無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

あなたがここにいてほしい。

絶体絶命(初回生産限定仕様)

絶体絶命(初回生産限定仕様)

 RADWIMPS、2年ぶりの6作目。RADWIMPSの、というか野田洋次郎の書く曲というのは、よく知られているように当初はある一人の女性に対するラブソングがほとんどだった。それが、前作『アルトコロニーの定理』では貴方と僕のいる「世界」がそのテーマとなった。今作はその「貴方」が誰か特定の人というわけではなく、誰もがそこに自分自身を投影できるようなものになっている。以前のようなわかりやすいラブソングはほとんど皆無と言っていい。ラブソングに見えるような歌詞も男女のそれと言うよりはもっと深い、人間と人間の関係を歌ったようなものになっていて、ある種哲学的とも言える内容になっていると思う。
 その根底にあるのは、「存在の肯定」だと思う。この世の中がどんなにクソで絶望的であっても、この世界に生きている僕や貴方はここにいていいんだよ、と野田洋次郎は歌う。理不尽な世界そのものを拒絶しつつ、そこに生きる人を肯定するというのは前作に通じるものだ。その視点は時に優しく、時に厳しく、時に自虐的であり、常に本気だ。貴方にここにいていいんだよ、というのは逆に言えば貴方がいなくてはこの世界は成り立たないのだ、ということである。彼は本気でそう歌っている。絶体絶命というアルバムタイトルは「糸色体糸色命」、つまり「イトシキカラダ・イトシキイノチ」とも読める。それはつまり、そういうことなのだろう。
 本作が発売されたのは3月9日。つまり、東日本大震災の2日前。震災で混乱した状況の中、錯綜するニュースや情報を受け止め処理し、自分の考えを保つためにこのアルバムが果たしてくれた意味は(少なくとも僕自身にとっては)あまりにも大きかった。震災前の2日間と震災後の世界で、このアルバムが持つ意味は大きく変わってしまった。それはバンドの意図とは違う形だったとは思うが、このアルバムが持つ普遍的な意味を図らずも示していたと思う。