無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2022年・私的ベスト10~映画編(1)~

毎回この企画でしかブログを更新しない体になってしまいました。ご無沙汰しております。

今年はコロナ禍で行動制限があった中でも映画館には行っていたので前半はとてもいいペースで見ていたのですが、後半はいろいろ予定が詰まってしまい映画館に行く回数が減ってしまいました。結局は例年並みの本数かなと思います。

劇場で見逃した作品は何とか配信でと思ったのですがなかなかそれも追いつかず、見ておくべき作品をスルーしてしまった感は否めません。そんな中での個人的ベスト10です。

今年のキーワードをひとつ挙げるとするならば「当事者キャスティング」でしょうか。今後も当たり前のこととしてこの傾向は続くでしょうが、この点で注目される作品が多かった気がします。

第10位:シャドウ・イン・クラウド

第二次世界大戦を舞台にした戦争アクション映画。主演はクロエ・グレース・モレッツで、彼女のための映画と言っていいと思います。

主人公のモード(クロエ)は、重要な機密文書を運ぶ任務を負ったと言って爆撃機「フールズ・エランド号」に乗り込みます。しかし周りの乗組員たち(全員男)は彼女のことを信じず、セクハラや差別的な言葉を投げられた挙句下部銃塔に押し込められます。

物語の前半はほぼ、この銃塔の中でクロエが一人もがく姿を描いています。前半の限定された空間での画作りを見てもわかるように、低予算で作られた作品です。

物語は後半大きく転換しモンスターとのバトルになります。モンスターの出し方もハリウッド大作のようにはいきません。しかしクライマックスではきちんとそれなりのCGを使用し、それほどショボくない映像に仕上げています。お金の使いどころが的確な映画だな、という気がします。

言ってしまえばB級アクション作品なのですが、そこにちゃんとジェンダーの問題、マッチョ主義な世界における女性の立場など、現代的なテーマが描かれているところは評価したいです。

1943年の軍隊の中でクロエが受ける差別的な言動が現代も全く変わっていないことに気づくでしょう。自衛隊での性的暴行が大きなニュースとなった2022年、この映画を記憶にとどめておく価値は十分にあると思います。

他にどんな面白い映画があったとしても、本作は10位に置いておこうと思いました。


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第9位:スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム

MCU版『スパイダーマン』シリーズ3部作のラストとなる作品です。前作のラスト、ミステリオの策略で正体をバラされてしまったスパイダーマン=ピーター・パーカー。そのラストシーンから物語は始まります。

正体をバラされた過去を無かったことにできないか、とピーターがドクター・ストレンジに相談するところから本筋の物語が始まります。そしてその結末と運命が…。

あまりにも辛い。この3部作はパーカーを無邪気な高校生に設定し、青春映画的な若さと明るさを全面に出したものになっていただけに、特に。ドクター・ストレンジは大人なんだからもっと相手の気持ちを汲んで対応してやれよ、と思わずにはいられません。

物語は中盤以降非常にアクロバティックな展開を見せます。簡単に言えば『スパイダーバース』や『エンドゲーム』でも描かれた「マルチバース」の概念が本格的に出現してきます。そしてそれをこういう形で出してくるか、という驚きと感動ですね。サム・ライミ版、そして尻切れトンボになってしまった『アメイジング』シリーズも好きだった身としてはこれはズルいよ!と言わざるを得ません。

スパイダーマンはマーベルの看板キャラクターのひとつではありますが、映像権はソニー(コロンビア)にあります。今回の3部作やMCUでのスパイダーマンの登場はソニー側にお願いしてマーベル側が権利を借りたという形のはず。そのお礼というわけではないでしょうが、過去シリーズもひっくるめてマーベル作品なんだ、と温かく包み込んだような気がします。

先述のように本作のラストはあまりにも辛くほろ苦いものです。今回のMCU3部作では、従来のスパイダーマンで必ず描かれた重要なエピソードである「ベンおじさんの死」が描かれていませんでした。本来はこのエピソードを経てピーターは真のヒーローとしての使命を自覚するのです。「大いなる力には大いなる責任が伴う」ですね。

これをすっ飛ばして、無邪気な若者のままスパイダーパワーを駆使するピーターが今シリーズの特徴だったと思います。しかしそれが全てこのラストに向けてのフリだったのだとしたら本当に厳しい。大好きで面白いシリーズですがこのラストを知ってしまうと見返そうと気持ちになりにくいですね。

しかしだからこそ、スパイダーマンは「愛すべき隣人」であり得るのでしょう。過去シリーズも、トニー・スタークとの関係にもすべてに決着をつけたピーターの未来に幸あれと願わずにいられません。ありがとうございました。


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第8位:NOPE

ジョーダン・ピール監督の最新作。人種や差別、文化の盗用などの問題も含んだ映画ではありますが、過去2作に比べるといろんな要素が多くてややそうしたテーマ性は薄まった気がします。

相変わらずいろいろな引用や伏線、暗喩が巧みに散りばめられていて一度ですべてを読み解くのは不可能なのですが、冒頭に示される聖書の一節と劇中劇である「ゴーディ家に帰る」のエピソードは全体のテーマに通じるものだと思います。

支配する側とされる側、もしくは見る側とみられる側の関係というか、「黙ってお前らの言いなりになってるだけじゃないぞ」みたいな。ある意味舐められて飼い慣らされた側からの復讐の話なのかなあと。そう考えると監督の過去作のテーマにもに符号する気がするし、さて人類は?となるように思います。

最初の「映画」に出ていたのは実は黒人だったというエピソードが何度も出てきますし、重要なキャラクターであるリッキーはアジア人の元子役です。いずれもアメリカという国においてはマイノリティであり、虐げられてきた歴史がある。その中で一発逆転しようとした結果、とんでもない事態になってしまうわけですね。

ホイテ・ヴァン・ホイテマによる撮影、特に奥行きのある自然の風景は非常に美しかったです。夜の暗い映像も多いのですが、月明かりの影と青さを美しく映し出して何がどこにあるかハッキリと理解させる画面作りはさすがでした。

これまでより予算も規模も大きくなった作品なので一気にスペクタクル要素が増しましたがこの辺は好みが別れるところかもしれません。僕は大好きですね。

後半の大迫力や明らかな『AKIRA』オマージュ、など、これまでのジョーダン・ピール作に見られなかった要素が多く出てきているのも新鮮でした。個人的には好きな監督なので、シャマランみたいにならないといいなあ、と思ったり。(や、シャマランも好きなんですけどね)


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第7位:女神の継承

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  • ナリルヤ・グルモンコルペチ,サワニー・ウトーンマ,シラニ・ヤンキッティカン
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哭声/コクソン』のナ・ホンジン監督がプロデュースを務め、タイのパンジョン・ピサンタナクーン監督がメガホンを取ったホラー映画です。

タイの小さな村を舞台に、ミンという若い女性に起こった異変から祈祷師である叔母のニムがミンのために祈祷を行い、真相に迫っていくというストーリー。

所謂モキュメンタリーの手法で撮影されていて、代々受け継がれる祈祷師の家系であるニムに取材をする架空のテレビ番組という体で話が進んでいきます。その中でミンの異変が徐々にカメラに映し出されていくことになるのです。

このモキュメンタリーなやり方は若干安直な気もしましたが、後半出てくる監視カメラ映像などでは効果的に機能していたと思います。

あと、タイの小さな村に伝わる祈祷師という設定自体が実際にあるのかどうなのか我々にはわからないので、モンド映画的な感覚を(特に前半は)覚えたりもしました。

取り憑かれる少女・ミンを演じたナリルヤ・グルモンコルペチさんはほぼ映画初出演だったようですが、いきなりこんなすごい役を見事に演じていました。前半のどこにでもいる今どきの若い女性から、後半の別人のように変貌した姿はもちろん特殊メイクの効果もありますが同じ人が演じているとは思えない凄味があります。

『哭声』では真実をわざとぼかして観客に考えさせるよう様々な仕掛けを施したナ・ホンジンですが、今回のストーリーではホラーに特化したストレートなエンタメとしてこの作品をプロデュースしてると思います。実際怖いです。

毛色は違いますが「これ、生まれた時から詰んでるじゃん」という怖さも含めて『ヘレディタリー』を見た時の気持ち悪さに近いものを感じました。


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第6位:ウェスト・サイド・ストーリー

1960年公開の『ウェスト・サイド物語』をスティーブン・スピルバーグがリメイクした作品。

オリジナルは確かにミュージカルの傑作ですが、60年以上経ってなぜリメイク?と思いました。しかし見てみるとこれは今のアメリカで作られるべき映画だったと思います。移民の物語、そして分断の物語だからです。

オリジナル映画の冒頭ダンスシーンがあまりにも鮮烈なのですが、本作も負けてません。ダンスシーンはどれも見ごたえ十分です。

本作で重要なのはプエルトリコ系移民の若者によるシャークスのメンバーやその家族をすべて実際にプエルトリコ(ヒスパニック)系の俳優が演じていることです。これがまさに当事者キャスティングです。前作ではヒロインのマリア含め白人が演じていました。

いわゆる「ロミオとジュリエット」型の悲恋ものである原作ですが、その中で最も深みのある人物でありシリアスな演技が求められるのがヒロイン・マリアの兄であるベルナルド(シャークスのリーダー)の恋人・アニータです。

前作でアニータを演じ、アカデミー助演女優賞を獲得したリタ・モレノが本作のプロデューサーを務めています。本作でもアニータ役のアリアナ・デボースが同賞を受賞しました。

リタ・モレノは本作で主人公トニーが働く店の店主を演じています。その店は後半、重要なシーンの舞台となります。

ジェッツのたまり場である店に一人やって来たアニータがジェッツのメンバーに暴行を加えられえそうになる場面。今でもかなりきわどいシーンですが、ここにもスピルバーグは現代的なアレンジを加えています。

ジェッツのメンバーがアニータを襲おうとすると、ジェッツの女性メンバーたちがそれに反対します。決して許されない女性への暴行に対して、白人か移民かという立場を抜きにして、女性として異を唱えているのです。これは前作にはなかった描写です。

スピルバーグ作品だけあって、撮影や編集などのクオリティは完璧。その上で、傑作であるオリジナルを見事に現代版にアップデートした手腕には素直に脱帽という他ありません。


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第5位:THE FIRST SLAM DUNK

公開前から大きな話題を呼んだ作品。原作者・井上雄彦が自ら監督・脚本を務めています。結論から言うと、僕は傑作だと思います。少なくとも原作ファンで、これを見て納得できないという人はいないでしょう。

本作では原作ラストの山王戦を中心に描いていますが、重要なのはそれ以外の部分。つまり、原作に無い部分です。

本作の主人公である宮城リョータの出自から少年時代のエピソードを厚く描くことで、良く知っているはずの山王戦が全く違ったものに見えてきます。

試合の中で起こっていることは原作とほぼ変わりません。しかし、サイドストーリーが入ることで「ここで彼はこんなことを考えていたのか」という補助線が引かれる。それによって一つ一つのプレイや展開に新しいスポットが当たるのです。特に山王の厳しいディフェンスに苦しむリョータが局面を打開するシーンは熱かったですね。欲を言えばリョータの母親の想いがもう少し深く描かれていれば良かったと思います。

特に試合中の台詞が顕著ですが、劇中の会話はアニメ的な誇張を極力排除しているので、ぼそぼそとしか喋りません。流川に至っては本編で数えるほどしか台詞がなかった気がします。見終わった今、僕はかつてのTV版キャストで本作を見たいとは思いません。全くの別物だからです。声優交代は正解だったと思います。

そして最も大事な試合のシーン。3Dアニメで描かれたそれは、まさに本当のバスケットの試合を見ているような臨場感でした。もちろん冒頭からそうなのですが、井上雄彦先生の画がそのまま動いているという事実が信じられないのです。

バスケットに限らずスポーツの試合をアニメで描く場合、(特にテレビアニメでは)動きが簡略化されたり主人公以外のキャラが止まっていたり、あるいは同じシーンの使い回しだったりと、とかく不自然になりがちです。しかし本作にはそういうシーンがありません。

コートにいる10人の選手が動きを止めず、各々バラバラに動いています。その全てがバスケットボールというスポーツにおいて「正しい」ものであり、理にかなったものなのです。これには驚愕しました。井上先生のバスケへの拘りが良くわかります。

山王戦後恐らく数年を経たであろうラストシーン。あれ?流川や桜木じゃないんだ、と思う人もいるかもしれません。

ここからは私の妄想ですが、ここはリョータであることに意味があるのだと思います。本来なら湘北の中でもアメリカに挑戦するには最も不利な選手のはずです。しかし、努力と執念でハンデを克服しアメリカで活躍する日本人選手をすでに我々は知っています。そう、渡邊雄太選手です。

宮城のような日本人選手でもかの地で挑戦し活躍できる未来が確実にある、という井上先生の思いがこのラストには込められているような気がします。本作で一番伝えたかったのはここなのかもしれません。


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第4位:コーダ あいのうた

「コーダ」とは"Children Of Deaf Adults"の略で、つまりは「耳の聞こえない親の子供」という意味です。

本作の主人公ルビーは聾者である両親と兄の中、唯一の聴者として家業を手伝い、周囲とコミュニケーションを取る役割を果たしています。そんな中、彼女に音楽の才能があることを学校の教師が見抜き、指導を始めます。音楽の道に進みたいルビーですが、その音楽を聴くことができない両親からは理解が得られないのです。

とても感動的な作品でした。泣いたという意味では今年1番だったと思います。「コーダ」と呼ばれる人たちの苦悩や葛藤も描かれていると思いますし、そういう人たちの存在を知るきっかけとしても大きな意味のある作品だと思います。

物語としては上記のように、音楽の道に進みたいルビーと両親の対立が軸にはなるのですが、親子の仲が悪いわけではなく、お互い愛し合い大切に思っている。だからこそ感動的な物語になっていると思います。

「聞こえる側」「聞こえない側」両方の世界に生きるルビーが歌う曲が「BOTH SIDES NOW」であることに意味があると思います。後半30分は嗚咽に近いほど泣いていました。。

途中の胸キュンな恋愛映画的展開や、コメディシーンもいいアクセントになっています。優れた青春映画であり、家族映画であり、音楽映画だと思いました。

本作で重要なのは両親と兄役に実際に聾者である俳優をキャスティングしたこと。

母親役のマーリー・マトリンはかつて『愛は静けさの中に』でアカデミー受賞しましたが、父親役であるトロイ・コッツァーも本作でアカデミーを受賞しました。素晴らしい演技だと思います。

当事者キャスティングが評価された半面、主役のエミリア・ジョーンズが実際のコーダではなく、彼女の手話のクオリティなどへの指摘もあるようですが、そこまで行くとそもそも映画として成り立つのかという問題もある気がします。特に本作の場合、歌が上手くなければいけないという要素も加わるわけですし。

人種やセクシャル、病気や障碍など当事者キャスティングの傾向は今後もより当たり前になるでしょうし、重要なことだと思います。しかしそれとエンターテインメントとのバランスというのも無視できないものがあり難しい問題だと思います。そういう意味でもいろいろな気づきを与えてくれる映画でした。


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(ベスト3に続きます)