無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2019年・私的ベスト10~映画編~

今年は昨年よりは多かったけれど、劇場で見た作品は40本程度でした。スガイディノスの閉館という悲しい出来事もあって見逃した作品も多かったです。あと僕は配信見てないので、Netflix限定作品とか取りこぼしてるのも痛いです。『アイリッシュマン』見てない人間のランキングと思って見てください。

10位『ROMA/ローマ』

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  • 発売日: 2020/06/03
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アルフォンソ・キュアロンによる、アカデミー賞監督賞を受賞した『ゼロ・グラビティ』以来の作品。Netflixで配信されながらアカデミー賞ノミネートされたことで話題になりましたが、基本これはやはり劇場の大画面で見るべき映画なんじゃないかと思いました。異常なくらい細かい部分までこだわって画面が作り込まれていると思います。撮影も兼任したキュアロンのアカデミー受賞にも納得です。劇場公開してくれたイオンシネマには感謝しかないですね。

1970年のメキシコを舞台に、ある裕福な家庭とそこで働くメイドの女性の生活が描かれます。一見何の変哲もないような日常が描かれているようで、実はそこには当時のメキシコの政治情勢や生活格差、女性差別などが入念に描かれているのです。その辺は画面を通しただけですべてを理解するのは難しいかもしれません。僕も町山智浩氏の解説を事前に聞いていなければ理解できなかっただろうと思います。

この家族はキュアロン監督の幼少時をモデルにしています。実際に、キュアロン家にはクレオのようなお手伝いさんがいたのだそうです。彼女が受けた差別や苦労など当時何も気づかなかった幼いキュアロンは、贖罪としてこの映画を撮ったのだといいます。

大きく心を揺さぶられるというよりも、見終わってからずっと何かが刺さっているような感覚になる映画でした。ストーリーやセリフではなく、映像そのもので状況を語り伏線を回収していく手際が実に見事でした。

9位『よこがお』

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深田晃司脚本・監督、筒井真理子主演によるヒューマンサスペンス映画。印象的にはノワール作品と言ってもいいかもしれません。ある誘拐事件をきっかけに、無実でありながら加害者として世間の目に晒され人生を一変させてしまった女性の物語です。

個人的にこういう映画は見ていていたたまれなくなってしまう所があって、あまり好んで見に行くことはないのですが、友人からチケットを譲り受けて見に行きました。結果として年間ベスト級の作品に出合えたので感謝です。

脚本の組立ても見事だと思うし、シーンひとつひとつにきちんとした演出意図や、後々気づくような仕掛けが随所にちりばめられているのですね。例えば主人公市子の着ている服の色や髪の色。それがラスト近くにどうなるか、というのがポイントになっていたり。こういう仕掛けは昔からあるし珍しいものではないかもしれませんが、ここまで計算して緻密にやっている人は日本映画ではあまりいないのじゃないかと思います。

そして市子を演じた主演の筒井真理子が、本当に素晴らしい。市子は40代くらいの設定だと思いますが、映画前半と妖艶な色気を放つ中盤、そして後半の一気に老け込んだような表情とが見事に演じ分けられていて、まさにこれは彼女のための映画だと思いました。筒井真理子さんは現在58歳とのことですが、全くそうは見えません。ポール・バーホーベン監督の『ELLE』で主演したイザベル・ユペールを思い出しました。

マスコミの報道姿勢だったり、現在の社会にある問題を扱ってはいてもそこにフォーカスしたメッセージ性の強い映画では決してない。リアリティを踏み外すことなく、人間の怖さや滑稽さを象徴するある種の寓話として描かれているのかな、と思いました。

8位『バイス

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  • 発売日: 2019/10/09
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アメリカ史上最強で最凶の副大統領」と呼ばれたディック・チェイニーを描いた伝記映画。監督は『マネー・ショート』のアダム・マッケイ。監督は『マネー・ショート』でも難しい金融用語などを第四の壁を壊すことで説明するような奇抜な演出を行ってましたが、本作でもその手法は活かされています。

そもそも、作品の語り手というか、ナレーターは誰なんだ?というのも本作のキモでしょう。このようなブラックユーモアが全編を支配しています。そして何よりも、そんな冗談のようなことが実際にあったのだという事実こそが最も笑えない冗談として見るものを襲ってくるのです。

主演のクリスチャン・ベール含め、ラムズフェルドを演じたスティーブ・カレル、息子ブッシュを演じたサム・ロックウェルのそっくりぶりも見ものです。個人的にはパウエル国務長官とライス大統領補佐官が似すぎてて驚きました。途中、どこまでが俳優の演技でどこまでが実際の映像なのかわからなくなるほどです。

後半は息子ブッシュの副大統領となり、9.11テロからイラク戦争へと舵を切る非常に重要な世界の転換点が描かれます。映画の冒頭に「チェイニーは秘密主義なので事実や取材をもとに予想で作った」ということが出てきますが、実際にこれに近いことが行われていたのだろう、という説得力が圧倒的です。

トランプ以降の世界の分断やナショナリズムの台頭、中東情勢や移民問題など、現在の世界における様々な問題の一端はこの時期にチェイニーの策略によって生まれたものなのだ、という本作の主張は恐ろしささえ感じます。しかもそれは政治的な事情ではなく、石油利権のためなのですから。

この映画で描かれたことは昔話ではなく、今の世界に通じているんだということが最も重要なテーマなのでしょう。ラストのクレジットで釣り針が映し出されるのは、「美味しい餌につられるな」「騙されるな」という民衆に対するメッセージなのだと思います。

7位『愛がなんだ』

角田光代による原作小説は未読ですが、これは単なる恋愛ものではなく一人の女性が殻を破り解放されていく物語なんじゃないかと思いました。そういう意味では、同じく角田氏原作の『紙の月』(監督:吉田大八・主演:宮沢りえ)にも通じるテーマだと思います。

本作の劇中で常に周囲に流され、自分の意思を持たずに生きているようなテルコが声を荒げるのがナカハラに対して。ナカハラはテルコの友人である葉子に片思いしており、常に「都合のいい男」として存在しています。同じ境遇で鏡合わせのような存在としてシンパシーを感じていたナカハラから、「もう葉子さんを好きでいるのはやめる」と言われてテルコは激昂します。「見返りなんて求めてんじゃねえよ!」と。最初は単純に異性として好意を持って始まったのかもしれませんが、今やマモルを好きでいることそのものがテルコの存在意義であり、アイデンティティとなっていく。そこを否定しまうとテルコ自身の存在が崩れ落ちてしまうのです。だから何があってもテルコは絶対にマモルを好きでい続けるのです。

原作から改変されているというラストについては意見が分かれるかもしれません。ストーカー的だと恐怖心を抱く人もいるのではないかと思います。個人的にはそれよりもむしろ、テルコの至った境地は新興宗教とか、疑似科学とか地球平面説とかを信じる人たちの精神性に近いのかもしれないと思いました。いずれにしろ普通の恋愛ではないのでそういう観点から見ていても感情移入できないでしょう。好きとは何か、何かを好きでいる自分とは何なのかという哲学的なテーマを持った作品だと思います

6位『運び屋』

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87歳の老人がメキシコ麻薬カルテルの運び屋をやっていたという実話を元にしたクリント・イーストウッド監督の新作。「俳優業は引退」と言っていた御大が「この役は他人にやらせたくなかった」と俳優復帰。『グラン・トリノ』以来の監督兼主演作として話題になりました。

よぼよぼのおじいさんがコカイン何百キロも運んでるというプロットだけでも可笑しいわけです。予告編だとちょっとシリアスなドラマ風に演出されてましたが(もちろんそういう側面もあるわけですけど)、基本的にはコメディタッチで話が進みます。特に、運び屋家業を始めてしばらくはやっていることの犯罪性と画面で起きていることの暢気さがあまりにミスマッチでずっとニヤニヤしながら見ていました。

強面の麻薬売人たちとイーストウッドじいちゃんの対比も面白いし、何があっても動じないイーストウッドもとぼけてて面白いし、だんだん売人たちに好かれて受け入れられていく過程も楽しいです。「○回目」って感じで、運び屋仕事の回数がだんだん増えていくうちに車が豪華になったり仕事に慣れていくイーストウッドの姿がとてもいいのです。

もう一つの軸は主人公アールと家族の関係です。仕事に没頭するあまり家族を顧みてこなかった後悔が主人公にはずっとあるのですが、よく言われているようにこれはイーストウッド自身の人生を反映しています。そもそもモデルとなったレオ・シャープという人については私生活や詳しいことがわからなかったそうで、それならばということでイーストウッドは自身の人生を元にドラマを創作したそうです。溝ができている娘役に本当に自分の娘をキャスティングするとか、ほとんどリアリティ・ショーです。

愛弟子のブラッドリー・クーパーも俳優イーストウッドとの共演は初めて。出演者みんな、イーストウッドとの共演を楽しんでいるのが画面からも伝わってくるようです。本当に好きな作品です。

5位『グリーンブック』

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第91回アカデミー賞作品賞受賞作品。
1962年、黒人ピアニストのドン・シャーリーとイタリア系ボディーガード兼運転手のトニー・バレロンガが人種差別時代の南部をコンサートツアーで回るという実話をもとにした映画。トニーの実子であるニック・バレロンガが製作と脚本を務めています。

こういうバディ・ムービー、ロード・ムービーは大好物なので、個人的にはプロットを聞いただけでこれは面白い映画だと思いました。当初反発しあう二人が旅を通じて理解しあい友情を育んでいく。人種差別ものだし、LGBTの要素も入っているし、現代的なテーマの作品でありながら例えば『ムーンライト』のようにヘヴィーでリアルな物語ではありません。万人が見て感動できる文部省推薦タイプの作品と言っていいと思います。ただその分差別描写や暴力描写は若干抑え目(実際はもっとひどい場面もあったはず)で、アメリカ本国でも薄っぺらいという評価があったのはわかる気がします。(スパイク・リーが許せなかったのもそういうところなのでは)

ただ決して白人目線で都合のいい物語になっているわけではないし、バランスとして偏ってはいないと思います。細かいアイテムを使っての伏線や、二人の関係性の変化を巧みに見せる手法も見事。食事の場面がことごとくドラマと強く結びついているので、フード映画としても非常に優れていると思います。万人におススメできる映画。

4位『ブラック・クランズマン』

白人至上主義団体のKKKに黒人刑事が潜入捜査を行ったという実話を元にした映画。まずプロットだけで面白そうだし、スパイク・リー監督と聞いてさらに倍という感じだったけど、実際期待以上の面白さでした。

黒人が主人公で、やられる白人側が徹底的にマヌケに描かれているわけですが、そういう意味でも本作は実に正しい「ブラックスプロイテーション映画」なのだと思います。なので、実際の話では1970年代後半に起きた実話をブラックパワー全盛の1972年に舞台を移しているわけですね。時代設定を変えたことで実に痛快なブラックムービーになっていると思います。

こういう潜入モノのお決まりはバレるかバレないかというサスペンスですが、その辺もちゃんと抑えています。潜入する身代わり刑事を演じたアダム・ドライバーユダヤ人という設定も原作にはないものですが、これも大きなポイントでした(KKKユダヤ人も差別しているので)。主人公ロンを演じたジョン・デヴィッド・ワシントンはデンゼル・ワシントンの息子ですが初めて見ました。今後の活躍にも期待です。

そしてこの映画で最も重要なメッセージは本編終了後のパートにあると言っていいでしょう。トランプ大統領就任以降顕在化してきた差別と分断についてです。要は、1970年代を舞台に描いた寓話が「今も全く変わっていないどころか悪化している」ということを実際の映像を使って語っているのです

スパイク・リーをこの作品に向かわせたのは現在のアメリカに対する怒りなのだと思います。本編の冗談めかしたコメディタッチの描き方と、ラストのドキュメンタリーのシリアスさ。この対比が際立っているし、それこそがスパイク・リー監督のこれまでのキャリアを包括しているようにも見えました。

3位『アベンジャーズ/エンドゲーム』

『インフィニティ・ウォー』の続編であり、2008年の『アイアンマン』から22作に渡って作り上げてきたMCUという巨大なストーリーの大きな区切りとなる作品です。
同じ気持ちの人は多いと思いますが、正直一本の映画としてどうこうは言いたくないというか。この10年近くの自分の人生にも重なってくることなので。10年間の壮大なサーガにふさわしい区切りをつけてくれたことには本当に感謝しかありません。気持ち的には圧倒的に1位なのです。

3時間という、ハリウッドのブロックバスター映画としては今や考えにくい長さの映画ですが冗長さはほとんど感じません。大きく1時間ごとに場面や展開が変わる3幕構成になっていて、それぞれにきちんと物語の起伏や見せ場があるので。

1幕目は前作の続きで、生命の半分を失った世界とヒーローたちの喪失を描くシーン。しかしここがあまり陰鬱とせず、コメディ的なテンポで描かれるのが実にマーベルらしい。その主役はやはりソーでしょう。このコメディ展開は『マイティ・ソー/バトルロイヤル』のカラーに近いと思います。

2幕目はアントマンが復帰してからの所謂「タイム泥棒」編。これまでのMCU作品の振り返りも含めて、今までのファンへの目配せや大ネタ、仕掛けが満載です。タイム泥棒の理論についてはあまり深く考えない方がいいのでしょう。

3幕目は最後の大決戦。いよいよクライマックスです。最も興奮したのはやはり、キャップがムジョルニアを手にしたシーンです。泣きました。そしてラストですね。本当に大きな物語が終わったのだなと思う幕切れでした。

今までMCUが紡いできたのは迷い、悩み、葛藤しながらも自らを犠牲にし人々を救う人間臭いヒーローの姿です。それはつまりトニー・スタークとスティーブ・ロジャースの物語だったのだと思います。そういう形で決着がついてくれて、そして2人の人生にけじめがついてくれて本当に良かったと思います。

そして超長いエンドクレジットの後に間髪入れず『スパイダーマン/ファー・フロム・ホーム』の最新予告編が流れるわけですが。これがホントにグッとくるものだったんですよね。それぞれ単体の作品ではなくMCU全体の流れや世界観としてブレないものを作り続けてきたことは本当に感嘆するし畏敬の念すら感じます。ありがとうございました。

2位『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

この作品に関してはブログですでに書いているのでそちらで読んでいただければと思います。
本当に好きな映画です。タランティーノ作品の中でもトップクラスに好きです。
magro.hatenablog.com

1位『ジョーカー』

ハングオーバー!』シリーズなどで知られるトッド・フィリップス監督がバットマンにとって、そしてアメコミ史上最高のヴィランであるジョーカーの誕生を描いています。

ベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞というニュースは衝撃でしたが、確かにこれはアメコミ映画という枠を超えて普遍的なテーマを扱った重厚な作品だと思います。例えば是枝裕和監督の『万引き家族』やジョーダン・ピール監督の『アス』(これも年間ベスト10クラスの作品でした)などと同じテーマの作品なのでしょう。
そのテーマとはつまり現代的な格差社会の話だと思います。富める者はより富み、貧しいものはさらに貧しくなる社会の分断の中で主人公アーサーは狂気の一線を越えていくことになるのです。

心優しい主人公がこれでもかという悲惨な状況に落とし込まれていく様はかなりヘヴィーではあるけれど、単なる悲惨な話になっていません。笑えないユーモアのせいと、どこからが現実でどこまでが妄想の世界なのかを意図的にわかりづらい構造にしているためです。
主人公アーサーからしてがいわゆる「信用できない語り部」であり、画面で起こる物事が事実なのどうなのかがわかりにくいし、その構造は後半に行くにしたがってより強くなっていきます。個人的にはアーサーが「ジョーカー」になってからの話は全て夢か妄想なのではないかとすら思います(その前にアーサーの死を連想させる描写があるので)。

タクシードライバー」や「狼よさらば」など、70年代の様々な映画を下敷きにしつつ、実に多層的な物語になっています。正直、これがジョーカーの誕生物語として今後のスタンダードになるとは思わないし、今後シリーズとしてバットマン作品とリンクしていくとも考えにくいです。あくまでも現代的な社会問題をテーマにした映画で、アメコミは題材として使っただけというものなんじゃないかと思います。この映画が世界的にこれだけヒットしたのは普段アメコミ映画を見ない層が見に行ったからでしょう。多くの人たちにアピールする魅力とテーマがあったということなのだと思います。

以上です。
ちなみに、あと5本惜しくもベスト10に漏れた作品も紹介しておきます。明日ランキング考えたらこの辺が入ってきてもおかしくないくらいです。

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来年もいい映画に出合えますよう。