、宇宙はできている。地球から見える星の光は何千年、何万年も前に光ったものだ。逆に他の星から今の地球の光は何万年も後に見えるのだろう。その中に、自分はいる。「宇宙飛行士」というアルバムのタイトルは、今を生きる人々全員に対して付けられた称号だ。
 というのが、僕の本作に対する解釈である。前作『orbital period』は彼らが28歳になり、それが地球の公転周期であるという偶然をひとつのきっかけに生まれたものだった。宇宙というコンセプトは以前から彼らの曲にも多く現れるものではあったが、本作では皮膚感覚溢れる日常風景を宇宙から俯瞰してみるような壮大な視点で描かれている。逆にそのくらいでなければ、「生きること」そのものが描けなかったのかもしれない。アルバムの後半、「angel fall」や「イノセント」では、藤原自身が自分の曲に込めた想いがダイレクトに歌われている。そこには自分の名前などどうでもいいから、とにかく届いて欲しいという願望が見え隠れする。演奏するのは自分でなくても、この曲がこの世に生まれたことに意味がある。そこまでの覚悟すら見えてくる。
 終曲「beautiful glider」に出てくるグライダーが、ブックレットの各ページ、星空の写真の中にきちんと存在しているという仕掛けも含めて、彼らの表現は常に一貫している。バンプ・オブ・チキンの曲は哲学だろうか。宗教だろうか。それは聞く人がそれぞれ判断すればいいことだ。ただ僕には、当たり前のことを当たり前に歌っているようにしか聞こえないのだ。