無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

山の下の達郎。

山下達郎  Performance 2011-2012
■2011/01/08@松山市民会館
 2008年に山下達郎がコンサートツアー復帰を果たして以降、とりあえず行けるものには行っておこう、と心に決めた。この素晴らしいパフォーマンスを目に焼き付け、出来るだけ書き記そうと決めた。今回のツアーは序盤、11月に神戸で見て、この松山、そして4月には札幌で合計3回見る予定。さて松山。約7ヶ月間続くツアーの中盤に差し掛かろうかというところ。前回は始まったばかりと言うこともあっていくつかトラブルもあったが、だいぶこなれているのではないかと期待して見に行った。達郎氏曰く、松山でライブを行うのは実に13年ぶりのことだそうだ。「Performance 98-99」、つまりアルバム『COZY』時のツアー以来ということになる。四国であれば必ず来ているのでは、と思っていたのでちょっと意外だった。会場の松山市民会館大ホールはキャパ1800人。松山市内にはもうひとつ「ひめぎんホール」という大きなホールがあるのだけど、そちらに比べると小さくて古い。けれどサイズ的には山下達郎が好みそうなホールではある。
 「希望という名の光」のコーラスが流れ、メンバーが登場すると、大きな拍手。そしてちょっと遅れて達郎氏が現れると、一際大きな拍手が。その歓声が鳴り止まぬうちに、「BIG WAVE」のイントロがスタートする。前半のセットは神戸で見たときと変わりない。2曲目の「SPARKLE」。この曲のイントロは30年前に発表されたレコードと今でも全く同じ音が出る、これこそが達郎氏の音楽の普遍性を象徴している音だ、ということを僕は今まで何度もこのブログで書いてきた。しかし、この日の演奏を聴いてやはり変わってきているな、と感じた。もちろん、音の根幹は変わらないわけだが、ドラムと、今回はサックスも当時とは違うメンバーになっているわけで、違ってくるのは当然ではある。それは悪い変化ではなく、バンドのグルーヴとしてこのメンバーでのベストを模索していった結果なのだろう。それはいいことだと思う。まあ、達郎氏のあのテレキャスのカッティングさえあれば、それでいいという乱暴な結論もあるのだけど。
 13年ぶりの松山、そして2012年の初ライブと言うことでちょっとお祝い的なムードのMC。と、達郎氏が話している時にいきなりホールの外から非常ベル?の音が。「このホールは昔からいろんなことがあるんですよ(笑)」と動じない。今日初めて山下達郎のライブを見に来たという人は?と聞くと、結構な数の手が挙がる。「意外といますね」と達郎氏。このやりとりがライブ中盤の構成に影響してくることになる。今回のツアーを通じて、達郎氏のMCネタのテーマのひとつが「シャレ」である。最近の風潮として、冗談やリップサービスのつもりで何かちょっと周りを揶揄したり攻撃的なことを言ったりすると、すぐに真に受けてあーだこーだ言い出す輩が多いという。「シャレの通じない」世の中になってきていると。アルバムプロモーションの一環で「100の質問」というのに答えたのだが、こんな質問があったそうだ。「うどんとそば、どちら派ですか?」達郎氏は東京の人間なので「そばに決まってる。うどんなんてのは具合が悪い時に食うもんだ。」みたいなことを言ったら、某うどん県の住人の方から「うどんを冒涜している云々」みたいなクレームが入ったそうだ(笑)。「シャレですよ、シャレ」と、達郎氏は何度も笑いを誘うのだ。因みにこの松山公演の翌日は、そのうどん県は高松でのライブがある。このネタは果たしてウケたのだろうか。
 前述の通り、この日は達郎氏のライブ初めてというお客さんがそれなりに多かった。アカペラコーナーでは、前回は最初に「Don't Ask Me〜」をやって、それはラジカセを使った趣向を凝らしたものだった。でも最初にそれをやると面白さが伝わらないのでオーソドックスな一人アカペラをまず披露しましょうということで、「バラ色の人生」を演奏。その後に「Don't Ask Me〜」という流れだった。クリスマスも過ぎ、年もあけたということでアカペラコーナーの選曲は若干変わっていた。「希望という名の光」はやはり特別な演奏。コンサート全体を見ればいつも通りのMCで笑わせ、素晴らしい演奏を聞かせるという山下達郎のコンサートなのだけど、この曲があるがゆえに今回のツアーはひとつ違った意味を持っていると思う。『Ray of Hope』というアルバムもそうだったように、人の心の内を丁寧に掬い取るような、そういう温かさと包容力がこの曲にはある。ウディ・ガスリーの「This land is your land」、「蒼茫」などを間奏部分に交えた演奏は震災後の日本に対する癒しとエールである。もちろん、原発を始め、震災後の政治家の対応などに達郎氏自身怒りがないわけではない。MCではそういうことも言っていた。しかし、彼はその怒りを音楽で表すことは決してしない。彼は音楽の力を知っている。音楽の限界も知っている。音楽で世の中は変えられない。しかし、目の前にいる、自分の音楽を愛してくれている人に寄り添うことはできる。自分がなぜ音楽をやっているのか、音楽には何が出来るのか。そういう命題と真剣に向き合ったからこそ生まれる、真摯で感動的な名演だと思う。
 前回の感想で書かなかった「LET'S DANCE BABY」のクラッカーにまつわる話。以前、客席でクラッカーを鳴らすということを知らされていなかった会場で、スタッフが始末書を書かされ、以後その会場が使用禁止になったことがあったそうだ。その後、その会場がある市の市長が、達郎氏の友人と高校の同級生だったということがわかり、トップダウンで先方から詫びを入れてきたのだそうだ。結果、その出禁だった会場は無事に今回のツアーに入っているそうで。色んなことがあるものです。今年計画しているライブハウスツアーのことにも言及。松山で有名なライブハウスといえばどこ?と聞くとすぐさま「サロンキティ!」と客席から声が。300〜500人クラスの会場で山下達郎が見れるとなれば超プラチナチケットになることは確実・・・でも行きたい。札幌ならペニーレーンだろうか。
 神戸で見たときと同じく、メンバーそれぞれの高いミュージシャンシップとプロフェッショナリズム、そして達郎氏の優しさと愛に満ちた素晴らしいコンサートだった。その日その日で各メンバーの体調や演奏の調子、PAの音響など様々なアップダウンはあるだろうけど、毎回高いレベルのライブをやっていると言うことが良くわかる。山下達郎にどういうイメージを持つかは人それぞれだろうけど、スタジオにこもって細部にこだわりレコーディングを行うポップ職人、的なイメージを持っている人にこそ、彼のライブに足を運んでもらいたい。それはそれで間違いではないが、山下達郎という人は同時に最高のライブアーティストでもあるのだ。ツアー終盤の札幌も楽しみだ。

■SET LIST
1.BIG WAVE
2.SPARKLE
3.DONUT SONG
4.素敵な午後
5.僕らの夏の夢
6.プロポーズ
7.SOLID SLIDER
8.俺の空
9.雨は手のひらにいっぱい
10.バラ色の人生
11.DON’T ASK ME TO BE LONELY
12.おやすみロージー
13.WHEN YOU WISH UPON A STAR
14.クリスマス・イヴ
15.希望という名の光
16.さよなら夏の日
17.今日はなんだか
18.LET'S DANCE BABY
19.高気圧ガール
20.アトムの子
<アンコール>
21.街物語
22.RIDE ON TIME
23.恋のブギウギトレイン
24.YOUR EYES