無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

俺の道。俺たちの道。

エレファントカシマシ 35th ANNIVERSARY TOUR 2023 YES. I. DO
■2023/03/18@有明アリーナ

1988年のデビューから35周年。一度のメンバー交代もなく、走り続けてきたエレカシ。今回はコロナ禍と宮本浩次のソロ活動を挟みつつのアニバーサリーツアーです。ちょっと前に30周年のツアーとベスト盤があったような気がするのですが、時の流れが早すぎますね。

会場は個人的に初めてとなる有明アリーナ。あいにくの雨の中、開場前からグッズを買う人や列に並ぶ人が多数。東京は思ったよりも寒い気温でしたが、久々にメンバーがそろったエレカシを生で見ることができる興奮がそれを忘れさせました。

1曲目「Sky is blue」からスタート。マスク有りでの声出しが可能になった状況で、大きな歓声がアリーナに響きます。エレカシだからというだけでなく、この光景にちょっとこみ上げるものがありました。

本編は大きく3部構成となっていて、第1部は比較的懐かしい曲が多かった気がします。「デーデ」「星の砂」「珍奇男」の3連発は震えますね。「昔の侍」では金原千恵子カルテットがストリングス隊として登場。ライブ通して、ラストまで美しい色どりをサウンドに与えていました。

ステージ上にはエレカシの4人に加え、蔦谷好位置(Key)、ヒラマミキオ(Gt)を加えた6人。この鉄壁の布陣も気がつけば15年くらいになるでしょうか。35年の半分近くこの体制でライヴをしているわけです。安定した阿吽の呼吸。宮本が全面で暴れられるのもこのバンドがあればこそですね。「奴隷天国」をぶちかまして第1部は終了。

第2部は「新しい季節へキミと」から。このパートはミドルテンポでロマンティックなモードのエレカシが堪能できる感じでした。特に印象深かったのは「彼女は買い物の帰り道」。この曲は宮本浩次が女性の心情を歌うという、エレカシとしては珍しい曲です。しかしここから「陰りゆく部屋」のカバーや、宮本浩次ソロのカバーアルバムに繋がっていったのかもしれません。そんなことを思いながら聞いていました。

穏やかな雰囲気で第2部が終わるのかと思いきや「RAINBOW」から「朝」を経て「悪魔メフィスト」へ。怒涛の展開で第2部終了しました。全く気が抜けません。

第3部は過去、現在のエレカシから未来へ繋がっていくような構成(に見えました)。会場がより一体になる曲が多かった気がします。宮本もアリーナ中央のサブステージとメインステージを激しく行き来します。そんな中でも全く声がぶれません。昔はあまりにも全力で歌うのでライブ後半は声がかすれることも多かった気がしますが、今は全くそんなことがありません。ソロを経て現在の宮本浩次は間違いなく過去最高に歌が上手くなっていると思います。

紆余曲折を経て40代になった心情を歌う「俺たちの明日」から、56歳現在の最新曲「yes, I. do」、そしてまだ10代の若造が生み出した「ファイティングマン」。35年の歴史を詰め込んだようなラストには胸が熱くなりました。そして、デビューアルバムの1曲目を35年経った今でも出来たばかり曲のように新鮮に演奏できるエレカシというバンドが本当に素晴らしいと思います。

1988年3月21日、エレファントカシマシのデビューアルバムが世に放たれました。宮本浩次22歳、ワタクシが15歳の時です。それから35年、自分の人生を投影し、一緒に年を重ねられるバンドと出会えて幸せだったと思います。

お互いよくぞここまでたどり着きました。これからもよろしく。

yes. I. do

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2022年・私的ベスト10~音楽編(2)~

2022年私的ベストアルバム、引き続き洋楽編5枚です。

Dawn FM/The Weeknd

Dawn FM

Dawn FM

  • ザ・ウィークエンド
  • R&B/ソウル
  • ¥1324

前作『アフター・アワーズ』がその年を代表する大ヒットだったにもかかわらずグラミー賞から完全スルーされ、ヘソを曲げてしまったザ・ウィークエンド。本作も80年代、特にマイケル・ジャクソンからの影響を色濃く残しながら架空のラジオ局というコンセプトで製作されています。途中インサートされるDJの声はジム・キャリーが担当。

驚くべきは「Out Of Time」という曲で亜蘭知子の「Midnight Pretenders」をほぼそのままサンプリングしていること。1983年リリースのアルバム『浮遊空間』に収録された曲です。ジャパニーズ・シティポップの波もとうとうここまで来たかという感じですね。何しろ現行シーンで最も売れているアーティストの一人に取り上げられたわけですから。

それを抜きにしても本作は80年代へのオマージュに溢れています。リアルタイム世代からするとたまりません。


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Harry's House/Harry Styles

ハリー・スタイルズのソロ3作目です。女優であり映画監督でもあるオリヴィア・ワイルドとは結局破局してしまったようですが、本作はまだ交際中に製作されたもの。彼女との関係も本作には大きく影響していると思います。

アルバムのタイトルは細野晴臣の『HOSONO HOUSE』から取られたという話もあります。今まで以上に私小説的で内省的なアルバムになっていて、彼の頭の中やプライベートな空間に聞き手を引き入れるような作品になっていると思います。

それでいて聞き心地は非常に軽やかでポップ。大ヒットした「As It Was」はウィークエンド「Blinding Lights」へのUKからのアンサーのようにも聞こえます。まあ元ネタはa-haなんですけど。これもまた80s。音楽の趣味とか関係なく、誰かに1枚洋楽を勧めるなら昨年はコレですね。


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Special/Lizzo

Special

Special

  • Lizzo
  • ポップ
  • ¥1375

今年は後述のビヨンセの新作とこのLizzoの新作が出たというところで、R&B的には非常に盛り上がったのではないでしょうか。

ボディポジティブやガールズ・エンパワーメントの視点から見ても本作は非常にパワフルな作品だと思います。と同時に弱さも隠さずに見せる等身大のLizzoの姿もあり、より強く共感を得られるような作品になっていると思います。

ハリー・スタイルズやケンドリック・ラマーのアルバムもそうでしたが、スポットライトの中でいかにスターが苦しんでいるかをストレートに吐露するような作品が最近は多いですね。SNS社会の中で昔に比べてもメンタルの負担は大きいのでしょう。

そんな中、アフリカン・アメリカンや女性のみならず、マイノリティ全体に対して「あなたは特別だ」と歌うメッセージ性はとても重要です。

サウンド的にはシックをベースにした「About Damn Time」や、これもやはり80sなビートを聞かせる「2 Be Loved (Am I Ready)」など懐かしいもの。ヒップホップオリエンテッドではないR&Bとして、とてもよく聞いたアルバムです。


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Being Funny In A Foreign Language/The 1975

前作『Notes on a Conditional Form』から約2年ぶりの新作。前作が全22曲、約80分の大作だったのに対し本作は約半分というコンパクトさ。政治的なメッセージ性も薄く、非常に聞きやすくポップな作品です。

本作の製作過程はまさにコロナ禍であり、メッセージ性を込めようと思えばいくらでもできたと思いますが、むしろ意図的というほどそういう色は排除されています。誰しもが苦しみや一定の我慢を強いられている状況で、少しでもそれを和らげるような音楽を、と思ったのかもしれません。

少なくとも僕自身は本作のキラキラとしたサウンドとメロディーにとても癒されました。「Happiness」は2022年最も聞いた曲のひとつです。


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Reneissance/Beyonce

RENAISSANCE

RENAISSANCE

  • Beyoncé
  • ポップ
  • ¥1833

ビヨンセ、オリジナルアルバムとしては『Lemonade』以来6年ぶりとなる新作。

リード・シングル「Break My Soul」に代表されるようなハウスサウンドが全面に出ている作品です。ハウスに限らず、ディスコやテクノ、ダンスミュージック全般と言ってもいいでしょう。様々なサンプリングを駆使しながら、最先端のダンスミュージックとR&Bを融合させた作品になっています。

元々ディスコはブラックミュージックから生まれてきたものだし、ハウスミュージックの発展は現在のLGBTQ、クィア・コミュニティと切り離せないものです。奏した文脈の中で、もう一度自分たちの手のそうしたサウンドを取り戻そうという意図が見える気がします。

単にサウンドを融合させたのではなく、自分たちの人生や出自に立脚したプロデューシングなのだと思います。内容的にも女王再臨にふさわしい、まぎれもない傑作だと思います。


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以上、ようやく2023年に完全に足を踏み入れることができました。多分気がついたら2024年になっているのだと思います。
今年もよろしくお願いします。

最後に、2022年よく聞いた曲プレイリストを添付しておきます。順番に聞いてもシャッフルしても問題ありません。

2022年・私的ベスト10~音楽編(1)~

2023年も1か月以上経っているのにお前はまだ2022年を引きずっているのか、と思われても仕方がありません。気持ち的にはまだ1週間しか経っていない気がしています。これが加齢というものです。

今さらという気もしますが、一応書き残しておかないと気持ちが悪いので、2022年の私的ベストアルバムです。まずは邦楽から5枚。順不同としています。

BADモード/宇多田ヒカル

活動休止からの復帰作『Fantome』以降の宇多田ヒカルは愛や人生、死といったテーマを深く掘り下げてきました。それを先鋭的なポップミュージックとして成立させていたところが素晴らしいと思います。

本作も基本的には同じなのですが、描き方のタッチが非常に軽やかで力みがない感じ。ジャケット写真のようにカジュアルで気負わない歌詞やサウンドが心地よいのです。

自分自身の状態や心のありようだけではなく、社会そのものの不穏さや不透明さを含めて「BADモード」という言葉で言い表す乱暴なセンスは最高だと思います。

辛いことや壁にぶち当たっても「今はBADモードだから」。この気の持ちように2022年はとても救われた気がします。


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NIA/中村佳穂

NIA

NIA

  • 中村佳穂
  • J-Pop
  • ¥1833

『AINOU』から実に3年半ぶりの新作。その間、大きく存在感を増した中村佳穂は映画『竜とそばかすの姫』の出演と歌唱で一気に知名度を増し、紅白歌合戦への出場も果たしました。とうとうその才能が広く一般に知れ渡った、と思ったものです。

もちろんそれは事実なのですが、この新作は「広く多くの人に聞かれる中村佳穂」を拒絶するようなものでした。ポップではないという意味ではなく、あまりにも生々しい中村佳穂の音楽そのものだったからです。

ライブでも彼女の大きな魅力である即興性と、レコーディングされた音源とでは音楽を制作する上での「筋肉」が違うように思います。その2つをどうすり合わせるのか、というのが彼女の音楽のテーマのひとつのような気がします。

無造作につけられた曲のタイトルやデモテープのような味わいは永遠に同じ形で繰り返し聞き続けられることへのささやかな抵抗のように感じられました。


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SOFTLY/山下達郎

自分にとって山下達郎は非常に特別なミュージシャンです。ただ、それだけの理由で11年ぶりの新作を2022年ベストに選んだわけではありません。このアルバムが2022年という年をある意味で象徴し、同時代性を刻むような内容だったからです。

過去にリリースされたタイアップ作品が約半数を占めていますが、本作のキモは新曲の素晴らしさです。コロナ禍であらわになった世界の分断や歪さ。ロシアのウクライナ侵攻をはじめ世界各地で続いている戦争や紛争。その中で虐げられ差別されるマイノリティや民族。そうした問題を一流のポップサウンドに乗せ、重くなく(これが重要)聞かせる術はまさに職人。

山下達郎はメッセージ性の強い歌詞を音楽に乗せることを避ける傾向が強いのですが、そういう人が歌うからこそ「弾圧のブルース」のような曲は強く響きます。個人的には老若男女問わず背中を押してくれる「人力飛行機」が好きでした。

もはやブームとは言い切れない世界的なジャパニーズ・シティポップ再評価の中、山下達郎の新作がリリースされたことはとても重要な出来事だったと思います。


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透明なガール/Tokimeki Records

透明なガール

透明なガール

  • Tokimeki Records
  • R&B/ソウル
  • ¥1528

2022年もやはりジャパニーズ・シティポップのブームは続いていました。ただ個人的にはこれはもはやブームではなく、こうしたサウンドがポップスの1ジャンルとして定着したと言っていいのではないかと思っています。

Tokimeki Recordsは数年前から活動を開始して様々な女性ボーカリストをフィーチャーし、洋邦問わず80年代から90年代の楽曲のカバーを発表しています。最近はオリジナル曲も充実し、ネオ・シティポップの重要なアーティストとして愛聴してきました。

本作はMIMEのひかりを全編フィーチャリングした初のオリジナルアルバム。ぷにぷに電機の『創業』と合わせて聞くとシティポップの現在地が見えてくる気がします。


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創業

創業

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Long Voyage/七尾旅人

前作『Stray Dogs』から約4年ぶりの新作。コロナ禍の中、何を歌うべきかを問い直して生まれたような作品だと思います。

ただ扱われているテーマはコロナだけではなく、世界中の分断や争い、差別や貧困など広く多岐にわたります。人類の進化を長い旅路に例え、いつまで我々は同じ過ちを繰り返すのか、と歌いかけてきます。

2枚組の壮大な作品でテーマも深いですが、聞き心地は決して重くはありません。シンプルなアレンジと美しいメロディーの中に短くも刺さる言葉が乗っています。削ぎ落し、必要なものだけを残した17曲はよくできた工芸品のよう。

メッセージ性が強ければ強いほど、音楽として魅力的なものでなくてはならないと僕は思います。まさにそういう作品だし、2022年の日本で聞かれるべきアルバムだと思いました。


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(洋楽編に続く)

2022年・私的ベスト10~映画編(2)~

第3位:マイスモールランド

川和田恵真監督の初長編作。主演もデビュー作となるモデルの嵐莉菜です。

舞台は埼玉県川口市クルド人である17歳のサーリャは、幼い頃に日本に移住し家族とともに生活しています。しかし難民申請が不認定となり、一家の生活は一変してしまいます。

現在の日本における難民・移民問題に正面から向き合った作品です。難民申請が不認定になると在留資格を失い、居住地である埼玉県から出られず、働くこともできなくなります。でも生活はしなくてはいけない。じゃあどうすればいいのか?

あまりにも理不尽で無慈悲な扱いに怒りを覚える半面、難民申請がほぼ受理されないという現実を見て見ぬふりをしてきたのもまた我々日本人なのです。そんな無力感と申し訳なさに苛まれる作品です。

川口市には実際に多くのクルド人が在住しコミュニティができているそうです。実際に在留資格のあるクルド人移民の中からオーディションで出演者を選出しようという話もあったのですが、断念したそうです。

彼らの顔や名前が作品として残ってしまうと、今後何かあった時彼らにとって不利な事態になりかねない、という判断だったとのこと。

そうした判断をせざるを得ないほど移民の立場は不安定だということなのでしょう。本作で当事者キャスティングができなかったこと自体が、日本の移民政策の歪さを表しているとも言えると思います。

その結果、5か国のルーツを持つモデルである嵐莉菜がサーリャ役に選ばれました。彼女の繊細な演技が本作のキモであることに間違いありません。

サーリャの家族には実際に嵐莉菜の父親、妹、弟がキャスティングされました。いずれも演技経験はないと思いますが、これがまた素晴らしいのです。

実際の家族であるからこその空気感が画面に映し出されていて、弟ロビン役のリオン君はおそらくまだ6~7歳くらいと思いますが、実に自然な演技です。

川和田監督は映像制作者集団「分福」所属で、是枝裕和監督の弟子筋にあたる人です。是枝監督も子役演出に定評のある人ですが、しっかりとそのイズムを受け継いでいるようです。

作中の日本人はバイト先の店長役の藤井隆を筆頭に、基本的には善意の人々です。しかし何気ないやり取りの中に差別や偏見が見え隠れする。悪気がない分余計にタチが悪いのですが、実際にこれが自分も含めた大多数の日本人の姿なのでしょう。この辺も見ていて「ああ…」となります。自分は果たしてどうなのかと。

奥平大兼演じる聡太とサーリャの恋愛模様が重いドラマの中に爽やかな光を与えています。青春映画としてもとてもよくできていると思います。

これを見て自分に何ができるのか、と考えると非常に重く暗い気持ちになる作品ですが、逆にこうした作品を作れるだけまだマシというか、作ってくれてありがとうという気持ちにもなります。

ウィシュマさん死亡事件に代表されるように、日本の入管や移民政策には大きな問題があります。日本人としてそこから目を背けないようにしようと思える映画でした。


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第2位:トップガン マーヴェリック

1986年公開のトム・クルーズ主演作『トップ・ガン』の続編です。3年前から予告編がガンガン流れていましたが、コロナで公開が遅れに遅れた末にようやく今年の公開になりました。全世界で大ヒットしたのは、ようやく映画館で大作映画が見られるというコロナからの反動もあったでしょうが、何より作品の力だと思います。

まず、赤い画面の中出発する戦闘機のオープニング。ケニー・ロギンス「デンジャー・ゾーン」の流れるタイミングから何から前作と全く同じです。リアルタイム世代はまずこのオープニングで血沸き肉躍り、心を持っていかれたと思います。

トム・クルーズ演じるピート・ミッチェル大佐は昇進を拒み、現在も現場でパイロットを続けています。そんな中、とある重要作戦へ参加する精鋭パイロットへの講師として呼ばれます。
その中にはかつて自分のパートナーだったグースの息子、ルースターがいたのです。

年齢を重ねたトム・クルーズはもちろん、前作のキャラクターや設定を35年経った中でも巧みに活かしています。今も現場でパイロットを続けるピートの姿は、体を張ったスタントを自ら演じ続けるトム・クルーズ自身の姿に重なります。

息子のような年齢の若者たちと肩を並べ、それを上回る技術と経験で進むべき背中を見せる。本作の中でピートがルースターたちにやっていることは、現実のトム・クルーズが映画界においてやっていることそのものです。トム・クルーズは老兵になりつつある自分が一線を去る前に本作を作っておこうと思ったのかもしれません。

そして感動的なのはアイスマンヴァル・キルマーとのシーン。咽頭がんの治療のため声が出せなくなったヴァル・キルマーのため、アイスマンにも同様の設定を与えた上で見事な「会話」シーンを描いています。葛藤するピートの迷いを払拭させる非常な重要なシーンであり、本作でも屈指の感動的なシーンとなりました。

唯一残念なのは本作で描かれる「敵国」の設定や実像が非常に曖昧なこと。しかもロシアがウクライナに侵攻した今となっては本作でアメリカがやっていることの正当性が非常に揺らいで見えてしまいます。予定通りに公開されていればそこまで気にならなかったかもしれませんが。

ともあれ、大きなスクリーンで見るべき映画をしっかりと見るべき作品に仕上げてくれたことには感謝しかありません。2022年を象徴する1本だったことは間違いないでしょう。


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第1位:RRR
rrr-movie.jp

『バーフバリ』のS.S.ラージャマウリ監督の新作。1920年代、イギリス植民地時代のインドを舞台に2人の男の友情と戦いを描いています。

主人公2人は実際にインド独立運動の指導者であったラーマ・ラージュとコムラム・ビームがモデルのようです。ただ、実際にこの2人が出会って共に活動したという事実はなく、あくまでもフィクションの物語とのこと。

つまりこれは一種の歴史改変もので、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』や『ジャンゴ』のように歴史に消え虐げられた者たちが怒りを爆発させ、一矢報いるという形式の話なのだと思います。

そして全編『バーフバリ』を超えるスケールのアクションが怒涛のように展開されていきます。

まず大義のために警察官として出世しようとするラーマが数千人の反イギリスデモ隊の中からリーダーを捕まえようとするシーン。1vs複数のアクションシーンは数あれど、ここまでしっかりと主人公の戦いのロジックを見せるものはあまりないと思います。

対してビームがジャングルの中で虎と戦うシーン。主人公2人の戦い方や考え方が対比され、まさに「炎」と「水」のように描かれています。

そしてこの2人が出会うシーン。少年一人を救うためにそこまでやるか?という大仰なアクションなのですが、まさに炎と水の中2人がガッチリと手を握るシーンはグッときます。そしてこの時に2人が乗っているものが後の展開に効いてくる。この辺も胸熱です。

とにかくわかりやすく盛り上がるような仕掛けが随所に配置されていて、それが後半できちんと回収される。壮大なアクションを描きながら大雑把ではなく緻密に組み立てられたエンターテインメントになっているところがラージャマウリ監督の真骨頂だと思います。3時間があっという間です。

主演2人はダンスも定評があるようですが、キレのいいダンスでイギリス人たちを圧倒する"ナートゥ"ダンスのシーンは圧巻です。めちゃくちゃカッコいい。間違いなく本作でも屈指の名シーンだと思います。

エンドクレジットではインド独立運動を行っていた偉人たちの顔が次々と出てきます。ただ、我々にはなじみのない人ばかりなのでその辺の解説をしっかりしているパンフレットは必読だと思います。


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以上です。長文乱筆失礼しました。
来年もたくさんの素晴らしい映画に出会えますよう。

2022年・私的ベスト10~映画編(1)~

毎回この企画でしかブログを更新しない体になってしまいました。ご無沙汰しております。

今年はコロナ禍で行動制限があった中でも映画館には行っていたので前半はとてもいいペースで見ていたのですが、後半はいろいろ予定が詰まってしまい映画館に行く回数が減ってしまいました。結局は例年並みの本数かなと思います。

劇場で見逃した作品は何とか配信でと思ったのですがなかなかそれも追いつかず、見ておくべき作品をスルーしてしまった感は否めません。そんな中での個人的ベスト10です。

今年のキーワードをひとつ挙げるとするならば「当事者キャスティング」でしょうか。今後も当たり前のこととしてこの傾向は続くでしょうが、この点で注目される作品が多かった気がします。

第10位:シャドウ・イン・クラウド

第二次世界大戦を舞台にした戦争アクション映画。主演はクロエ・グレース・モレッツで、彼女のための映画と言っていいと思います。

主人公のモード(クロエ)は、重要な機密文書を運ぶ任務を負ったと言って爆撃機「フールズ・エランド号」に乗り込みます。しかし周りの乗組員たち(全員男)は彼女のことを信じず、セクハラや差別的な言葉を投げられた挙句下部銃塔に押し込められます。

物語の前半はほぼ、この銃塔の中でクロエが一人もがく姿を描いています。前半の限定された空間での画作りを見てもわかるように、低予算で作られた作品です。

物語は後半大きく転換しモンスターとのバトルになります。モンスターの出し方もハリウッド大作のようにはいきません。しかしクライマックスではきちんとそれなりのCGを使用し、それほどショボくない映像に仕上げています。お金の使いどころが的確な映画だな、という気がします。

言ってしまえばB級アクション作品なのですが、そこにちゃんとジェンダーの問題、マッチョ主義な世界における女性の立場など、現代的なテーマが描かれているところは評価したいです。

1943年の軍隊の中でクロエが受ける差別的な言動が現代も全く変わっていないことに気づくでしょう。自衛隊での性的暴行が大きなニュースとなった2022年、この映画を記憶にとどめておく価値は十分にあると思います。

他にどんな面白い映画があったとしても、本作は10位に置いておこうと思いました。


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第9位:スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム

MCU版『スパイダーマン』シリーズ3部作のラストとなる作品です。前作のラスト、ミステリオの策略で正体をバラされてしまったスパイダーマン=ピーター・パーカー。そのラストシーンから物語は始まります。

正体をバラされた過去を無かったことにできないか、とピーターがドクター・ストレンジに相談するところから本筋の物語が始まります。そしてその結末と運命が…。

あまりにも辛い。この3部作はパーカーを無邪気な高校生に設定し、青春映画的な若さと明るさを全面に出したものになっていただけに、特に。ドクター・ストレンジは大人なんだからもっと相手の気持ちを汲んで対応してやれよ、と思わずにはいられません。

物語は中盤以降非常にアクロバティックな展開を見せます。簡単に言えば『スパイダーバース』や『エンドゲーム』でも描かれた「マルチバース」の概念が本格的に出現してきます。そしてそれをこういう形で出してくるか、という驚きと感動ですね。サム・ライミ版、そして尻切れトンボになってしまった『アメイジング』シリーズも好きだった身としてはこれはズルいよ!と言わざるを得ません。

スパイダーマンはマーベルの看板キャラクターのひとつではありますが、映像権はソニー(コロンビア)にあります。今回の3部作やMCUでのスパイダーマンの登場はソニー側にお願いしてマーベル側が権利を借りたという形のはず。そのお礼というわけではないでしょうが、過去シリーズもひっくるめてマーベル作品なんだ、と温かく包み込んだような気がします。

先述のように本作のラストはあまりにも辛くほろ苦いものです。今回のMCU3部作では、従来のスパイダーマンで必ず描かれた重要なエピソードである「ベンおじさんの死」が描かれていませんでした。本来はこのエピソードを経てピーターは真のヒーローとしての使命を自覚するのです。「大いなる力には大いなる責任が伴う」ですね。

これをすっ飛ばして、無邪気な若者のままスパイダーパワーを駆使するピーターが今シリーズの特徴だったと思います。しかしそれが全てこのラストに向けてのフリだったのだとしたら本当に厳しい。大好きで面白いシリーズですがこのラストを知ってしまうと見返そうと気持ちになりにくいですね。

しかしだからこそ、スパイダーマンは「愛すべき隣人」であり得るのでしょう。過去シリーズも、トニー・スタークとの関係にもすべてに決着をつけたピーターの未来に幸あれと願わずにいられません。ありがとうございました。


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第8位:NOPE

ジョーダン・ピール監督の最新作。人種や差別、文化の盗用などの問題も含んだ映画ではありますが、過去2作に比べるといろんな要素が多くてややそうしたテーマ性は薄まった気がします。

相変わらずいろいろな引用や伏線、暗喩が巧みに散りばめられていて一度ですべてを読み解くのは不可能なのですが、冒頭に示される聖書の一節と劇中劇である「ゴーディ家に帰る」のエピソードは全体のテーマに通じるものだと思います。

支配する側とされる側、もしくは見る側とみられる側の関係というか、「黙ってお前らの言いなりになってるだけじゃないぞ」みたいな。ある意味舐められて飼い慣らされた側からの復讐の話なのかなあと。そう考えると監督の過去作のテーマにもに符号する気がするし、さて人類は?となるように思います。

最初の「映画」に出ていたのは実は黒人だったというエピソードが何度も出てきますし、重要なキャラクターであるリッキーはアジア人の元子役です。いずれもアメリカという国においてはマイノリティであり、虐げられてきた歴史がある。その中で一発逆転しようとした結果、とんでもない事態になってしまうわけですね。

ホイテ・ヴァン・ホイテマによる撮影、特に奥行きのある自然の風景は非常に美しかったです。夜の暗い映像も多いのですが、月明かりの影と青さを美しく映し出して何がどこにあるかハッキリと理解させる画面作りはさすがでした。

これまでより予算も規模も大きくなった作品なので一気にスペクタクル要素が増しましたがこの辺は好みが別れるところかもしれません。僕は大好きですね。

後半の大迫力や明らかな『AKIRA』オマージュ、など、これまでのジョーダン・ピール作に見られなかった要素が多く出てきているのも新鮮でした。個人的には好きな監督なので、シャマランみたいにならないといいなあ、と思ったり。(や、シャマランも好きなんですけどね)


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第7位:女神の継承

女神の継承 [Blu-Ray]

女神の継承 [Blu-Ray]

  • ナリルヤ・グルモンコルペチ,サワニー・ウトーンマ,シラニ・ヤンキッティカン
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哭声/コクソン』のナ・ホンジン監督がプロデュースを務め、タイのパンジョン・ピサンタナクーン監督がメガホンを取ったホラー映画です。

タイの小さな村を舞台に、ミンという若い女性に起こった異変から祈祷師である叔母のニムがミンのために祈祷を行い、真相に迫っていくというストーリー。

所謂モキュメンタリーの手法で撮影されていて、代々受け継がれる祈祷師の家系であるニムに取材をする架空のテレビ番組という体で話が進んでいきます。その中でミンの異変が徐々にカメラに映し出されていくことになるのです。

このモキュメンタリーなやり方は若干安直な気もしましたが、後半出てくる監視カメラ映像などでは効果的に機能していたと思います。

あと、タイの小さな村に伝わる祈祷師という設定自体が実際にあるのかどうなのか我々にはわからないので、モンド映画的な感覚を(特に前半は)覚えたりもしました。

取り憑かれる少女・ミンを演じたナリルヤ・グルモンコルペチさんはほぼ映画初出演だったようですが、いきなりこんなすごい役を見事に演じていました。前半のどこにでもいる今どきの若い女性から、後半の別人のように変貌した姿はもちろん特殊メイクの効果もありますが同じ人が演じているとは思えない凄味があります。

『哭声』では真実をわざとぼかして観客に考えさせるよう様々な仕掛けを施したナ・ホンジンですが、今回のストーリーではホラーに特化したストレートなエンタメとしてこの作品をプロデュースしてると思います。実際怖いです。

毛色は違いますが「これ、生まれた時から詰んでるじゃん」という怖さも含めて『ヘレディタリー』を見た時の気持ち悪さに近いものを感じました。


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第6位:ウェスト・サイド・ストーリー

1960年公開の『ウェスト・サイド物語』をスティーブン・スピルバーグがリメイクした作品。

オリジナルは確かにミュージカルの傑作ですが、60年以上経ってなぜリメイク?と思いました。しかし見てみるとこれは今のアメリカで作られるべき映画だったと思います。移民の物語、そして分断の物語だからです。

オリジナル映画の冒頭ダンスシーンがあまりにも鮮烈なのですが、本作も負けてません。ダンスシーンはどれも見ごたえ十分です。

本作で重要なのはプエルトリコ系移民の若者によるシャークスのメンバーやその家族をすべて実際にプエルトリコ(ヒスパニック)系の俳優が演じていることです。これがまさに当事者キャスティングです。前作ではヒロインのマリア含め白人が演じていました。

いわゆる「ロミオとジュリエット」型の悲恋ものである原作ですが、その中で最も深みのある人物でありシリアスな演技が求められるのがヒロイン・マリアの兄であるベルナルド(シャークスのリーダー)の恋人・アニータです。

前作でアニータを演じ、アカデミー助演女優賞を獲得したリタ・モレノが本作のプロデューサーを務めています。本作でもアニータ役のアリアナ・デボースが同賞を受賞しました。

リタ・モレノは本作で主人公トニーが働く店の店主を演じています。その店は後半、重要なシーンの舞台となります。

ジェッツのたまり場である店に一人やって来たアニータがジェッツのメンバーに暴行を加えられえそうになる場面。今でもかなりきわどいシーンですが、ここにもスピルバーグは現代的なアレンジを加えています。

ジェッツのメンバーがアニータを襲おうとすると、ジェッツの女性メンバーたちがそれに反対します。決して許されない女性への暴行に対して、白人か移民かという立場を抜きにして、女性として異を唱えているのです。これは前作にはなかった描写です。

スピルバーグ作品だけあって、撮影や編集などのクオリティは完璧。その上で、傑作であるオリジナルを見事に現代版にアップデートした手腕には素直に脱帽という他ありません。


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第5位:THE FIRST SLAM DUNK

公開前から大きな話題を呼んだ作品。原作者・井上雄彦が自ら監督・脚本を務めています。結論から言うと、僕は傑作だと思います。少なくとも原作ファンで、これを見て納得できないという人はいないでしょう。

本作では原作ラストの山王戦を中心に描いていますが、重要なのはそれ以外の部分。つまり、原作に無い部分です。

本作の主人公である宮城リョータの出自から少年時代のエピソードを厚く描くことで、良く知っているはずの山王戦が全く違ったものに見えてきます。

試合の中で起こっていることは原作とほぼ変わりません。しかし、サイドストーリーが入ることで「ここで彼はこんなことを考えていたのか」という補助線が引かれる。それによって一つ一つのプレイや展開に新しいスポットが当たるのです。特に山王の厳しいディフェンスに苦しむリョータが局面を打開するシーンは熱かったですね。欲を言えばリョータの母親の想いがもう少し深く描かれていれば良かったと思います。

特に試合中の台詞が顕著ですが、劇中の会話はアニメ的な誇張を極力排除しているので、ぼそぼそとしか喋りません。流川に至っては本編で数えるほどしか台詞がなかった気がします。見終わった今、僕はかつてのTV版キャストで本作を見たいとは思いません。全くの別物だからです。声優交代は正解だったと思います。

そして最も大事な試合のシーン。3Dアニメで描かれたそれは、まさに本当のバスケットの試合を見ているような臨場感でした。もちろん冒頭からそうなのですが、井上雄彦先生の画がそのまま動いているという事実が信じられないのです。

バスケットに限らずスポーツの試合をアニメで描く場合、(特にテレビアニメでは)動きが簡略化されたり主人公以外のキャラが止まっていたり、あるいは同じシーンの使い回しだったりと、とかく不自然になりがちです。しかし本作にはそういうシーンがありません。

コートにいる10人の選手が動きを止めず、各々バラバラに動いています。その全てがバスケットボールというスポーツにおいて「正しい」ものであり、理にかなったものなのです。これには驚愕しました。井上先生のバスケへの拘りが良くわかります。

山王戦後恐らく数年を経たであろうラストシーン。あれ?流川や桜木じゃないんだ、と思う人もいるかもしれません。

ここからは私の妄想ですが、ここはリョータであることに意味があるのだと思います。本来なら湘北の中でもアメリカに挑戦するには最も不利な選手のはずです。しかし、努力と執念でハンデを克服しアメリカで活躍する日本人選手をすでに我々は知っています。そう、渡邊雄太選手です。

宮城のような日本人選手でもかの地で挑戦し活躍できる未来が確実にある、という井上先生の思いがこのラストには込められているような気がします。本作で一番伝えたかったのはここなのかもしれません。


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第4位:コーダ あいのうた

「コーダ」とは"Children Of Deaf Adults"の略で、つまりは「耳の聞こえない親の子供」という意味です。

本作の主人公ルビーは聾者である両親と兄の中、唯一の聴者として家業を手伝い、周囲とコミュニケーションを取る役割を果たしています。そんな中、彼女に音楽の才能があることを学校の教師が見抜き、指導を始めます。音楽の道に進みたいルビーですが、その音楽を聴くことができない両親からは理解が得られないのです。

とても感動的な作品でした。泣いたという意味では今年1番だったと思います。「コーダ」と呼ばれる人たちの苦悩や葛藤も描かれていると思いますし、そういう人たちの存在を知るきっかけとしても大きな意味のある作品だと思います。

物語としては上記のように、音楽の道に進みたいルビーと両親の対立が軸にはなるのですが、親子の仲が悪いわけではなく、お互い愛し合い大切に思っている。だからこそ感動的な物語になっていると思います。

「聞こえる側」「聞こえない側」両方の世界に生きるルビーが歌う曲が「BOTH SIDES NOW」であることに意味があると思います。後半30分は嗚咽に近いほど泣いていました。。

途中の胸キュンな恋愛映画的展開や、コメディシーンもいいアクセントになっています。優れた青春映画であり、家族映画であり、音楽映画だと思いました。

本作で重要なのは両親と兄役に実際に聾者である俳優をキャスティングしたこと。

母親役のマーリー・マトリンはかつて『愛は静けさの中に』でアカデミー受賞しましたが、父親役であるトロイ・コッツァーも本作でアカデミーを受賞しました。素晴らしい演技だと思います。

当事者キャスティングが評価された半面、主役のエミリア・ジョーンズが実際のコーダではなく、彼女の手話のクオリティなどへの指摘もあるようですが、そこまで行くとそもそも映画として成り立つのかという問題もある気がします。特に本作の場合、歌が上手くなければいけないという要素も加わるわけですし。

人種やセクシャル、病気や障碍など当事者キャスティングの傾向は今後もより当たり前になるでしょうし、重要なことだと思います。しかしそれとエンターテインメントとのバランスというのも無視できないものがあり難しい問題だと思います。そういう意味でもいろいろな気づきを与えてくれる映画でした。


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(ベスト3に続きます)