無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

「マニアック」な理由。

山下達郎 Maniac Tour ~ PERFORMANCE 2014
■2014/08/13@ニトリ文化ホール

 「今回初めて山下達郎のライヴに来たという方は、運が悪かったと思ってあきらめて下さい。」
 山下達郎、2年ぶりのツアーは「マニアック・ツアー」と題された。その名の通り、しばらくライブで演奏していないマニアックな曲だけを集めてセットを構成するという、キャリアの長い人でないとできないような企画である。どんなアーティストにもライヴの定番曲というものはある。アルバムのプロモーションツアーだろうがフェスの短いセットだろうが、必ず演奏するような曲。とりあえずこれやれば絶対盛り上がるような曲。そうした曲を、達郎氏はこのツアーでは一切やらない、という(正確には本編で、ということで、アンコールでは多少やるわけだが)。ずいぶんと思い切ったことを考えたものだと思う。ただ、ライヴで演奏されようがされてなかろうが、おそらく彼にとって曲は自分の子供のようなもので、しばらく陽の目を見ていなかった曲にスポットライトを当ててやりたいと言う親心のようなものがあったのかもしれない。あと、彼自身もMCで言っていたが、こういう無茶な企画ができるのも今現在バンドメンバーが固定されてコンスタントにツアーができているのが大きいのだろう。今度いつツアーがやれるのかわからないような状態であれば、どうしても観客が聞きたい曲を優先してやらざるを得ない。そうすると毎回似たりよったりなセットになってしまう。今はツアーが毎年のようにできているので、たまにはこういうのもいいでしょうということだ。というわけで、冒頭の発言につながるのである。今回セットに入ってる曲は、最長で34年、一番最近演奏した曲でも12年の間が開いてるとのこと。12年前ということは、RCA/AIRレーベル時代の曲だけでやった再発記念ツアー(2002年)以来ということだろう。
 工事現場の路地裏のようなイメージのステージセットに、メンバーが登場する。1曲目は『IT’S A POPPIN’ TIME』から「SPACE CRUSH」。いきなりとてつもなくカッコいい。「あまく危険な香り」をはさんで「雨の女王」「PINK SHADOW」と続く。序盤は『IT’S A POPPIN’ TIME』のような、70年代後半の彼のライヴの雰囲気を感じさせるような展開だった。札幌はまだツアーの序盤だったのだけど、「ここまでのところどこでも割と温かい拍手がいただけて良かった」と達郎氏。「でも、ソロ初期のツアーはヒット曲なんて全くない中やってたんだから、それ考えたら同じだよね」的に当時の状況を自虐的に語っていた。後でも触れるが、売れてない時期に対する達郎氏の怨念は非常に根深い。

 「THE WAR SONG」は、当時の中曽根康弘首相の「不沈空母発言」を受けて、冷戦まっ只中の不安定な世界情勢の中、一体いつまでこういう時代が続くのだろう、という諦観を持って書いたと達郎氏は言っていた。この曲が歌われる必要のない時代が来れば、と言う期待を持っていたが、30年経ってむしろ状況は悪くなっていると。マニアック・ツアーでこの曲を入れたのは、今この曲を歌わなくてはいけない、という彼なりの危機感、使命感のようなものだったのかもしれない。彼の歌声には諦観の向こうに静かな怒りが見えていた。ひとりアカペラコーナーも普段とは違う選曲だった。アカペラ曲も、長くツアーをやっているとどうしても選曲に偏りが出てしまうそうだ。アカペラコーナーで普段選ばない曲の理由のひとつには「イントロが無く、いきなり歌い出しのもの」があると言う。バックのハーモニーはテープで出すが、イントロが無いとタイミングがずれてしまうのだ。「Make It Easy~」もそのタイプの曲なのだけど、今回はマニアックツアーということでイントロにカウントの同期を追加して特別に演奏していた。「セールスマンズ・ロンリネス」は達郎氏がマニアックツアーで絶対にやりたかった曲のひとつなのだそうだ。今回演奏されているような曲がなぜこれほど長い間演奏されていなかったのかというと、90年代に様々な事情でなかなかアルバムが作れず、ツアーもほとんどできない状況にあったのが大きな理由のひとつだ。そう思うと、2010年代の今、達郎氏がコンスタントにツアーを行えているのは彼にとってもファンにとっても幸せなことである。
 「夏の陽」のアウトロでは「君は天然色」のフレーズが織り込まれた。この瞬間、会場に湧き上がった感性とどよめき、そして徐々に大きな拍手が広がっていきホールを包み込んでいく感動的なシーン。彼なりの、彼にしかできない、大瀧詠一氏への追悼。氏の急逝には誰にも慮れないほどの思いが達郎氏にもあったはずで、それがあのアウトロに集約されていると思うと涙なしに聞くことはできなかった。この場面はエモーショナルな意味で今回のクライマックスだったと思う。「R&R、ファンク系の曲で33,34年やってない曲が2つあった」とのことで、本編クライマックスは「SILENT SCREAMER」と「HOT SHOT」。カッコいい曲だし、ファンの人気も高いはずなのだけどなぜそんなに演奏されなかったのだろう。達郎氏曰く、「当時はドサ周りのような形で貧乏ツアーを行っていて、地方ではロクに空調も無いような安いビジネスホテルに泊まるしかなかった。シャワーのお湯で湯気を出して部屋が乾燥しないようにしたりして、そんな惨めな時代の記憶が蘇ってくるからかも」と氏は言っていた。冗談めかして言ってはいるが、達郎氏のこの「売れなかった時代」への恨みつらみは非常に根深い。20代半ばまでの若い達郎氏は「いつか見てろよ」という野心をもってこの時期を過ごしてきたに違いない。そして現在に至ってもこうした発言をするのである。この執念こそが彼のロックンロールの原点なのであり、つくづく敵に回したくないタイプの人だと思う。本編はソロ初期ライブのラスト定番だった「CIRCUS TOWN」で幕。
 アンコールはマニアックからは外れ、所謂定番曲を織り込んで展開する。SNSやブログでのネタバレ的な書き込みには念を押してやめるように注意する達郎氏だが、クラッカーを持ってきてOK、ということは書いてもいいですと言っていた。「LET’S DANCE BABY」間奏のメドレーは大瀧詠一曲特集。そこから「ココナツ・ホリデイ」の流れは見事であり、また笑顔とともに涙がこぼれる様な趣向。達郎氏は今回のMCで特に大瀧詠一氏について細かくは語らなかった。思い出話をこんこんと語るより、音楽で伝え、悼むということなのだろう。達郎氏らしい追悼であると思うし、その方が大瀧氏も喜んでいるのではないだろうか。「夏の陽」の時とは違い、この「ココナツ・ホリデイ」は通夜のときに酒を飲みながら故人の話をして笑っているような雰囲気があった。
 達郎氏曰く、このマニアックツアーの選曲を行うにあたって「所謂「ウォール・オブ・サウンド」的なアレンジで音が分厚いもの(例えば「ヘロン」など)、ギターを弾きながら歌えないもの」は除外したそうだ。打ち込みで、同期を使用せざるを得ないものも全部ボツにしたとのこと。つまり、演奏をバンドアンサンブルで再現できる曲でセットを構成したということだろう。あと、キーの設定を誤った曲(音が高すぎる曲)も避けたらしい。「この年になってキーを下げて歌うと『あいつも衰えて歌えなくなった』と言われる。それが悔しいので」らしい(笑)。「マニアック(=狂気の)」とはよく言ったもので、このツアーは選曲がレアなだけではない。選曲、演奏にあたっての達郎氏の偏執狂的なこだわりや矜持こそがまさにマニアックなのであり、それをより強く感じさせてくれるツアーだったと言えると思う。来年はシュガーベイブから数えてデビュー40周年にあたる。今回のマニアックツアーとは違い、お祭り的に盛り上がる企画やツアーを考えているとのこと。楽しみに待ちたい。

■SET LIST
1.SPACE CRUSH
2.あまく危険な香り
3.雨の女王
4.PINK SHADOW
5.MUSIC BOOK
6.POCKET MUSIC
7.ONLY WITH YOU
8.世界の果てまで
9.THE WAR SONG
10.MAKE IT EASY ON YOURSELF
11.AMAPOLA
12.I LOVE YOU…Partt II
13.シャンプー
14.SALESMAN’S LONELINESS
15.いつか
16.夏の陽
17.CANDY
18.SILENT SREAMER
19.HOT SHOT
20.CIRCUS TOWN
<アンコール>
21.THE THEME FROM BIG WAVE
22.LET’S DANCE BABY
23.ココナツ・ホリデイ
24.SPARKLE
25.YOUR EYES