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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

持たざる者の戦い方。

マネーボール
■監督:ベネット・ミラー
■出演:ブラッド・ピットジョナ・ヒルフィリップ・シーモア・ホフマン
 マイケル・ルイス著「マネーボール 奇跡のチームを作った男」を原作とし、「マネーボール理論」で貧乏球団のオークランド・アスレチックスを強豪に押し上げたビリー・ビーンGMの姿を描いた映画。作中ではア・リーグ記録の20連勝を達成し、103勝で地区優勝を飾った2002年シーズンを追っている。基本的に史実に基づいた内容だが、選手の出入り時期などは一部脚色が加えられているようだ。また、ジョナ・ヒル演じるGM補佐のピーター・ブランドという役柄は実際にはポール・デポデスタのことだが、デポデスタ自身が実名の使用を許可しなかったらしい(一説によると自分はあんなオタクではない、と不満があったとか)。結論から言うと、非常に面白く、興味深い映画だった。野球の知識がないと全く楽しめない、ということはないと思うが、もちろん野球ファンであればそれだけ深く理解し楽しめることは間違いない。
 アスレチックスは、生え抜きの選手を育てて活躍しても、FAで他球団に持って行かれるという貧乏球団。限られた予算の中で金満球団と同じ補強をしても適うわけがないと考えたビリー・ビーンはピーター・ブランドの統計学的な選手評価指標に興味を持つ。ビリーとピーターはスカウトの目や直感、選手のルックスなどを重視する旧来のスカウティングを否定し、出塁率や与四死球率などを重視するいわゆる「セイバー・メトリクス理論」を元にドラフトやトレード戦略を進める。強引なやり方はスカウトの反発や、ビーンの連れてきた選手を使わないアート・ハウ監督との軋轢を生み、シーズン当初は勝てない状態が続くのだが・・・というストーリー。本作では旧態依然としたスカウティングがこれでもかとばかりに否定されるが、その中で「あいつはダメだ。彼女がブスだから。」とスカウトが言うのが面白かった。本当かどうかは知らないが、ブスと付き合っている選手は「自分に自信がないから」ダメなのだそうだ。こんな理由で獲得を見送られたのでは選手としてはたまったものではない。
 映画は大きく3つのシーンに分類される。グラウンドでの試合シーンと、ビリーのGMとしての活躍を描いたシーン、そしてビリーの回想シーンである。この映画で重要なのは後者2つである。ビリーがGMとして辣腕を振るうシーンは会話のテンポも早く、彼の手腕と強引さ、カリスマぶりがかなり強調される。本作には会話のスリリングなやり取りだけで見るものを引き込んでいくシークエンスがいくつもある。ピーターを引き抜く際の電話での会話、ハッテバーグに一塁手として契約オファーを出すシーン、トレード期限ぎりぎりでの他チームGMとの駆け引き、デイヴィッド・ジャスティスに若手の手本になれと説くシーンなどなど。それに対し、回想シーンでは基本的にビリーはひとりでいる場合がほとんどで、そういうシーンでは大抵、引きの絵でぽつんとたたずむ姿がまず描かれる。これにより彼の孤独な面が強調される。この対比がビリーという主人公の人間性を浮かび上がらせる構造になっている。ビリー自身、ドラフトで上位指名されながらメジャーで活躍できなかった過去を持ち、それがトラウマのように執拗に回想として描かれる。それがイメージによる選手評価に懐疑的であるという形になり、「マネーボール理論」の推進と表裏として描かれるので、ビリーの行動原理がわかりやすくなっている。ブラッド・ピットの演技は自然体で無理がなく、個人的には彼のフィルモグラフィーの中でもかなり上位に来るものではないかと思う。
 映画の中で最もカタルシスが得られるのはやはり20連勝を描いた部分で、最後にビリーとピーターによるチーム改革の象徴とも言えるハッテバーグがホームランを打つシーンはかなりドラマチックである(これが事実と言うこともすごい)。試合の部分は当時の試合映像と役者が演じるシーンが違和感なくマッシュアップされ、臨場感あふれるドキュメンタリーを見ているような気分になる。しかし、映画のテンションはここがピークで、見終わった感触はかなりもの寂しさが残る。それは、2002年のアスレチックスが結局ディビジョンシリーズで敗退していること、そして現在においてアスレチックスは再び弱小と言える状態に戻ってしまっているからだ。ビリーたちが推し進めた「マネーボール理論」は確かに貧乏球団が金満球団に勝つための策として有効ではあったが、金のあるチームも同じ理論で選手を集めようとすれば当然、資金力の差がモノを言うことになる。「彼らはこれでも頂点には届かなかった」「結局金か」という絶望感が最後に残ってしまうのである。ラストでビリーはレッドソックスからの莫大な年俸でのオファーを断るが、そのレッドソックスが2年後、マネーボール理論を用いてワールドシリーズ制覇を成し遂げるのは皮肉と言うほかない。
 ビリーと娘のシーンなど、個人的には冗長に感じる部分もある。「マネーボール理論」を先鋭的に描いているのに対し、従来のアナログなスカウティングをあまりにも悪役にしすぎている感もある。瑕疵がないわけではないが、それがこの映画の質を貶めるものではないと思う。僕は、この映画は「結局ダメだった」ではなく、「ここまでやったんだ」という捉え方をしたいと思う。持たざる者が持っている者に勝つためにはこういうやり方しかなかったと言うことだろうし、それは確かに一定の成果を上げたのだ。その中で、従来のスカウティングでは戦力外となってしまう選手たちにも活躍の場が与えられている。作中での彼らの活躍は、従来の指標では脱落者となってしまう負け犬たちの復讐と再生の物語だと思う。逆境にある「持たざる者たち」が知恵を駆使して強大な敵に挑むヒロイズム。ここまで言うとカッコよすぎるかもしれないが、それはメジャーリーグに限らず、あらゆるスポーツ、もしくはスポーツに限らず、様々な局面に置き換えることができるのではないかと思う。プロ野球ファンで、贔屓チームがある人は自分の好きなチームに置き換えてながら見るといいと思う。広島カープ日本ハムなど、FAで選手が出て行くばかりのチームのファンは大きく共感できるのではないだろうか。
 もっと言えば、世の中の大半は(僕も含めて)持たざる者がほとんどだ。原作のタイトルになぞらえて言えば、人生というのはそれそのものが「不公平なゲーム」に他ならない。その中で常識を覆す戦い方で勝利を求める劇中のビーンの姿は、多くの人々に勇気を与えるのではないかと思う。

マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男

マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男