無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

「変わらないもの」への抵抗 ~『隔たる世界の2人』感想

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第93回アカデミー賞の短編映画賞を受賞した作品です。

黒人青年のカーターは恋人の部屋で目を覚まします。何気ない会話の後、彼女の部屋を出て帰宅しようとしますが、マンションを出たところで白人警官に声をかけられます。押し問答の末所持品検査を拒んだカーターは警官に押さえつけられ、「息ができない(I can't breathe)」という言葉とともに息絶えてしまいます。すると、カーターは再び恋人の部屋のベッドで目覚めるのです。

同じ時間を繰り返す、いわゆるタイムリープものです。主人公カーターは何度も白人警官によって殺され、またその前の時間に戻されます。

カーターはエリック・ガーナーやジョージ・フロイド、ブリオナ・テイラーなど、実際に白人警官の暴力の犠牲となった黒人たちと同じ殺され方をしていきます。

そして99回殺された後、100回目でカーターはある行動に出ます。その結果は…ネタバレになるので控えます。

タイムリープというSF的手法を用いていますが、これはまさに今アメリカで暮らす黒人が直面している現実なのだと思います。自分に非が無くても、何もしていなくても突然言いがかりをつけられて白人警官に殺されるかもしれない。そしてそんな現実から逃れることができない。

ということをこの映画は30分という短い時間で端的に描き切っています。タイトルはカーターと白人警官の関係を現したものですが、トランプ時代に露になったアメリカの分断を示しているものでもあると思います。

カーターは何度殺されても「自分は絶対に愛犬の待つ家に帰るんだ」と強く決意します。それはBLM運動に代表される、差別への抗議と同じだと思います。絶対にこの状況に屈しないという強い決意。それがこの映画が灯すわずかな希望ではないでしょうか。

カーターがイヤホンで聞いている曲もポイントです。1986年の大ヒット曲、ブルース・ホーンズビー&ザ・レインジの"The Way It Is"。黒人青年が聞くならヒップホップかR&Bの方が自然じゃないの?と思うかもしれません(カーターを演じるのはラッパーでもあるジョーイ・バッドアスですし)。そういう方はこの曲の歌詞を見てください。わざわざ主人公に白人バンドの曲を聴かせる意図がそこにあります。


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Well, they passed a law in '64
To give those who ain't got, a little more
But it only goes so far
'Cause the law don't change another's mind
When all it sees at the hiring time
Is the line on the color bar
But who knows


That's just the way it is
Some thing'll never change


(和訳)
1964年の法律は持たざる者を守るために作られた
でもそれはただ施行されただけ
法は人の心を変えるわけじゃない
人を雇うときはいつだって肌の色がついて回るものなんだ


そういうものなのさ
絶対に変わらないものはあるんだ

そしてこの"The Way It Is"はヒップホップの世界でも有名な曲にサンプリングされています。伝説的なラッパーである2Pacが没後1998年にリリースした"Changes"という曲です。


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歌詞を一部引用します。

We ain't ready, to see a black President, uhh
It ain't a secret don't conceal the fact
the penitentiary's packed, and it's filled with blacks
But some things will never change


(和訳)
俺達はまだブラックの大統領誕生を目にしていない
そんなの誰もが知ってることだろ、真実を隠すなよ
囚人で溢れかえった刑務所の大半がブラックなんだぜ
でも、絶対に変わらないものはあるんだ

原曲のフレーズを巧みに活かしつつ、変わらない差別の現状を訴える曲です。しかし、2021年の我々はすでにブラックのルーツを持つ大統領の出現を目の当たりにしています。絶対に変わらないものが変わる未来がある。少なくともそう信じて動き続けていくしかないのだと思います。