無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2020年・私的ベスト10~映画編~

10位:1917 命をかけた伝令

1917 命をかけた伝令 [Blu-ray]

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  • 発売日: 2021/03/03
  • メディア: Blu-ray

第1次世界大戦の激戦区であった西部戦線で、ドイツ軍の撤退に乗じて一気に攻め込もうとする連隊に対し「撤退は罠だから攻撃を中止せよ」との命令を託された2人の兵士の運命を描いています。

撮影監督であるロジャー・ディーキンスサム・メンデス監督が全編ほぼワンカットで描くということで話題になりました。確かにロジャー・ディーキンスの撮影は本当に素晴らしく、画面の構図、美しさにしてもカメラの移動にしても全てが計算され尽くしていて見ているだけでほれぼれしてしまう。アカデミー受賞は文句なしの納得です。

最初に塹壕を出て所謂ノーマンズ・ランドに出ていくときの緊張感や、ブレイクが敵の兵士に刺されてみるみる顔色が悪くなっていくところとか、夜の教会が燃えているシーンとか、そこからの「人がいるぞ…味方かな?いや、敵…?敵だー!!!」のところとか、印象的なシーンが本当に多々あります。

ラスト、砲弾飛び交う中での突撃隊を横切って走るシーンでは一人の兵士がぶつかって主人公がコケますが、あれはアクシデントらしいですね。そうならないように普通の映画の何倍も細かくリハーサルを繰り返したようですが、そういうことも起きる。そこが逆にリアルで非常に印象に残ります。

主人公二人の役者がそこまで知名度のあるスターではないこともあり、本作の主人公はロジャー・ディーキンスなのではないかという気がします。ワンカットで(見えるように)撮影することを優先するあまり、物語としての訴求があまりないのはいたしかたないのかもしれません。『マッドマックス怒りのデスロード』が「行って、帰って来る」話だとしたら本作は「行くだけ」の話ですからね。非常にシンプル。じゃあその中で第1次世界大戦、西部戦線という戦いの悲惨さや残酷さをきちんと描いていたのかと言われると、そこも微妙です。どこかおとぎ話的というか寓話チックなんですね。それだけ撮影が美しすぎるということでもあります。

9位:透明人間

透明人間 ブルーレイ+DVD [Blu-ray]

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  • 発売日: 2020/12/23
  • メディア: Blu-ray

本作の監督は『ソウ』の脚本や製作で知られるリー・ワネル。この人、脚本や製作ではずっと名前が出てましたが初監督は2015年でまだ監督としてはキャリアは浅いのですよね。

これまで散々映画史の中で使い古されたネタである「透明人間」ですから、映像表現としても物語としても新しい要素をどのように取り入れるのかが非常に難しいところだと思います。しかし本作は見事に現代版の最新作としてアップデートしてみせました。

これまでの「透明人間」はポール・ヴァーホーヴェン監督の『インビジブル』(2000)のように、進化したCGや映像技術を駆使して「透明人間をどうやって可視化するか」の歴史だったと言えるでしょう。対して本作の演出のキモは「何もないところに誰かが「いる」ように見せる」ということだと思います。

主人公が透明人間がいると思って追い詰められていくのと同様に、観客も「ここにいるんじゃないのか?」と疑心暗鬼になっていく。それを誘導するように単なる部屋の壁や角をさも意味ありげに撮る。お見事だと思います。

主人公が何を言っても信じてもらえなくて精神的に追い詰められていくという展開は『バニー・レークは行方不明』とか『フライト・プラン』に近いかも。後半、主人公が腹をくくってからの展開は『ゴーン・ガール』っぽさも感じました。

最近知ったんですがこの「相手がおかしいと思わせて追い詰める」という行為そのものを英語で”gaslighting”というらしいです。1940年の映画『ガス燈』に由来するそうで。そういう意味でもこれはまさに最新の"gaslighting"映画だと思います。

本作は透明人間という物語をメタファーに、現代の世界における女性の立場を表してもいるのだと思います。エリザベス・モスの演技は素晴らしく、彼女の表情、目力がなければ成立しえなかったでしょう。お見事でした。

8位:罪の声

罪の声 (講談社文庫)

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グリコ・森永事件をモチーフとした塩田武士のベストセラー小説「罪の声」を映画化。僕は小説は読んでませんが同作を原作としたマンガ版だけ見てました。

父親の遺品から出てきた昔のカセットテープ。そこに収録された自分の声がその昔世間を騒がせた「ギンガ・萬堂事件」の犯人が使った脅迫テープと全く同じものだった。この導入から一気に物語に引き込まれます。声の当事者である曽根(星野源)と事件の回顧企画のために「ギンガ・萬堂事件」の取材を行う新聞記者・阿久津(小栗旬)が事件の真相に迫っていきます。

「グリコ・森永事件」は犯人不明のまま時効を迎え、今もなお真相は不明のままです。この作品で描かれるのはあくまでも創作ですが、本当にこうだったんじゃないかという真実味があります。創作の中に当時の事件で本当にあったことや報道されていた事象が散りばめられているからでしょう。

主役二人の抑えた演技やフラットな演出がいいと思います。物語自体に力があるので余計な味付けをする必要がないのですね。クライマックス、小栗旬と宇崎竜童の対峙シーンも見ごたえ十分。宇崎竜童は出演シーンは短かったですが存在感ありました。

過剰な演出や説明台詞の多くなりがちな邦画の中では非常に上質な一本だと思います。

7位:ミッドサマー

ミッドサマー 豪華版2枚組 [Blu-ray]

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  • 発売日: 2020/09/09
  • メディア: Blu-ray

『ヘレディタリー』のアリ・アスター監督による待望の新作。

不幸な事故で家族を失ってしまったダニーは、彼氏であるクリスチャンやその友人たちとスウェーデンのある村に行き、90年に1度の夏至祭を体験しますが、その中で次々と不思議な事件が起こっていきます。

一言で言うと、非常に奇妙な映画でした(褒めてます)。

『ヘレディタリー』で真に逃れられない恐怖というものを感じた人間からすると、本作はそこまで恐怖を感じるものではありませんでした。
むしろダニーにとっては居場所が見つかり、真に解放されたという意味でハッピーエンドなのではないか?という気もします。

男子学生たちにとってはホラー体験なのでしょうが、ある種自業自得という面もありますし(それにしても殺されるほどではないと思いますが)。

異教の文化に受け入れられたダニーが最後に切り捨てるのが「クリスチャン」というのは非常に象徴的だと思いますし、アリ・アスター監督は細かいメタファーやた作品からの引用などを緻密に盛り込んでいく監督だと思うので、何度も見返して謎解きの様にパズルを解いていきたくなる作品でした。

あと、ダニーはどんどん受け入れられていくのにクリスチャンは隣のオッサンに意地悪されたりして精神的にも居場所がなくなっていきますね。「うわー、こういう感じイヤだなー」という同情ともちょっと違う、記憶の中にあるすごいイヤな感情を呼び起こされるような描写が多々あったり。登場人物だけでなく見る側もとことん追い詰めていく、アリ・アスター監督の手腕が実に見事だと思います(褒めてます)。

そういった陰湿な惨劇が牧歌的で美しい風景の中行われていくのが非常にシュールで、本作の魅力の一つですね。

途中、ホルガの文化や風習に主人公たちが戸惑う描写が多々ありますが、その風習がシュールであればあるほど「こういうの、昔ごっつええ感じのコントで見た気がする」と思ってしまい、何度も吹き出しそうになってしまったことを追記しておきます。

6位:悪人伝

悪人伝 [Blu-ray]

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  • 発売日: 2020/12/02
  • メディア: Blu-ray

マ・ドンソク主演のクライム・ムービー。正直私はあまり韓国映画を数多く見ない方なので、マ・ドンソクを知ったのも『新感染ファイナルエクスプレス』というマブリー初心者です。本作はハリウッドにも進出し世界的スターになりつつあるマ・ドンソクのための映画であり、彼をカッコよく見せることが目的の映画とも言えるでしょう。

マ・ドンソクが演じるのはヤクザ組織のボス。たまたま連続猟奇殺人犯のターゲットになってしまったことから独自に犯人を追いかけます。殺人犯を追うはぐれ者刑事と反目したり共闘しながら不思議な友情が生まれていくというバディ・ムービーでもあります。ということは相手役にはマ・ドンソクと並んでも引けを取らない存在感とオーラを持つ俳優が必要なわけですが、刑事役のキム・ムヨルは頑張っていたと思います。

映画の原題は"THE GANGSTER,THE COP,THE DEVIL"というもので、要は「ヤクザと刑事と悪魔」です。ヤクザと刑事の他、悪魔=連続殺人犯が三つ巴の争いを展開することが伺えるのですが、実はやはり主役はヤクザと刑事の2人。連続殺人犯役のキム・ソンギュも不気味は存在感を見せていますが、物語的にはヤクザと刑事の関係を演出するための一種の道具というか、いわゆるマクガフィン的な役割を果たしているという気がします。

アクションもだし、サスペンス的な展開や後半のどんでん返しなど、様々な要素を詰め込んだ幕の内弁当的娯楽映画という感じ。しかしその要素一つ一つを取り出してもとてもレベルが高い。韓国映画の力を感じさせるような一作だと思います。

5位:ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語

若草物語』をグレタ・ガーウィグが脚色・監督した作品。実は『若草物語』はきちんと原作を読んだことがなく、アニメでちょっと見た程度でしかありません。そんな自分のような人間でもこの映画は素晴らしいと思いました。

前作『レディ・バード』からガーウィグ監督自身の分身を演じたシアーシャ・ローナンが本作でも主人公である次女のジョーを演じています。作家を目指しているジョーは原作者オルコットの投影でもあります。

舞台は南北戦争が終わった直後なので、まだ女性が仕事をするということが一般的ではない時代。その中で、比較的先進的な考えを持った母親のもと4姉妹はそれぞれの幸せを探していきます。

かの時代における女性がいかに不自由で抑圧されていたか、自分の人生に選択肢が少なかったかをはっきりと描き出し、4姉妹の上の世代であるメリル・ストリープローラ・ダーンが対照的な存在でありながら彼女らに重要な示唆を与えていくのです。

父親が不在の中いつも笑顔で4姉妹を気にかけ育てていく母親のローラ・ダーンの「私はいつも怒っていたわ」という一言にはドキッとしました。長年の夫婦でもすれ違ってしまう理由を見た気がします。

劇中でジョーが自分たち姉妹の生い立ちを小説に書き上げ、それが『若草物語(Little Women)』であるというメタ構造になっているわけですが、その結末にも一工夫あります。

原作ではジョーはベア教授と出会い結婚するのですが、現実のオルコットは結婚しませんでした。オルコットがジョーの分身であれば結婚しないはずですが、この時代女性が結婚せずに終わる小説などあり得なかったのです。

ガーウィグ監督はオルコットの本当の想いを汲み上げた上で、一種のメタフィクショナルなやり方で実に見事な着地を見せています。

19世紀のアメリカを舞台にした『若草物語』を現代の女性を取り巻く状況にも通じるようにアップデートし、オルコットとガーウィグ自身の人生にも重なるような作品に仕立て上げたのです。アカデミー脚色賞を逃したのが信じられません。監督賞にもノミネートされてしかるべきだったと思います。

4位:アルプススタンドのはしの方

元は全国高校演劇大会で最優秀賞を獲得した演劇が原作。それを元にプロの劇団が公演作品として取り上げ、今回の映画はその舞台版の映画化ということになります。キャストの何人かは舞台版から継続して演じています。

あるハプニングにより高校演劇の大会出場をあきらめざるを得なくなった主人公・安田。同じく演劇部の田宮とともに、気が乗らないまま甲子園に出場した野球部の全校応援に参加します。たまたま元野球部ながら現在は退部して帰宅部の藤野とともに観戦することになります。ガリ勉で帰宅部の宮下も何となく一緒になり、最初はまったく乗り気じゃなかった彼らが徐々に応援に身が入っていき…というストーリー。

演劇が原作なので舞台は非常に限定されています。ほぼ、応援しているスタンドでの会話劇です。しかしその会話から彼らそれぞれが置かれた状況や悩み、お互いの関係などが徐々に浮き彫りになっていく過程が非常に巧い。

本来は応援になど来ないはずの宮下にもちゃんと来る理由があるし、吹奏楽部のリーダーとの関係ややり取りなど、「あるある、わかる」と思いながら非常に緊張感あるものでゾワゾワしてしまいます。

端役に至るまでそれぞれの態度や考えには一理あるし、作中には誰も本当の悪役はいません(この点は『ブックスマート』と共通するものを感じます)。まだ何者でもない高校生が自分の可能性を信じて動き出すのか、あきらめるのか。

信じた側の眩しさをねたんだだけでは何も始まらない。そんな経験のある人は登場人物の誰かに感情移入してしまうでしょう。『桐島、部活やめるってよ』に匹敵する、日本青春映画の新たな傑作と言っていいのではないかと思います。

監督の城定秀夫はこれまでポルノやVシネマも含め、100本以上の作品を撮った職人監督。間違いなく、彼のフィルモグラフィの中でも傑作として記憶されるものになると思います。

ただ、予算の関係上本物の甲子園で撮影ができるはずもなく、応援のスタンドはどこかの市民球場にしか見えない安っぽいもの。正直最初はそこが気になっていましたが、最後には関係なくなりました。それだけ脚本と演出、俳優陣の演技が優れていたということでしょう。

3位:ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー

女優であるオリヴィア・ワイルドが初めてメガホンを取った作品。

主役である2人の女子高校生、モリーとエイミーは成績優秀な大の親友同士。友達付き合いもせず、勉強に励んだ結果お互いにイェール大、コロンビア大に進路が決まったことを喜んでいる。しかし遊び惚けているとバカにしていた周りのクラスメートも同じように難関大学やIT企業に進路が決まっていると聞いた2人は「自分たちの高校生活は何だったのか?」と愕然としてしまいます。失われた高校生活を一気に取り返すべく、2人は卒業前のパーティーに乗り込むことを決意するのです。

あらすじだけでとても面白いと思った映画です。青春映画としてもシスターフッド映画としても、過去の傑作名作のエッセンスを取り込みつつ、2020年現在の視点をきっちり入れ込んでアップデートしていると思います。

2人の主人公、モリーとエイミーがとにかく魅力的。2人のやり取りを見ているだけで頬が緩みます。こういう映画の場合、周りのクラスメートは悪役として描かれることが多いと思います。本作でも最初は主人公たちに陰口を叩いたり陰湿でイヤな連中として出てきたりします。

しかし実際には彼女たちへの悪意があるわけではなく、要はどういう人間なのか理解していなかっただけなのです。それは主人公2人も同じ。よく知らないから勝手にこういう人間だと決めつけてしまう。ただ互いに無理解なだけで、純然たる悪役がいないという見ていてとても気持ちのいい映画でした。

登場人物たちは白人や黒人だけでなくアジア、ヒスパニック、ネイティブ・アメリカン系など様々です。LGBTの要素も当然入っている。それを理由にバカにしたり差別したりする描写が無いことも非常に現代的な作品だと思います。当然そこは制作側の狙いだったのでしょう。

そんな映画の中で繰り返されるギャグがしょうもない下ネタばかりというのも最高です。個人的には『ブレックファスト・クラブ』以降で最も好きな青春映画の一本となりました。

2位:フォードvsフェラーリ

1966年のル・マン24時間レースでのフォードとフェラーリの激闘と、そのために尽力した男たちの戦いを描いています。

大衆車を作っていたフォードがイメチェンのためにレースにも進出するが、そこには絶対王者フェラーリが君臨しています。フォードとフェラーリの間には買収にまつわる因縁もあり、フォード車のヘンリー・フォード2世は何が何でもフェラーリに勝つよう厳命を下すわけです。

そこで呼ばれたのがマット・デイモン演じるキャロル・シェルビー。シェルビー・コブラダッジ・バイパーなどの名車を生み出したカーデザイナーです。彼にテストレーサーとして指名されたのがケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)。歯に衣着せぬ物言いと短気な性格でトラブルも多いが、腕は確かな男です。この二人が協力したり反目したりしながら友情を深めつつ、GT40として知られるレーシングカーを開発していくわけです。

『フォードvsフェラーリ』というタイトルですが、主人公二人のレースカー開発を阻害するのはフェラーリではなく実はフォード社そのものです。敵は内部にいる。

大企業であるフォードは現場と決定権のある幹部への意思疎通に時間がかかり、時には権力争い等でいらぬ横槍が入ることもある。そしてフォードは大衆の求めるクリーンなイメージを重視するため、一匹狼でアウトローである主人公たちのような人間(特にケン・マイルズ)は煙たがられるのです。

そして様々な障害を乗り越えて、いよいよ運命の1966年ルマン24時間耐久レースがスタートするわけです。このレースシーンはほぼCGなしで実際に車を走らせて撮影されたそう。エンジン音、スピード感、そして地面すれすれに設置されたカメラの映像など、息もつかせぬ迫力とはまさにこのこと。その中にも様々なトラブルや妨害、男たちの口には出さない友情や尊敬の念など、美味しいドラマが凝縮されてます。

主役の2人は言うに及ばず、明確な悪役として描かれたフォード副社長レオ・ビープ役のジョシュ・ルーカス、会社側でありながら表情など微妙な演技で主人公たちを応援するリー・アイアコッカを演じたジョン・バーンサルなど脇役も好演。個人的にはマイルズを焚きつけたり見守ったりする奥さん役のカトリーナ・バルフがエロかわいくて良かったです。

弱いものが強いものに立ち向かうとか、権力による妨害をはねのけてアウトローたちが栄光をつかむとか、単に車がカッコいいとか、男の子が好きな要素がこれでもかと詰め込まれた作品なわけです。しかもそこに一度は挫折したオッサンたちのワンスアゲインストーリーが加味される。アラフィフのかつて男の子だった人間がこの映画を嫌いになれるわけがありません。

1位:パラサイト 半地下の家族

パラサイト 半地下の家族 [DVD]

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  • 発売日: 2020/07/22
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ポン・ジュノ監督による超エンターテインメント傑作(と、言いたい)。

韓国の半地下と呼ばれる住居に住む貧乏な4人家族が、様々な手を使って裕福な家庭に入り込んでいく。というのは前半の主なプロットで、そこから先はネタバレになるので何も言えません。

一つ言えるのは序盤のある種ケイパーもの的な、周到に作戦を練って実行していく感じとは全く違う方向に話が進んでいくことになるのです。このどこに行くのか全く分からない、あっと驚く展開は例えばジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』やフェデ・アルバレス監督の『ドント・ブリーズ』に近いものを感じました。

映画のテーマは「格差社会」であり、様々なところで語られているように今全世界的にこうしたテーマの映画が作られています。是枝裕和の『万引き家族』やジョーダン・ピールの『アス』などなど。『ジョーカー』だって舞台は現代ではないですが通底するテーマとしては同じだと思います。そういう社会的なテーマを扱い、映画の中に明確なメッセージも盛り込みながらあくまでも見ている時は極上のエンターテインメントとして楽しませてくれる。これがポン・ジュノ監督の手腕なんでしょう。

格差を描く映画で主人公たちが貧乏となると、裕福な家族は敵役になりそうなものですが実はそうではないのもポイントだと思います。裕福な一家は決して本作では悪役ではありません。しかし、彼らにとって「普通」の感覚の中に微妙な形で差別意識が入り込んでいる。それが現実なのだと言わんばかりに。その仕掛けとして映画では「臭い」を使っています。映画では観客にわからないはずのものを使い、きちんと伝わるように見せる演出はすごいと思いました。

地上と半地下、階段、ベッドの上と下など、登場人物たちの物理的な位置関係が立場や貧富、その場での人間関係などを見事に表しています。画面構成からセットの配置まで実に見事に計算されていると思いました。

完璧に面白い映画なのは間違いないのですが、さすがにアカデミー作品賞を獲るとまでは思いませんでした。時代が変わりましたね。


その他、数は少ない中良質な作品を多く見ることができました。ランキングに入れるか迷った作品はこのあたりです。

TENET テネット(字幕版)

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  • 発売日: 2020/12/16
  • メディア: Prime Video
WAVES/ウェイブス(字幕版)

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  • 発売日: 2020/09/25
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Mid90s [Blu-ray]

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  • 発売日: 2019/01/08
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ジュディ 虹の彼方に [Blu-ray]

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  • 発売日: 2020/09/02
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今年は新型コロナの影響で大作映画が軒並み公開延期になったり、配信のみになるなど映画界には大きな影響がありました。まだまだ収束の見込みが立たない中、2021年もこの流れは続くでしょうし、劇場公開と配信のバランスは大きく変革していくとも思います。

次回のアカデミー賞がどのようになるのかはまだわかりませんが、この先配信作品をスルーすることはさすがに厳しいという気がします。来年は少なくともNetflixに加入しておこうと思ってます。来年もいい映画にたくさん出会えますよう。