無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2019年・私的ベスト10~音楽編~

遅くなりました。2019年私的ベスト音楽編、アルバム10枚選んでます。
今の時代にアルバム単位で聞いて論ずるという行為が果たしてどこまで有効なのかとは思いますが、その価値があるだろうアルバムを自分なりに選んでみたつもりです。
特に順位はつけていませんが、リリース順というわけでもなく、その辺は何となくお察しください。

Cherish/Kirinji

Cherish

Cherish

  • KIRINJI
  • J-Pop
  • ¥2139

11月20日にリリースされたKirinjiの14作目。
前作『愛をあるだけ、すべて』では生演奏と打ち込みを絶妙にバランスさせ、ドレイクなど最新のヒップホップも取り込んでのサウンドメイキングを行っていました。
その方向性を推し進めた今作は堀込高樹がインタビューでも語っているようにはっきりと「サブスク時代に耐えるアルバム」を意識して制作されています。
1曲1曲パンチが利いていてそれぞれ聞かせどころがはっきりしているし、低温の響きが非常に強い。クラブミュージックとしても最前線の音になっていると思います。それでいてアルバム全体を通して聞くとちゃんとメッセージ性というか、ひとつ筋の通った意図が見えてくるのです。
堀込泰行が脱退した後のKirinjiはメロディーメイカーとしての魅力はもちろんですがそれ以上にサウンドクリエイターとしての側面が強調されてきたと思います。その最新形であり、究極まで来たかもと思えるアルバム。

KIRINJI - Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS

Originals/Prince

Originals

Originals

  • プリンス
  • ポップ
  • ¥1630

こういう年間ベスト的なセレクトの場合ベスト盤やコンピレーションは基本的に除外することにしているのですが本作はどうしても入れておきたいです。
プリンスが他のアーティストに提供した楽曲のオリジナル・バージョンを集めた編集盤で、全15曲中14曲が未発表音源。バングルス「マニック・マンデー」やシニード・オコナー「愛の哀しみ」などの大ヒット曲から、ザ・タイム、シーラ・E、アポロニア6、ヴァニティ6などプリンスがプロデュースしたアーティストへの提供曲が並んでいます。
単純にプリンスのオリジナル・デモがどうだったのかという興味以上に、重要なのは細かい年代も含めていつ録音されたものなのかということです。ほとんどの曲は80年代のものですが、80年代のプリンスは『1999』以前と以後、もしくはザ・レボリューション時代、以降のソロ期と活動も多岐に渡り、アルバムごとのカラーも作風もかなり違います。自身のどの作品を作っていた時に録音された音源なのかを読み解くことで80年代のプリンスがどのような活動をしていくのかが見えてくる構造になっていると思います。プリンスに関しては今後も未発表音源がリリースされると思うけど、聞くのが楽しみなような怖いような。

RIGHT HERE/脇田もなり

RIGHT HERE

RIGHT HERE

  • 脇田もなり
  • J-Pop
  • ¥2037

元Especiaの脇田もなり、3枚目のソロアルバム。
Especiaというアイドルグループも80年代のシティポップ的な曲を歌っていたグループですが、ソロデビュー以降の脇田もなりは意識的にその方向で優れたポップスをリリースし続けています。
はっきり言って、ソロデビュー作『I am ONLY』もセカンド『Ahead!』もメチャクチャ傑作です。シティポップが再評価されてる今の時代になぜ売れないのか、全く意味が解りません。本作『RIGHT HERE』もポップスとしての強度と彼女の透明なボーカルが堪能できるいいアルバムです。ONIGAWARA斉藤伸也やDorian、冗談伯爵の新井俊也ら作家陣の職人のような仕事もすばらしい。自分の今の好みにズバッとハマるアルバムなのは間違いないし、こういうアルバムに光が当たってほしいなあ、という意味も込めて選びました。

脇田もなり - エスパドリーユでつかまえて (Official Music Video)

Origin/Jordan Rakei

Origin

Origin

  • Jordan Rakei
  • R&B/ソウル
  • ¥1528

ロンドン出身のシンガー/トラックメイカーであるジョーダン・ラカイの3作目。
一昨年あたりからトム・ミッシュとかのソウル・ポップ系の音をよく聞くようになったのですが、その流れで出会ったアーティストです。
ソウルフルなんだけどどこか陰のある感じはいかにもイギリス的で、ちょっとジェームズ・ブレイクっぽい部分もありますね。基本的に歌を聞かせる人だと思うのですが自分でトラックも作るし、そして何よりも音の精度が高いというか。NONA REEVES西寺郷太氏言うところの「リズムの画素が細かい」音だと思います。聴いていて非常に気持ちいいし、ダンスミュージックとしても素晴らしいと思います。"Rolling Into One"は2019年ベストソングと言ってもいいくらい本当によく聴きました。

Jordan Rakei - 'Rolling into One'

So kakkoii宇宙/小沢健二

オリジナルアルバムとしては2006年の『Ecology of Everyday Life 毎日の環境学』以来、13年ぶりとなる新作。2010年にライブ復帰、2017年シングル「流動体について」をリリースして以降の新曲はほぼすべて収録されています。
2000年代以降の彼の活動(「うさぎ!」などの文筆活動も含めて)を語る上で避けて通れないのが現在の文明、もしくはグローバルな消費社会に対しての明確なNOだと思います。それは歌詞の中で、あるいはライブのMCの中で明確に示されています。それは時に哲学的だったり宗教的だったりもしますが、そういう受け止め方ができるのは『LIFE』の時を直に知っている世代だけなんではないだろうかという気もするのです。正直今の小沢健二を若い世代がどう見ているのか、僕にはよくわかりません。
本作は現代のポップスとしていいバランスで製作されていると思うし、小沢健二の哲学が明確に入っていながら聞き手を遠ざけない親密さがあると思います。彼のソウル色が強く出ているアレンジもすごく好きです。今の小沢健二が若い人にとって「楽しげに歌うちょっと歌の下手なオジサン」以上の存在であることを願っています。

小沢健二『彗星』MV Ozawa Kenji “Like a Comet”

IGOR/Tyler, The Creator

IGOR

IGOR

  • タイラー・ザ・クリエイター
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥1630

2019年はジ・インターネットのスティーブ・レイシーがソロデビューアルバムをリリースしたり(これも傑作でした)、Odd Future界隈が賑やかと思っていたらリーダーであるタイラー・ザ・クリエイターのソロ作がドロップされました。
自分は正直コンテンポラリーなヒップホップやR&Bに精通している人間ではないし、そもそも現在のヒップホップとソウル・R&Bの境目がよくわかりません(実際、区別がつきにくい作品やアーティストが多いと思います)。その中でサウンドクリエイター集団としてのOdd Future(特にジ・インターネットですが)はすごく興味があったわけですが。本作『IGOR』はもちろんヒップホップでありながら非常にソウル色が強く、聞きやすく、オシャレでありなおかつ美しい。タイラーがソウルミュージックを自分のフィルターを通して表現したようなアルバムだと思います。その中で山下達郎の「Fragile」がサンプリングされているというのはとても興味深い。日本のシティポップが海外で評価されていることの証左とも言えますが、このソウル色が強いアルバムで取り上げられたというのが重要な本質をついているんじゃないかと思います。

893.194/サカナクション

本作についてはブログでかなりの文字量で語ったのでそちらをご参照ください。
magro.hatenablog.com


サカナクション / 忘れられないの


thank u, next/Ariana Grande

アリアナ・グランデはすでにトップのR&Bシンガーとして人気を確立していたわけですが、本作でその存在は世代や偏見を超えて絶対的な女王としての位置を確立したような気がします。
タイトル曲や「7 rings」といった曲で現代的な強い女性像をはっきりと示し、ロールモデルとしての役割も十二分に果たしています。しかしそうした曲がことごとく彼女自身のプライベートから生み出されているという。
「Thank you, Next」についてはこんな記事を書いたりしてますので読んでみてください。
utaten.com

プライベートでの悲しい出来事、メディアやパパラッチによる執拗な取材攻撃、ネットでの罵詈雑言。もちろん彼女もそれをすべて受け入れ乗り越えたわけではないでしょうが、こうして曲にすることで彼女自身のセラピーにもなり、また多くの女性たちにも勇気を与える。そんなアンセムを連発した今年のアリアナは正直無敵でした。

thank u, next (clean music video)

THA BLUE HERBTHA BLUE HERB

THA BLUE HERB

THA BLUE HERB

北は札幌の地で20年以上に渡り独自のヒップホップを磨き続けてきたTHA BLUE HERB。その歩みを総括した集大成のような2枚組アルバム。全30曲のボリュームはトラックも歌詞の量もあまりに情報量が多く、一気に聞くと疲れてしまうかもしれません。聞き流すこともできず、BGMとして消費することもできない。真剣勝負の中聞き手も真正面から身構えて向き合わなければならないアルバムだと思います。
東京とは距離を置き札幌という街で自分たちの音楽を作り続けてきた圧倒的な自負と誇り。自分たちと同じように夢を持ち音楽を作っていた、そしてその夢が破れ去っていったかつての仲間たち。現在のヒップホップ、とりわけフリースタイルに対する想い。様々なテーマを圧倒的な筆力とライムで叙事詩のように描き出していくのです。
僕が彼らに出会ってからもすでに20年近く。このアルバムに向き合うことは自分のこの20年を振り返ることでもありました。「LOSER AND STILL CHAMPION」は涙なくしては聞けません。「人の一生そいつの作品なんだよ/俺のHIP HOPはあんたの何なの?」僕はこの先この言葉をずっと抱えて生きていくことになると思います。

When We All Fall Asleep, Where Do We Go?/Billie Eilish

昨今の女性アーティストの台頭という中でも、セクシャルな部分を強調するとかLIZZOのようにボディポジティブ的な方向で表現するとか様々なアーティストがいますが、ビリー・アイリッシュはそのどれにも当てはまりません。
歌詞では恋愛を歌っていたりもしますがルックスに関しては性的なイメージを意図的に遠ざけています。まさにジェネレーションZ、新世代のアーティストという感じがします。
内省的な曲を爆発的なエモーションで歌い上げるのではなくウィスパーボイスでささやく。そして兄フィニアスと作り上げたミニマルなビートはDIY的でありながらアリーナを熱狂させるキャッチーさとダイナミズムを持っている。矛盾するような要素を内包した世界が彼女のスケールの大きさを示していると思います。堂々とした佇まいはすでにスターの風格と貫録を感じさせます。最初に聞いた時、曲のホラー的イメージが映画『ヘレディタリー』を見た時の感覚に近いものを感じました。トータルで見ると2019年はビリー・アイリッシュの年だった、という気がします。

Billie Eilish - bad guy (with Justin Bieber) [Official Music Video]


以上です。
2020年はどんな音楽に出会えるでしょうか。楽しみです。