無事なる男

敗北と死に至る道を淡々と書いています。

2022年・私的ベスト10~音楽編(1)~

2023年も1か月以上経っているのにお前はまだ2022年を引きずっているのか、と思われても仕方がありません。気持ち的にはまだ1週間しか経っていない気がしています。これが加齢というものです。

今さらという気もしますが、一応書き残しておかないと気持ちが悪いので、2022年の私的ベストアルバムです。まずは邦楽から5枚。順不同としています。

BADモード/宇多田ヒカル

活動休止からの復帰作『Fantome』以降の宇多田ヒカルは愛や人生、死といったテーマを深く掘り下げてきました。それを先鋭的なポップミュージックとして成立させていたところが素晴らしいと思います。

本作も基本的には同じなのですが、描き方のタッチが非常に軽やかで力みがない感じ。ジャケット写真のようにカジュアルで気負わない歌詞やサウンドが心地よいのです。

自分自身の状態や心のありようだけではなく、社会そのものの不穏さや不透明さを含めて「BADモード」という言葉で言い表す乱暴なセンスは最高だと思います。

辛いことや壁にぶち当たっても「今はBADモードだから」。この気の持ちように2022年はとても救われた気がします。


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NIA/中村佳穂

NIA

NIA

  • 中村佳穂
  • J-Pop
  • ¥1833

『AINOU』から実に3年半ぶりの新作。その間、大きく存在感を増した中村佳穂は映画『竜とそばかすの姫』の出演と歌唱で一気に知名度を増し、紅白歌合戦への出場も果たしました。とうとうその才能が広く一般に知れ渡った、と思ったものです。

もちろんそれは事実なのですが、この新作は「広く多くの人に聞かれる中村佳穂」を拒絶するようなものでした。ポップではないという意味ではなく、あまりにも生々しい中村佳穂の音楽そのものだったからです。

ライブでも彼女の大きな魅力である即興性と、レコーディングされた音源とでは音楽を制作する上での「筋肉」が違うように思います。その2つをどうすり合わせるのか、というのが彼女の音楽のテーマのひとつのような気がします。

無造作につけられた曲のタイトルやデモテープのような味わいは永遠に同じ形で繰り返し聞き続けられることへのささやかな抵抗のように感じられました。


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SOFTLY/山下達郎

自分にとって山下達郎は非常に特別なミュージシャンです。ただ、それだけの理由で11年ぶりの新作を2022年ベストに選んだわけではありません。このアルバムが2022年という年をある意味で象徴し、同時代性を刻むような内容だったからです。

過去にリリースされたタイアップ作品が約半数を占めていますが、本作のキモは新曲の素晴らしさです。コロナ禍であらわになった世界の分断や歪さ。ロシアのウクライナ侵攻をはじめ世界各地で続いている戦争や紛争。その中で虐げられ差別されるマイノリティや民族。そうした問題を一流のポップサウンドに乗せ、重くなく(これが重要)聞かせる術はまさに職人。

山下達郎はメッセージ性の強い歌詞を音楽に乗せることを避ける傾向が強いのですが、そういう人が歌うからこそ「弾圧のブルース」のような曲は強く響きます。個人的には老若男女問わず背中を押してくれる「人力飛行機」が好きでした。

もはやブームとは言い切れない世界的なジャパニーズ・シティポップ再評価の中、山下達郎の新作がリリースされたことはとても重要な出来事だったと思います。


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透明なガール/Tokimeki Records

透明なガール

透明なガール

  • Tokimeki Records
  • R&B/ソウル
  • ¥1528

2022年もやはりジャパニーズ・シティポップのブームは続いていました。ただ個人的にはこれはもはやブームではなく、こうしたサウンドがポップスの1ジャンルとして定着したと言っていいのではないかと思っています。

Tokimeki Recordsは数年前から活動を開始して様々な女性ボーカリストをフィーチャーし、洋邦問わず80年代から90年代の楽曲のカバーを発表しています。最近はオリジナル曲も充実し、ネオ・シティポップの重要なアーティストとして愛聴してきました。

本作はMIMEのひかりを全編フィーチャリングした初のオリジナルアルバム。ぷにぷに電機の『創業』と合わせて聞くとシティポップの現在地が見えてくる気がします。


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創業

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Long Voyage/七尾旅人

前作『Stray Dogs』から約4年ぶりの新作。コロナ禍の中、何を歌うべきかを問い直して生まれたような作品だと思います。

ただ扱われているテーマはコロナだけではなく、世界中の分断や争い、差別や貧困など広く多岐にわたります。人類の進化を長い旅路に例え、いつまで我々は同じ過ちを繰り返すのか、と歌いかけてきます。

2枚組の壮大な作品でテーマも深いですが、聞き心地は決して重くはありません。シンプルなアレンジと美しいメロディーの中に短くも刺さる言葉が乗っています。削ぎ落し、必要なものだけを残した17曲はよくできた工芸品のよう。

メッセージ性が強ければ強いほど、音楽として魅力的なものでなくてはならないと僕は思います。まさにそういう作品だし、2022年の日本で聞かれるべきアルバムだと思いました。


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(洋楽編に続く)