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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

誰がために彼女たちは輝く。

■Documentary of AKB48 Show must go on〜少女たちは傷つきながら、夢を見る〜
■企画:秋元康 監督:高橋栄樹
映画『AKB48ドキュメンタリー第2弾』公式サイト
 AKB48の2011年の活動を追ったドキュメンタリー映画。監督は90年代から数多くのミュージックビデオを監督し、AKBのPVも担当した経験のある高橋栄樹。最初に言っておくと、僕自身はAKBのファンではないし、特に推しメンもいない。ただ、総体としてのアイドル論には非常に興味があるし、日本のアイドルの現トップとしてのAKBにも当然、興味がある。という立場である。結論から言うと、非常に面白く、また興味深い映画だった。
 映画は、AKBの1年間に密着したカメラの映像とメンバー個々のインタビューシーンで構成され、いくつかのテーマが同時進行的に進んでいく。「東日本大震災」「総選挙」「西武ドーム公演」「チーム4」。最も興味深かったのはやはり「総選挙」である。そして、それを受けての「西武ドーム公演」裏側。ご存知の通り、総選挙では前年1位の大島優子を退け、前田敦子が1位に返り咲いた。メディアでは前田敦子の「私のことは嫌いでも・・・」というセリフばかりが流れていたが、そもそも問題はどうしてそんなセリフが出てきたのか。一番人気があるという結果になったばかりの人間から真逆の言葉が出てきたのはなぜか、ということだ。前田敦子というのはセンターでい続け、またその座を追われたことでその重さを最も身をもって知っている人間である。前田敦子は本作中、後から撮られたインタビューシーンを除いては基本的に挙動不審でヤバイ状態である。精神的に追い詰められているとしか言いようがない。総選挙の時も、発表が進むにつれ明らかに様子がおかしくなり、過呼吸になっている。発表後のステージ裏では前田を高橋みなみが抱きしめてこう言う。「辛かったな。知ってる。」そう、センターは辛いのだ。矢面に立たされ、常にスポットライトを浴び、同時に理不尽な批判・中傷も受ける。
 ジャンケン選抜の際、優勝した篠田麻里子と対戦した峯岸みなみはこう回想する。「一瞬、よぎっちゃったんですよ。センターになるの嫌だなって…」自分がセンターになってシングルの連続ミリオンが途切れたらどうしよう。プレッシャーに耐えられるだろうか。そういう思いが頭をよぎったという。優勝した篠田麻里子は逆に、凛として言うのだ。「センターになることは、何も怖くない」AKBのセンターになるというのはどういうことなのか。もちろん、AKBのメンバーである限り、それは一つの夢であり憧れであるはずだろう。と同時に、そこに課せられた鎖はあまりにも重い。その重さは、前田敦子を近くで見ているメンバーほどよくわかっているのだろう。
 阿鼻叫喚の戦争状態と化した西武ドーム公演の裏側。彼女たちの責任というよりも、あまりにも杜撰な裏方の進行が彼女たちに要らぬ負担をかけていたとしか見えないのだが、その中でも前田の苦悩は続く。公演前から過呼吸で倒れ、出演すら危ぶまれる。センターに返り咲き、初のシングル「フライングゲット」。その初披露の場にセンターの自分がいないわけにはいかない。肉体的にも精神的にもボロボロでまともにしゃべることもできない状態でステージに立ち、周りが彼女を必死でサポートする。MCをつなぐ大島優子の影で、高橋みなみは前田の横について深呼吸をさせ、落ち着かせようとする。しかしその直前、彼女らを送り出した裏でスタッフのこんなつぶやきがマイクに拾われているのだ。「たかみなヤバイですよ。倒れますよ。」
 キラキラと輝くスポットライトの影で、彼女たちはどれほどの苦悩と戦っているのか。そもそもそれは、戦うべきものなのか。AKBのドラマとはつまり、大人たちが勝手に用意したバトルフィールドに不用意に投げ出された少女たちがもがき苦しむ様を見ていることではないのか。あの総選挙とはつまりそういう事だ。彼女たちが運命に翻弄され、苦悩する姿をファンはエンターテインメントとして享受している。このドキュメンタリーは語弊を恐れずに言えばそうした非人道的で捻じれた構造を克明に記している。AKBというのは極端な場だと思うが、日本におけるアイドルというのは大なり小なり同じ構造の中で成立しているものだと思う。表に出てくるアイドルの笑顔が彼女らの全てだなどと、今の世の中誰も信じてはいないだろう。ただ、それを正面きってアイドルの側からバラしてしまうというのは画期的なことだと思う。一歩間違えば「アイドル」としての彼女らの基盤が崩れかねないほど際どい内容だとも思う(チーム4、大場美奈の謹慎についても避けることなく収録している)。
 本作からは秋元康がAKBの何を商品として切り売りしようとしているのかが透けて見える。それは、ちょっと空恐ろしいもののような気がする。もっとドロドロしたものがこの先にあるのだと思えてしょうがない。僕のような一般人はそこに触れない方がいいのだろう。つかず離れず外から見て、面白いと思った時だけ盛り上がれればそれでいいのだと思う。ただ、本作を見た後、無邪気に盛り上がれるだろうか。そんな気にすらなる。大きな楔を打ち込まれたような、一種の問題作だと思う。