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無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

誰からも愛された「38」に向けて

野球 雑記

 北海道日本ハムファイターズの背番号38、武田勝投手が本日、今季最終戦をもって現役引退しました。

 北海道移転後2年目の2005年ドラフトで入団した彼は、2006年の日本一をはじめ、移転後すべてのリーグ優勝を知る選手でした。中継ぎからキャリアをスタートし、先発になってからもその変則フォームから繰り出されるスライダー、チェンジアップを中心に打ち取る技巧派左腕。自身のコメントにもあるように、体も大きくなく(176cm・73kg)球速もない彼がプロで勝負するにはいかにボール球になる変化球に手を出させるかが重要でした。そしてそれは、全盛期でも130km/hそこそこのストレートを堂々とストライクゾーンに投げる勇気とコントロールがあってこそ成り立つものでした。そして130㎞/hの真っ直ぐに相手打者が詰まらされる場面を何度見たことか。その投球術は芸術と言っていいものだったと思います。
 少なくともこの10年、いや20年、彼以上にコントロールの良かった投手を僕は知りません。11年のキャリアを通算して出した四死球は226個。9回完投したとして何個の四死球を出すかを計算した与四死球率(奪三振率の四死球版ですね)は通算で1.64。ピークと言える2010年に限っては驚異の1.07。先発でマウンドに立てば、四死球を1個出すか出さないかということです。自然、彼の投げる試合はテンポが速くなる。全盛期の武田勝が7回、8回を投げる試合では21時前に試合終了することがザラでした。
 どんなピンチでも、点を取られてもポーカーフェイスで淡々と投げ続けた武田勝。その姿しか知らない他球団のファンには意外かもしれませんが、ヒーローインタビューでは飄々としたコメントで笑いを誘い、ローカル番組では被り物をし、全身タイツで海に飛び込むような男でした。「水曜どうでしょう」をこよなく愛し、その主題歌である「1/6の夢旅人2002」をずっと登場曲として使い続けた彼が北海道民から愛されたのは当然のことでした。引退セレモニーでも最後にヒーローインタビューを行い、オカリナを吹き出すなどドームを爆笑の渦に巻き込みました。

 その武田勝がユニフォームを脱ぎました。

 彼が積み上げた82勝は北海道移転後のファイターズにとってかけがえのない財産です。そして、彼のように体が大きくなく、球も速くない投手にとって勇気を与える存在だったでしょう。「真っ直ぐが遅くても勝てることを見せたかった。」と彼は言いました。その技術、投げる姿は今年共に2軍で戦った若手にもいい教科書であったことと思います。今後38番を誰が背負うことになるのかはわかりません。でも個人的には技巧派の左投手につけて欲しいと思います。

 武田勝投手、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございます。貴方の投げる姿を僕は絶対に忘れません。