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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

リアム、立つ。

 オアシスの終焉は唐突だった。のだろうか。それとも、いつああなってもおかしくなかったのだろうか。いずれにしても、オアシスというバンドの物語が止まってしまった2009年夏以降、ギャラガー兄弟の新しい一歩に大きな注目が集まってきた。リアムがノエルを除くオアシスのメンバーと結成したのがこのビーディ・アイ。実際の音が届く前からこれほど話題をさらったバンドも近年は無かったのではないかと思う。
 当たり前と言えば当たり前なのだけど、単純に「オアシス引くノエル」という計算でできあがるようなバンドにはなっていない。そういう音にもなっていない。後期にはリアムやアンディ、ゲムも曲を提供していたとは言え、オアシスの曲の大半はやはりノエルが書いていたし、サウンドの方向性もバンドの意思決定も、基本的にはノエルの意思に倣っていた。が、今回は違う。ノエルの位置にリアムがついたというのとも違う。完全合議の民主主義ではないにしろ、オアシスよりも各メンバーの意図が反映されていると思うし、簡単に言えば「バンドっぽく」なっている。その中でやはり光るのはフロントマン、そしてボーカリストとしてのリアム・ギャラガーという男の存在感だ。オアシスというバンドはノエルが曲を書き、リアムが歌えばそれで成立するバンドだった。しかしバンドの頭脳と言うのは完全にノエルだったわけで、リアムがオアシスというバンドの全てを背負って立つ場面は無かったと言っていい。今回は違う。バンドのフロントマンとして、リーダーとしての責任がリアムにはついて回る。先に書いたことと矛盾するかもしれないが、やはりビーディ・アイはリアムの、リアムによる、リアムのためのバンドなのだ。インタビュー等でもその自覚が見て取れる。腹を括った感じがする。
 曲はリアム・アンディ・ゲムが書いている。実際には個々で持ち寄ったものをバンドとして仕上げているようだが、クレジットは3人の共作名義になっている。勿論、オアシスの残した名曲群と比べては酷というものだが、それに劣らぬ輝きを放つ曲もあり粒は揃っている。冒頭の「フォー・レター・ワード」の疾走感でアルバムに対する不安はまず吹き飛ぶし、先行配信された「ブリング・ザ・ライト」はオアシスでは考えられなかったピアノをフィーチャーしたリトル・リチャード風のロックンロールになっている。「フォー・エニワン」は「ソングバード」を思い起こさせるような温かでアコースティックな味わいを持ち、「ザ・ビート・ゴーズ・オン」はスケールの大きなミドルテンポのナンバーで、力強く「このバンドは続いていく」と宣言しているようだ。いろいろ言えばキリがないが、ギターロック低迷と言われている今のイギリスでこれだけのスケールのロックンロールを鳴らすバンドは少ないし、UK伝統のブリティッシュロック・ポップを継承するようなサイケデリアがそこかしこに散りばめられているのも、個人的に嬉しい(時々、キンクスXTCか?と思うような瞬間がある)。「ビートルズ・アンド・ストーンズ」なんてド直球の曲はリアムにしか歌えないだろうし、そういう大看板も含めて、オレが背負って行ってやるという気概をこのアルバムからは感じるのだ。それで十分じゃないのだろうか。リアムはロックを信奉し、かつて少年だった自分を導いてくれたロックという音楽の力を信じ、自分のバンドでもその力を聞く者に与えようとしている。その想いを全うに正面から形にしたのがこのアルバムなのだと思う。
 こうなると、噂されているノエルのソロ・アルバムがどうなっているのかも気になるところではある。この、ワクワクするような、不安なようなこの感じ。ビートルズが解散したあと、ジョンやポールのアルバムを聞くというのはこんな感覚だったのだろうか。と想像したりもする。