無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2015年・私的ベスト10~音楽編(1)~

 2016年ももう1ヶ月が過ぎようというのに、今更こんな記事をアップしていいのかという気もしますが、すでに即時性をとうの昔に捨てているブログです。個人の忘備録として残す意味で書かせていただきます。

■10位:共鳴 / チャットモンチー

共鳴(初回生産限定盤)(DVD付)

共鳴(初回生産限定盤)(DVD付)

 本作についてはブログでも記事を書いたのでそちらもどうぞ。
magro.hatenablog.com
 3人→2人→4人×2編成という、ここ数年のチャットモンチーの変遷から、彼女らの姿が見えにくくなってしまった人もいるかもしれない。けれど、2人で作った前作も新編成での今作も、チャットモンチーの本質というのをあぶり出し、再確認するという意味では共通していたと思う。橋本と福岡の2人さえいれば、チャットモンチーの核はぶれない。その上で、キャリア上最もプロフェッショナルに作られた今作はなぜチャットモンチーが唯一無二のバンドなのかをしっかりと見せている。あと10年、20年位したら彼女らは少年ナイフのようなバンドになってるんじゃないだろうか。


■9位:The Magic Whip / Blur

ザ・マジック・ウィップ

ザ・マジック・ウィップ

 まさか2015年になってブラーの新作が聞けるとは思わなかった。前作『シンク・タンク』は2003年で、その夏のサマーソニックでライヴも見たのだけど、その時にはグレアム・コクソンはいなかった。オリジナル・ラインナップが復活しての新作であることに意味がある。音楽的にもこの12年間でデーモンとグレアムが各々追及してきた方向性が垣間見える。ゴリラズでのヒップホップサウンド、デーモンのソロでのアフリカや中南米へのアプローチ、グレアムのソロでのエレクトリック・フォーク的な手法。それらをエッセンスとして現在のブラーとしてまとめている。かつてのブラーの名盤と比較してもそれは詮無いこと。色々経験して年を経て、また道を同じくするというストーリーが僕は好きなのだ。生きてればいろいろあるものです。

Blur - Lonesome Street (Official Video)


■8位:葡萄 / サザンオールスターズ

 サザンオールスターズの本質は大衆芸能であるということだと思っている。簡単に言うと下世話であるということ。NHKのドキュメンタリーではなく、民放のワイドショーでなくてはいけない。しかし、彼らを称して国民的バンドと持ち上げる風潮がそれを邪魔する。桑田佳佑が60になった今でもステージで下ネタを連発するのはそこに抗おうとしているからではないだろうか。音楽的には、近年になく桑田のルーツのひとつである昭和歌謡テイストが前面に出ているのが好感。バラエティに富んでいながらサウンドプロダクトが散漫になっていないのはさすが。ジャケットは洋画家・岡田三郎助「あやめの衣」からの引用だが、これも上品さとエロさが共存するサザンの魅力をうまく伝えていると思う。


■7位:Chasing Yesterday / Noel Gallagher's High Flying Birds

チェイシング・イエスタデイ(初回生産限定盤)

チェイシング・イエスタデイ(初回生産限定盤)

 個人的には、このアルバムでオアシスの再結成は事実上なくなったんじゃないだろうかと思うくらい、音楽的に充実している。ライヴやツアーを重ねたことでバンドとしての一体感も増し、同時にサウンドの幅も広がった。ノエルがすごいのは自分の作るメロディを信じていることだ。ソングライターなんだから当たり前だろう、と思うかもしれないけど、心底信じきると言うのは難しいと思う。信じているから、どんなにシンプルでもそのまま出すことを恐れない。比べては何だが、シンプルなロックンロールバンドを標榜しながら曲としての魅力に乏しかったビーディ・アイとはそこが違う。Aメロとサビだけで充分、コードなんて3つあればいいだろう、という割り切り方ができる。逆説的だけど、バンド的でないアレンジもメロディーに対する信頼があるからこそ光っているのだ。

Noel Gallagher's High Flying Birds "In The Heat Of The Moment" (Official Video)


■6位:ジパング / 水曜日のカンパネラ

ジパング

ジパング

 音楽的にはヒップホップに分類されるのかもしれないけど、コムアイという人のキャラやユニット全体の打ち出し方含めてすごくポップであることを意識した戦略的なユニットだと思う。曲の持つ不思議な中毒性やMVの面白さなど、彼らを語る上で重要なファクターはいろいろあるけれど、一言でいうとあっけらかんとした無邪気さ、のようなものではないかと思う。大事なことは何も言っていない。けれど、引っかかる。本作はセールスも評価も彼らのキャリアの中でおおきなポイントとなるアルバムだと思う。
 しかし、気になるのは1曲目「シャクシャイン」。シャクシャインというのは17世紀、現在の北海道日高地方のアイヌの首長の名である。松前藩の交易独占や不平等貿易に対し、アイヌが蜂起したいわゆる「シャクシャインの戦い」の中心人物だ。この事件は北海道民であれば義務教育で地域の歴史として習うであろう重要な事件である。それでなくとも、アイヌの辿った歴史や、現在も残る差別は北海道においては避けて通れない、非常にナーバスな問題だ。この「シャクシャイン」という曲の歌詞は特にアイヌに関係したものではなく、ただ単に北海道の地名や特産物を列挙するもの。「余裕綽々シャクシャイン」と、リズムと語呂のよさ、北海道に関係した名詞ということで大した意味もなく付けたものだと思う。あっけらかんとした無邪気さがこのユニットの魅力、と先に書いたが、これはその無邪気さが悪いほうに出てしまっていると思う。無邪気を装い、無邪気に見えるようにするには見えないところでそれ以上に気を配らなくてはいけないはずだ。この曲に関してはちょっとそれが甘かったと思う。北海道民でも気にならないという人もいるだろうし、他の地域の人なら尚更そうだと思う。けど僕はどうしても看過できませんでした。

水曜日のカンパネラ『シャクシャイン』

(5位~1位に続きます)